『声』導と霊獣
***『声』
イチリヤ様、今何処に居るの?
見渡した大地は藍の色。
切り離された藍の孤島。
ううん、切り離したのは私。
そうか、私……
そう、私は独り藍の地に居るのよね。父上ごめんなさい。
……何にも見えなくなっちゃった。
在るのは、藍の地と紋章の上の私だけ。
私だけ。
私だけ。
思い浮かぶのは、必ず戻ってくると言ったイチリヤ様の顔。
『イチリヤ様』
空に向けて言った、音のない声を。
体を起こす。
違和感が襲う。
恐る恐る視線を這わせた。
『えっ?!』
足首が……
藍の地に埋まっていた。
私は、藍の一部に……
父上の言葉が脳裏を走る。
『藍と繋がりて言霊をつかえば、藍に飲み込まれるぞ。その身が藍となってしまうのだ』
藍の孤島の上空を白虎が飛翔していた。その瞳は藍の導を見続ける。
『限りを超えたか……。人は限りを超えると感情が消えるのだな』
これまで、さんざん泣き、さんざん叫び、感情を露にしていたナーシャは、藍の一部と化した足首を見てもただただボーッとそれを眺めるだけ。
ナーシャの限りはすでに崩壊していたのだ。
『悲しすぎる悲しみは、何も感じない。痛すぎる痛みも何も感じないのだ』
白虎は導から視線を外し、孤島全体を見渡した。
『さて玄武よ。いつまでそうしておるのだ?』
静かな喚起。
と……、白虎は感じとった。次第に上空へとたどり着く。それは玄武の気。
『久しいのお、白虎』
しゃがれた声がした。
『相変わらず覚醒に手間取る奴だな』
と、白虎は唸る。
『依り代が深くに沈んだでな。儂を喚ぶに力が足りんかったようじゃ』
玄武の姿はない。
否、
玄武の姿はある。
眼下に。
孤島となった陸地こそ玄武であるのだ。
『青龍』
白虎が喚ぶ。
『……』
声はないが、白虎は意図を汲み取った。
『声を出す力も惜しむほど、時間がないというわけか』
と。
『白虎よ、自由がきくはお主だけじゃ。頼んだぞ。カルラを復活させるのじゃ。時は我らが稼ぐ。行け、そろそろ大岩に来よう、彼の者が』
玄武は……孤島はそう白虎に促した。
『フンッ、わかっておる。青龍、いや、藍の王よ。その時が来るまで必ず力を戻してみよ』
湖の底がキラリと光る。青龍の瞳だ。
『玄武よ、大地を這え。死地の鳳凰と麒麟に伝えよ。カルラが来ると。双翼を寄越せとな』
白虎はそう言うと、さらに飛翔し天空の光の点となって消えた。
『一ヶ月が限度じゃ。白虎、青龍、猶予はそれしかないぞ』
玄武の気は上空と湖底に届く。
上空からも、湖底からも、それに応えるように覇気が出された。
玄武も応える。
大地を覇気が這う。藍の孤島から死地に向けて。
死地の入り口を護る鳳凰と麒麟に向けて。
霊獣はその日が来るまで、
鳳凰と麒麟は護れるであろうか?
白虎はたどり着けるであろうか?
青龍は力を戻せるであろうか?
玄武は導を飲み込まずにいるであろうか?
カルラが復活するその日まで。
覇者が藍にたどり着くその日まで……




