光る夜-1
***光る夜
目の前を光が通る。
「案内人か?」
リライは大声で問う。
ーーシュシュッーー
またも光が通る。この繰り返しがずっと続いていた。
光は三班同時に現れた。各班から口笛の報せが聞こえる。もちろんリライ率いる班も、口笛を吹いた。
同時の報せの対応を打ち合わせていなかったため、各班は目の前の光を追うしかなかった。
槍十本分の距離は段々と離れていく。リライは率いる班の二名に伝令を託す。
『そのまま光を追え。見失ったら打ち合わせ通りに岸に戻ること。接触出来たら、説得し岸まで連れていくこと。一名伝令を騎士隊長に出して指示を待て』と。
二人が離れ、リライの班はリライの他に二名となる。
そして追うのだ、光を。
光はさらに森の奥へと進んでいく。
「待たれよ! 話をさせてくれないか?!」
リライは声を張り上げる。だが、光は止まることなく奥へ奥へ……
ーーシュシュッ……シュシュシューー
突然光が三つに分かれ、それぞれに進路を変えた。
「リライ様、どうしたら良いでしょう?」
配下の二人は慌て出す。
リライは冷静に慎重に、と思いながらも離れていく光に気持ちが急く。冷静ではいられなかった。
「それぞれの光を追え。対応はさっきの伝令と同じだ」
そう早口で言うと、リライは指を差しそれぞれが追う光を指示した。
……いつものリライなら、光を追うことなく、一旦退いたに違いない。いや、それ以前に複数の光に惑わされなかったはずだ。案内人が複数であるとは聞いていない。
コロボは"もう一人の案内人"と言っていたのだ。
そんな状況で、複数の光……複数の接触があった時、いつものリライであれば、拠点に確認に戻ったであろう。
だが、この日のリライは違っていた。森に入る前の心情に傾倒していた。それも無意識に。欲しいモノが目前にある。手を伸ばせば得られる。前に前に、前に進めと、心を急かす何か。
だが、リライはそれを認識出来ずにいた。光だけを目指すリライ。
森の中、リライの隊はバラバラになる。
「ハァハァハァハァ」
リライは全力で走る。手が伸びる。光を掴もうと。
「待ってくれ! どうか話を聞いてくれ!」
光にあと少しで触れる。指先が捕らえる。
「捕まえた!」
リライの右手が光を捕らえた。それほど光は小さかった。否、追うごとに、近づくごとに、光は小さく小さく小さく……リライは手を開く。そこに、光はなかった。
光は消えた。リライの心を侵していた光は……
「……」
リライはじっと手を見た。
「何故だ?」
未だにおかれた状況を理解出来ず、リライはただ消えた光を眺めている。そう、手のひらを。
静寂
闇
『貴方が欲しがったモノは手に入れた?』
声は静寂を静寂のままに。闇を闇のままに。変わらぬ景色の中で、足元を這うように紡がれる。
リライはバッと顔を上げた。だが、確認できうる者はいない。
『ねえ、満足?』
「誰だ? 姿を現せ!」
リライの声は荒々しい。この状況が声の主の仕業であると、怒りをぶつけたのだ。
『クスクス』
リライは身構える。声が近い。
『こっちよ』
リライの背中がゾワリと逆立つ。
剣に手をかけたリライは、瞬時に声の方向に振り向き、後ろに飛び退く。
『残念、こっちよ』
間合いをとったはずであるのに、またも、声は背後のすぐそばで聞こえた。
「くそおっ!」
リライは剣を引き抜き、大きく振った。
ーーシュッーー
空気が斬れる。
「何処だ?! 何処にいる? 姿を現せ! 卑怯であるぞ!」
リライは目を凝らし辺りを見る。そこに姿の有する者は確認できない。静寂と闇だけ。リライに確認出来ているのは、自身の鼓動のみ。
『さようなら』
闇が動く。
リライの足元から波のように退いていく。
「待て!」
リライに追うことは出来なかった。闇の動きは、水面に小石を落としたように、波紋のように広がって退いていったから。
「待て! 待ってくれ!」
その場には、変わらずの静寂と闇。
「……なにしてんだ、俺」
弱々しいリライの声だけが、落とされた。立ち尽くすリライの心の虚は言うまでもない。
空にはもう星はなかった。
岸に集まったリライの隊と、イチリヤの隊。そこにリライの姿はない。
「何があった?」
イチリヤは問う。リライの隊の帰還が遅いため、イチリヤは白み始めた早刻に隊を引き連れてやって来たのだ。
「それが……」
最後までリライについていた二人が、何があったのかを説明した。
「では、皆がそれぞれに光を追い、そのまま岸にたどり着いたと?」
イチリヤはそう確認した。
「はい、いつしかこの岸に着いておりました」
リライの隊の者が皆頷く。
「光は分裂し、皆がバラバラになった。光を追ったら元の岸にたどり着いた。だが、リライだけ戻っていない」
リライの隊の者が悔しげにまた頷く。
「わかった。後は任せろ。皆は拠点に戻りグレコに同じように報告しろ」
「はっ……」
皆がトボトボと岸に向かうのを見たイチリヤは、気を落とす隊員達にそう嘘をつく。
「気を落とすな。皆無事で良かったよ。リライは森で私を待っている。そういう予定だったのだ」
振り向いた隊員はキョトンとしている。
「ハハッ、説得に時間がかかったら、その場で私の到着を待つように言ってある。陽が上れば妖は消えるだろ? 妖のいる場所を私がわかるように」
そんな嘘をついた。リライの隊の落胆を拭うため。
「未だにリライがここに居ないなら、案内人と接触できたってことだろ?」
軽やかに、嬉しそうに言う。そうすることで、肩を落としたリライの隊を励ます。
「はっ」
少し元気の出た声で答えた隊を見渡し、イチリヤは、『グレコの朝飯が待っているぞ!』と言った。皆の目が輝く。グレコの作る朝飯は美味しいのだ。
「ほら、早く行け! グレコの隊にみんな食べられてしまうぞ」
リライの隊が勢いよく沼を戻っていく。イチリヤは笑顔で送った。
だが、心の中はリライの無事を祈っている。対岸に着いたのを確認して、イチリヤは森に向かった。
次話木曜更新予定です。




