光る夜-2
「足元を見ろ。松明の火の粉で焼けた葉っぱを辿るぞ」
イチリヤは配下の十五名を引き連れて、森に分けいった。リライの班が歩いたであろう場所を進む。
夜と昼では違ったであろう。イチリヤは夜の森にリライを挑ませたことを後悔した。
夜の森
最初はやはり自分が確認に入れば良かったと。
「ここか」
松明の火の粉が二手に分かれていた。ここで、伝令を送ったに違いない。
「騎士隊長、ここからはどう追いましょう?」
「痕跡を追う。足元を見ろ」
皆が足元を注意深く見た。僅かに人の足跡……草を踏んだ痕跡が見られた。
皆が頷き、一方向に目を向けた。
「リライの方向に五名、後はここまでの道のりに目印をつけろ。森を汚さずな。必要な物は対岸に行って用意しろ」
イチリヤは隊を振り分けた。
グレコがコロボを連れて来たときは、森のどの場所かもわからずであったから、イチリヤは目印を着けたかったのだ。
「行け!」
「はっ」
十名が戻っていく。
イチリヤはその場に目印をつける。布きれを長めの棒にくくり、地に突き刺した。
「行くぞ」
五名は頷き、イチリヤについていく。
しばらく行くと、足跡の痕跡は乱れていた。
「ここでまた三手に分かれたようだな」
「騎士隊長、これを」
布きれと棒を出す隊員に、イチリヤは頷いた。
「よし、お前達はここから先程の目印に戻れ。ここからは、私だけで行く」
「いけません! お一人でなど行かせません! 我らは騎士隊長と行きます」
イチリヤの提案は受け入れられない。隊員達は頑なに言い張った。
「落ち着け。いいか、心を静め辺りを感じろ。わかるはずだ」
イチリヤはそう隊員達に促した。
イチリヤが目を閉じたのに合わせ、隊員達も同じく目を閉じる。
『ここからは藍の王子だけで来い』
「狼殿ですか?!」
聞こえた声に、隊員は辺りを見渡す。が、その姿は見つけられなかった。
「ああ、そうだ。狼が一人で来いと言っている。お前達は戻った者と先程の目印で待ち合わせろ。この目印までの道のりにも同様にやってほしいのだ」
「わかりました。ですが私達はここに残ります。すぐに駆けつけられるように」
イチリヤはフッと笑う。
「ああ、そうしてくれ。ただし、一名は先程の目印に伝令に戻れ」
そうして、イチリヤ達は分かれた。リライの時と同様にここでイチリヤは一人となる。
『無事だ』
隊員と分かれたイチリヤの横を距離をとって狼が歩く。
「そうか、良かったよ。案内はしないのではなかったか?」
イチリヤは狼に軽口を言う。狼は体をブルブルと震わせた。
『案内などしておぬわ! 我は秩序を破りし者を捕らえ、保護しておる』
「リライが秩序を破ったと?」
『ああ、森で剣を抜いた』
「……すまない。怪我をした者に先に謝罪に向かおう」
イチリヤは心痛な面持ちで言った。
『誰が怪我をしたって? 我は森で剣を抜いたとだけ言ったのだ』
今度は狼が軽口を言ったようだ。
「剣を抜いただけ? 妖と戦ったのではないのか?」
『森に飲み込まれたのさ。心にブレがある者は、森の餌食になる』
狼はまたブルブルと体を震わせた。
「森も妖なのか?」
イチリヤは声を森に発した。訊いたのだ、森に。
ザワザワと森が揺れた。
『飲み込まれるなよ』
狼はイチリヤに警告する。
「この森は、何故か私には落ち着く。……懐かしささえ感じるよ」
イチリヤは穏やかに言った。
『……』
狼は黙る。
「さて、そろそろか?」
狼の案内もなく、イチリヤは到着がわかった。森がイチリヤに教えていた。
『お主は、森に好かれているな』
森の木々はイチリヤの行き先を示さんばかりに、その枝先をたわませる。木々は揺れ、枝がイチリヤを避ける。ザワザワと聞こえるのはそのせいだ。
「気持ちのよい森だ。清々しい」
『妖の森に、"清々しい"? 清らかではないぞ』
イチリヤは足を止めた。狼も止まる。イチリヤは狼に向き直る。
「清らかでないことを知っている森であるから、清々しいのだ」
『我に難しい言い回しはするな』
狼もイチリヤと対峙し言い放つ。
イチリヤはニヤリと笑う。狼もプイと顔を背けた。
「心にブレがある者は、清らかであろうとするから」
『清らかであろうとする者は、自身が清らかでないと認識せねばな』
イチリヤは穏やかに笑った。そっぽを向いている狼は、イチリヤの言葉を待たずに歩き出す。
イチリヤもそれに合わせた。
しばらく行くと、木目の顔が四体、イチリヤと狼の到着を待っていた。
『もう良い』
狼の一声で、木目の顔の四体はそれぞれにリライから離れていく。
リライはボーッと立っている。
「あの者らの役割は?」
狼にイチリヤは問うた。
『森の賢者』
「賢者という役割?」
番人、案内人ならそれは役割の意味がわかる。だが、賢者とはどのような役割があると言うのか? イチリヤは木目の顔の者を見ながら、考える。
『賢き者。妖の森を昼夜歩き回っている』
イチリヤはどこかに違和感を覚えた。
だが、それを追求しない。ボーッと立つリライの対処が先であるから。
『我は行く』
狼の声にイチリヤはその姿を追う。が、すでに姿は消えていた。イチリヤは待った。
狼は消えてからも声を残す。数回の接触でいつもそうであったから。
『認めさせよ。認めぬ者を森は受け入れぬ。森が受け入れねば、案内人も姿を現せぬ』
狼の気配が消える。イチリヤはリライの横に立った。
「何を見ている?」
リライの虚の瞳は何を見ているのか? イチリヤは問うた。
「何を見ればいいのでしょう?」
リライの口から力のない声が落とされた。
「何を見たい?」
イチリヤはリライの前に立つ。
「……いえ、求めてはいけません」
リライの瞳が揺れた。声も揺れていた。
「私は、なりたい自分を追う。求める。見たいと思う。そうなった自分をな」
イチリヤは真っ直ぐにリライの瞳を見た。
「それは欲ではないですか? 欲とは汚いものではないのですか?」
リライの声は震えている。
「清廉でありたい者は、清廉ではない自身を認めている者だ。我々は、純粋な子供ではいられない。清らかでないと認識した上で、清廉でありたいと願うのだ」
イチリヤの脳裏には、ナーシャの顔が浮かんだ。背中に温もりを貰った日。ナーシャに抱きつかれた温もりを。
イチリヤはリライの額をペチンと叩いた。
「痛いです。イチ王子様」
リライは弱々しく笑った。
「何が引っ掛かっている?」
やっと、虚から脱したリライにイチリヤは訊いた。
「紅、白、黒は導を手中に入れたいと思った。大陸の覇権を掴むために。欲が藍を……」
リライはぽろぽろと涙を流した。
「怖くなったのだな、欲に」
イチリヤはリライの頭を撫でた。ナーシャを撫でていたように。
「紅、白、黒にしてみたら藍が脅威であったであろう。導を手にしている藍が、自国に攻めいって来るやもと」
リライはグチャグチャの顔を上げる。目を見開き、訴えている。
「藍は深き愛の国! そんなことをするわけがありません」
イチリヤは頷く。
「何故です? 何故、求めてしまうのですか? 何故欲しくなるのですか? 何故、そのために……」
イチリヤは聞いている。リライの心の叫びを。
「リライ、認めよ。紅も白も黒も」
「嫌です!」
リライはグチャグチャの顔で首を横に振る。
「リライ、認めよ。欲を」
「嫌です!」
「リライ、認めよ。弱い自分を」
「……」
リライは押し黙った。
「リライ、自分が弱いと認めた者が強くなるのだ。自分に欲があると自覚した者が、それを正しき目標へと変えられる。だから我々は今ここに居るのだろ?」
ウグッ、ウグッとリライは嗚咽した。
「受け入れよ。目を背くな。背いたら、それを越えられないぞ」
「うおおおぉぉぉ」
リライは咆哮した。
声は何度も放たれる。何かを吹っ切るように。
そして、叫びきったリライは顔をイチリヤに向けた。その顔がスッキリとしていた。
「すみませんでした!」
イチリヤは頭を下げたリライをパコーンと叩く。
「痛いです。イチ王子様」
頭を擦りながらリライは顔を上げた。
「謝るのは私ではない。森に謝れ。剣を抜いたのだろ?」
「はぃ」
しゅんと項垂れるリライ。
「それと、お前の隊の者にもな。心配していたぞ。謝ってもいた、お前を一人にさせたとな」
さらに項垂れたリライ。またぽろぽろと涙を流した。
「お恥ずかしい限りです」
鼻水をズビズビさせながら、リライは言った。
「ほら、森に謝れ」
リライは四方八方に頭を下げる。
森がザワザワと揺れる。
「リライ、その顔を森が笑っているぞ」
イチリヤはそう言って、懐から布を取りだしリライに渡した。
「あびばとう、ござぃまふ」
イチリヤは笑う。森も笑っていた。
「今日の夜もリライの隊に任せる。一旦戻るぞ。グレコの飯は……たぶんもう残っていないと思うがな」
リライはガックンと肩を落とした。
「また来る!」
イチリヤは森に叫んだ。




