光る夜-3
帰ってきたイチリヤとリライを、目印の場で皆が迎える。
「騎士隊長、ここまでの目印は完了しました」
「そうか、ご苦労であった。では、一旦帰るぞ。ここまでの道のりがあっているか、後でグレコとコロボに確認させよう」
こうして、拠点に帰ったイチリヤ達は、グレコの作った飯を食べて一息ついた。
午後にはグレコとコロボが目印を確認した。
「ただいま戻りました!」
グレコが勢いよくイチリヤの前に立つ。
「どうだった、コロボ? あっているか?」
グレコの背からモゾモゾとコロボが顔を見せた。
「あってはいたが、なんともなあ」
コロボはピョンとイチリヤの肩に乗った。
「何だ?」
「案内の場所までは、今日の目印の場までの十倍はあるぞ。人の歩みは遅いのお」
コロボはつまらなそうに言ったのだ。
グレコはそんなコロボをひょいと摘まみ、イチリヤから離す。
「近道はないのか?」
グレコの顔がコロボの目前を隠す。
「ち、近い! 離れよ。グレコの顔は怖いのだ」
襟首を掴まれたコロボは手足をバタバタさせて、抵抗する。が、グレコは掴んだまま離さない。
「こら、グレコ。離してやれ」
イチリヤが言うと、グレコはポイッとコロボを草むらに投げた。
「なぬぅぅぅ」
コロボはヘンテコな声を出して、空を飛んでいく。
ーーゴツンッーー
イチリヤの拳がグレコの石頭を叩く。
「何をやっている? 訊きたいことがまだあるのだ。コロボを連れてこい」
グレコは頭を少し撫でて、不満げに歩いていった。
「全くあの二人は何をやっているのか……」
「森でもああでしたよ」
グレコの隊の者も呆れたように言った。
「似ているのですよ」
リライは笑って言う。
「だろうな。グレコとコロボは似ているな」
イチリヤも笑う。
「もう一人は、リライに似ているかもな」
と付け加えて。
「リライには似ておらぬぞ。可愛いオナゴだと言っておった、番人がな。まあ、見たことはないが」
戻ってきたコロボが言った。コロボはグレコの肩に座り、足をブラブラとさせている。
「妖にも男と女があるんだな。というか、まだ訊きたいことがあるんだ」
イチリヤはコロボに顔を向ける。コロボは何でも訊けと言わんばかりに、グレコの肩で仁王立ちをした。
「案内の場所まで遠いなら、我らの拠点を森にしたいと思う。昼夜で休みながら歩いたのなら、どのくらいかかる?」
森がイチリヤ達を受け入れるなら、拠点を森にした方が良いとイチリヤは思っている。
それが可能であるか? また、幾日かかるのか? と。
「元々そのつもりぞ。番人が通したのだ、森で過ごしてもかまわん。それに、『大岩』までは人の歩で五日はかかるであろう」
イチリヤ達は顔を見合わせた。
ニイヤと分かれて4日経つ。一週間後に光山の頂上で待ち合わせているのだ。
渋い顔をするグレコの頬をコロボがペチペチと叩く。
「計画を組み直す」
グレコはコロボをまたもポーンと投げて頷いた。リライも頷く。
「……回収してこい」
イチリヤは言ったのだが、グレコはプイと知らん顔をした。グレコの配下の者がコロボの回収に走る。
呆れたイチリヤは、
「グレコの隊は水の確保だ!!」
と厳命を下した。
「げっ」
慌ててグレコはコロボ回収に走った。
「ハハッ、グレコ様は相変わらずですね。私が水の確保に行きます。計画はグレコ様と」
リライは颯爽と動いた。イチリヤは笑顔で応える。リライの悩みは吹っ切れたようだ。
「よし、我が隊は対岸に移動する。グレコの隊はここの撤収だ」
皆が動き出す。
妖の森四日目、隊は対岸へと移る。
全てが完了したのは夕刻を過ぎた頃。この日、リライは夜の捜索には行かなかった。
全員が対岸で森の夜を迎えた。イチリヤは確認したのだ。皆が森に受け入れられたか。
「騎士隊長、やはり数名が……」
リライはイチリヤに耳打ちした。
「リライ、対処を任せる。お前なら気持ちがわかるだろ?」
リライは頷く。リライ同様に、気持ちにブレのある者が森に惑わされていた。
四日目の夜はこうして森の順応に時間を割いた。翌朝には全隊員が清々しく朝を迎える。いや、……
「二日後には食料が尽きる。この二日で、案内人が示す『大岩』までの道のりを進むことは困難である」
イチリヤは皆に状況を話す。コロボの発した『大岩』なる場所が目標であるが、そこまでは五日の道のりを有するのだ。
「昨日までの目印はまだ十分の一までだそうだ。半日分だけしか進んでいない。今日から二日、昼の案内人の力を借りて出来るだけ進むぞ。グレコが昼を担当せよ。夜はリライが案内人を捜せ」
皆が一様に頷く。
「我が隊は、食料の運搬と水の確保、伝達に徹する。明日には光山の頂上に伝令を出す。ニイヤが待っているからな」
ニイヤには、食料支援を伝えねばならない。滞在を二週間ほど延ばすためだ。
「ニイヤに食料を頼む。我が隊はその運搬だ。二日間グレコとリライに進行を任せる。食料到着後、隊を再編する。良いか!」
「はっ」
グレコとリライが皆を代表し答えた。
「ではグレコ出発しろ!」
グレコの隊がコロボを引き連れ出発した。残りは拠点の移動だ。昨日付けた目印の場まで。
「騎士隊長、ここにも数名おいた方が良いのでは?」
リライがイチリヤに進言する。
「ニイヤ様からの伝令の者が来るかもしれません。状況を知らないので、拠点が対岸に移ったことを見たらわかるように」
「ああ、そうだな。ニイヤのことだ。頻繁に伝令を出しそうだ。ハハッ、うっかりしていた。さすがリライだ」
リライは照れたように敬礼した。
「よし、では視力の良い者を三名と草船の扱いに早い者三名をここに残す」
選ばれた者に指示を出し、イチリヤ達は森を移動した。
目印の場まで半日。それ以降は先行しているグレコの隊の足跡を辿る。
夕刻にはグレコの隊と合流した。
「騎士隊長! こちらです」
グレコが揚々とイチリヤを迎える。その揚々さは辺りを見れば明らかだ。
「すごいな、ここは」
辺り一面藁が敷き詰められていた。寝心地が良さそうだ。
「儂の棲みかだ」
コロボは胸を張って言った。
「ここが? こんな広さは必要か?」
「当たり前ぞ! 皆出てこい!」
藁のすき間から、ヒョコヒョコと顔が出る。
「儂らの棲みかへようこそ」
コロボより年配であろう、小人がイチリヤの前に立つ。イチリヤは膝を曲げてその者に人差し指を出した。
小人はイチリヤの指と握手する。
「小人の村へようこそ。歓迎する」
蓄えられた白髭が自身の身長よりも長いその小人は、そう言うとパチンと指を鳴らした。
辺りは認識出来るほど、暗くなっていく。
「儂らは眠りにつく。夜が来たでな。ここを自由に使えば良い。ではまた朝に……」
小人は残像を残しながら消えた。
だが、
「時の番人だ」
コロボはまだ姿があった。
「儂は消えぬようじゃな。夜の案内人が現れたら消えるであろうかの」
イチリヤはまず、
「さっきの者が『時の番人』?」
と問う。
「そうじゃ。夜を始める者。もう一人は朝を始める者。皆、役割があると言ったであろう?」
イチリヤはなるほどと頷く。そして、気づく。常に二人一組なのだと。
「ならば、……あれも二人か」
独り言はコロボに聞こえていたのか、
「あれとは何だ?」
「森の番人も二人だろ? 私はまだ一方しか接していない」
狼のことだ。
「ああ、あれはな。うーん、まあ行けばわかるぞ。『大岩』にな」
コロボは追求しないでほしいのか、イチリヤの元を離れグレコに向かった。
しかし、その姿は薄くなっていく。
森に光が現れた。
「リライ! 出番だ」
イチリヤはリライと頷き合う。
「リライ、頑張ってこいよ」
グレコは真っ白な歯を見せながら、リライを声援した。
「はっ!」
リライは元気よく返事をし、隊に集合を命じた。
リライの隊が森を進む。
イチリヤとグレコはリライの背を見送った。
「綺麗だな」
暗闇に光が揺らめく。
光る夜
いくつもの光に導かれ、リライの隊は森に消えた。
次話土曜更新予定です。




