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覇者の導べ  作者: 桃巴


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揺れる大地―1

***『揺れる大地』


「ふん、神の末裔か。随分人間くさい末裔だな」

 西方に白き旗が幾重にもなびいている。白き旗は神の末裔『白国』

「気高き白の民は、覇者の導に惑わされたか。あの白き旗はすでに白ではないな」

 煙が上がる。どうやら白の陣が動きはじめたようだ。灰色の砂煙が巨大化していく。白き旗は灰に染まった。そこに、神の末裔たる気高さはない。


 ーードッドーンーー

 南方から激音が響いた。

「ほお、これはこれは。交わりを持たぬ孤高の民ではないか。覇者の導は孤高の民さえも惑わしたのだな」

 南方には黒き旗が蠢く。黒き旗は孤高の民『黒国』

「交ざることを拒んできた黒き芯は、今や黒光りを失ったな」

 蠢く黒の陣も移動をはじめた。沼に石を撒き散らし、足元を固めながら進む黒の旗は、泥をかぶり黒光りを失った。臭き泥の旗は、泥の重みでさらに不気味に蠢く。


 ーーダン!ダン!ダンダンダン!ーー

 今度は北東だ。太鼓が打ち鳴らされている。

「……はんっ」

 それは、悲しみを宿した諦めの失笑。

「友たる紅の民も、惑わされたのだな。いや、墜ちるならばせめて……と思ったのか?」

 その瞳で紅の旗を眺める。紅の旗は慈しみの民『紅国』

 何を思いこの藍の地に侵攻してきたのだろうか?

「その手を紅に染めるのか? どんな理由であれ、慈しみを手放した紅は、単なる血の色の旗に変わるであろう」

 静かに言葉は流れた。


 西に『白国』

 南に『黒国』

 北東に『紅国』

 そして、ここは深き愛の民『藍国』である。


 強大な力もなく、広大な領土を有するわけでもなく、だがその地は大陸の中央で毅然と成っていた。小さき国の深き愛は、大陸にともに成っていた三国にとって癒しであったのだ。

 気高き白は漆黒を嫌い、紅を嘲笑う。

 孤高の黒は紅を見下し、白と張り合う。

 慈しみの紅は白を妬み、黒を嫉む。

 三国は常に大陸の覇権を虎視眈々と狙っていたのだ。その三国の思惑を、藍の国が癒していた。深き愛は、大陸の戦火の種火を消していた。だが、導の誕生が微妙な調和を崩す。導……しるべ……覇者の導……はしゃのしるべ


『導は覇者へと導く者。導を手にした者が覇者とならん。覇者は導と共に大陸を治めん』

 そう、いにしえから伝承されてきた。

『覇者の導、その瞳に色を宿す。白は白。黒は黒。紅は紅。藍は藍』

 緑眼である四国の民。故に誕生は明確に示される。

『覇者の証、その背に翼を持つ。白は白。黒は黒。紅は紅。藍は藍』

 翼とは何であるか? 三国の若き将を見る。その背に翼はない。ただ華美に装飾された『白・黒・紅』色のマントが羽ばたくこともなく、覆っているだけである。

「ふん。あれが翼か?」

 男は呆れた声を出す。

 藍の城は三国に囲まれた。覇権をめぐる争いの矢面に藍国は立たされていた。権力を欲する者達が、導を奪いに藍の城を囲んでいるのだ。我こそが覇者にならんと。


「父上、準備が整いました」

 男の後ろに一人の青年が立つ。青年の背後にも同じく三人の青年がいる。

 青年の言葉に男は頷き、遠方に向けていた視線を眼下に向けた。

 藍の城をぐるりと囲む城壁の内に、数百の民がひしめき合っていた。藍国最後の避難民である。藍を守るため、最後まで残った兵士やその家族達も含まれていた。すでに国の大半の民は、別大陸に渡っていた。

 男は大きく息を吸い込んだ。

「んっ!」

 青年に伸ばされた右手に、王冠が渡される。

 男はフゥーと息を吐き出す。そして、再度手を出した。

 青年はマントを渡す。藍一色のマントを。

 大きくかぶりを効かせ、男はマントを羽織った。藍の風が吹く。男の体に藍の煙がまとわりついた。体がひとまわり大きく見える。

 青年は、唇を噛み締めその姿を焼き付けている。

「行くぞ」

 男は控える青年四人と共に、玉座の後ろの階段を上った。

 藍の城の最上階。男がそこに現れると、民からどよめきが上がった。

「静まれー!」

 青年が叫ぶ。

 男は右手を開き頭上に上げ、静寂を示した。藍の風がマントを翻すとどよめきが止まる。聴こえるのは、遠方の侵攻の音だけである。男は息を吸い込んだ。

「藍は深く進まん! 民と共にあらんとも。我は藍の壁と化す! 藍の再来まで、民を敵を寄せ付けぬ! 導は藍の人柱となる。覇者以外誰の手にも堕ちることは決してない!」

 男の発言を聞いた避難民からすすり泣きが聴こえてくる。

「民遠くとも藍は在る! 藍遠くとも深き愛を貫け! 覇者が導の楔を解くまで、我は藍を守る! 導を守る!」

 男の言葉は藍の民に響いた。ウグッ、ウッと、すすり泣きを堪える声に変わっていく。俯き、涙を大地に落とすより、見上げて涙を肌に滑らせる。深き愛、藍の王を胸に焼き付けるために。

「再び、共に歩むその時まで!!」

 男は踵を返しその場を去った。

 民は最後まで、その姿を目に焼き付けた。

 階段を下る男の背に、藍の民の声が届く。男は誰も居ない階段で、民の声に応えるように右手を突き上げた。

『再び、共に歩むその時まで!!』

 民の声もまた男の胸に響いていたのだった。


 最上階に残った青年らは民に指示を出す。男の息子である青年らは、それぞれに避難の役割を担うのだ。

 否、一の王子だけは……

「父上」

 王の背に追い付いたは一の王子。

「……すまぬ」

 王はそう一言返す。本来なら次期国王であった第一王子にだ。

「お前が治めるはずであったこの藍を、切り離すことになろう。本来なら、お前と妹に任せるはずであったのにな」

 王子は首を横に振った。

「いいえ、本来と言うなら妹です。この藍は妹が継いでいくものです」

「妹と言ってくれるのか?」

「はい。私には『導』ではなく、世界で一番可愛い妹です」

 王子は小さく微笑んだ。

 そんな王子の微笑みに、王は穏やかな顔を向けた。

「頼むぞ。イチなら必ず覇者様を見つけてくれると信じておる」

 一の王子、名をイチリヤと言う。

「はっ、必ず! 覇者様を見つけ妹に、いえ、『姫』の元に」

 イチリヤは王と視線を交わす。

「我はそれまで藍を守らん! 導を、いや、『我が娘』を守らん」

 王もイチリヤの視線に答えたのだ。

「父上」

 最上階にいた青年らが下りてきた。

「ニイヤ、サンキ、ヨシア」

 王は三人の名を呼ぶ。

 二の王子、ニイヤ。

 三の王子、サンキ。

 四の王子、ヨシア。

 王の深き愛を受け、イチリヤ同様に優しく育った息子達である。

「頼んだぞ。民に出来るだけ被害が及ばぬようにな」

「はっ」

「藍の霧の間に、各陣営の隙間を抜けるのであるぞ。霧の後は……」

 王は四人の王子の前で宙に円を描いた。王の指から藍が流れ、宙に藍色の霧の円が現れた。王の指は藍の円の中心を指した。

 四人の王子の視線が円を見つめる。

「導」

 王は一言だけそう言うと、もう一度円をなぞる。

「壁」

 またも一言だけ。中心が導、円周が壁と示したようだ。

「……父上は壁になるのですね」

 イチリヤは呟く。

「導は藍と混ざり人柱となる。その楔を解く者は、覇者様だけである」

 四人は頷いた。

「さあ行け」

 王は晴れやかに言った。

 しかし、四人は動かない。その目は王でなく父を見ている。

「困ったもんだな。全く最後まで手がかかる」

 王は四人の頭をガシガシと撫でた。

「我の自慢の息子達よ。信じておる。……行け!」

 その声は小さく震えていた。

「必ず! 『覇者様』と共に藍に戻ります」

 イチリヤのそれに続き三人も、『必ず』と繋げる。

 王はその声を背にしながら、玉座に進んだ。

「我が振り返る前に出よ!!」

 別れは背で。四人もまた王の言葉を受け、玉座に背を向ける。

 王は振り返る。王の瞳に四人の背中。逞しく育った背中が映っている。

 互いの背を見ながらの別れであった。

次話水曜更新予定。

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