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覇者の導べ  作者: 桃巴
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妖の森-2

 翌朝、誰よりも早く起きたイチリヤは、草の束を持つと周りを起こさぬように、沼地まで歩く。

 陽は上っていないが、辺りはすでに白みはじめ、動き出す時を待っているかのようである。

 藍の旗を背に立て、イチリヤは大きく息を吸った。

「行くか」

 沼に草の束を滑らせた。体をサッと乗せ、片足で沼を蹴る。草の束船はスイスイ進んだ。イチリヤは後ろを振り返る。まだ気づかれてはいないようだ。

 白い植物が多く群生する付近まで進んだ後、その植物を掴み、クルリと草の束船を反転させた。イチリヤの頬が引き吊る。

「戻るか」

 呟くと、グレコが仁王立ちする岸に向かって草の束船を動かした。

「まいったな。グレコに何と言おうか」

 苦笑いを浮かべ、イチリヤは進んだ。反転させるまでは、グレコも寝ていたはずだ。

「あ、思い出した」

 イチリヤはそう言うと、クスクスと笑い出す。

「父上の言ったとおりだ。グレコは陽とともに起きると言っていた」

 沼は朝陽を反射して、キラキラと光る。白沼だからこその輝きだ。

「イチ王子様!!」

 怒声で皆が飛び起きた。

「騎士隊長だ」

 イチリヤは飄々と答えた。

「単独行動はお止めくだされ!」

 イチリヤの発言に耳を貸さず、いや、その余裕はないのだろう。グレコは大声で捲し立てる。

「試し漕ぎは、私がすると昨日決まったはずです! なぜ、危険な真似をするのです?! イチ王子様は皆の希望なのですぞ」

 グレコはやはり王子と呼ぶ。

「皆の希望は覇者様だ。私ではない。私は覇者様を捜す全権と、藍の民を守る全権を持っている。私が率先して安全を確認するのは、当たり前である」

 やはり、ここでもイチリヤは飄々と答えた。

「私は、イチ王子様を守る命を藍王様から受けたのです! これでは、私の役目がないではないですかあ」

 もう、雄叫びになっていた。

「グレコ、勘違いするな。冷静になれ。藍の旗を背負えるのは私だけ。対岸の者にそれを示す必要があった」

 飄々とした喋り方がガラリと変わり、腹の底からの声がグレコに向けられた。

「気配は二対になっている。それも昨日とは違い、威厳を放っている。その礼に対し、この隊の長が、物見見物でお前を試し渡りさせるわけがないだろう?」

 グレコは対岸を確認する。その対岸の放つ圧的な気配に、グレコの眼差しが鋭くなった。

 次第に冷静さを取り戻していったグレコは、イチリヤに頭を下げた。

「あれは、何でございましょう?」

 気配が異様なのだ。

「さあな。だが、これだけは言える。簡単には森に入らせてはくれぬとな」

 イチリヤは、そう言うと隊に向けて一声を発した。

「並べ!!」

 イチリヤの前に五十弱の兵が並ぶ。

「この夜営地を拠点とする。先発十五名。後発十五名。拠点待機十五名だ。先発は私につけ! 後発はリライ。拠点待機がグレコ」

 ここで、またもグレコが発言しようとするが、イチリヤは制した。

「一週間ある! 全員が全力で一週間を突っ走るは得策でない……」

 イチリヤはここでやっと、皆に青王から聞いた話を伝えた。

 困惑と期待を織り混ぜた表情をする隊。

「いいか、勘違いするな。我々は討伐に来たのではない。訊ねに来たのだ。覇者様と導の言い伝えの真意を。覇者様の存在を。その居場所を」

 イチリヤは瞳を閉じた。

「藍を思い出せ」

 皆、イチリヤに習い瞳を閉じた。脳裏に藍の地が映る。

「そのまま聞け。いいか、見たこともない者に、恐れるであろう。知らない力に、恐れるであろう。だが、剣は抜くな! 藍の王は最後まで侵攻してきた者に剣を抜くことはなかった。だから……だからこそ、今、藍は独地なのだ」

 皆の心が震えた。

「我々が向かう先にいる者は、藍の真実を知っているかもしれぬ。教えてもらうは我々である。決して、決して剣は抜くな」

 ……

 ……

「先発の隊が安全に森に入ったなら、後発はここ拠点に戻れ。先発が帰り次第入れ替わりに後発、次に待機の者」

 イチリヤはここで目を開け、皆の顔を見つめる。

「深く入るな。一つ情報を得たら、戻るように。ここは最終地ではない。全力を注ぐべきは、この地ではないのだ。安易に命を捨てるなよ? 皆の命は藍王から預かった大事な命なのだ。わかったな」

 皆の瞳がゆっくりと開き、イチリヤに頷いた。

「グレコ、わかったな?」

「はっ!」

 イチリヤは笑った。グレコのコロッと変わった表情に。先程までは、しがみついてでも、イチリヤに着いていこうという勢いだったから。

「では、グレコ。隊を分けよ。リライ、後発の動きの確認だ。来い」

 イチリヤはリライに、沼地の中央付近に群生する植物辺りで待機しているように指示をした。

「いいか、追随は決してするな。植物を掴み、軸にして反転して戻れ」

「はっ! ですがもし、先発隊への攻撃が見られたらどうしたら?」

 リライは遠慮がちに訊いた。

「その場合、先発隊はすぐに撤退する。傷を負った者を助け支えよ。だが、中央の植物辺りから前には進むなよ。そこで撤退する隊を待つのだ」

 先発隊が沼の岸に並ぶ。

 イチリヤの背には藍の国旗が舞っている。柔らかな風が対岸から吹いてくる。

「向かい風だな。皆、無理はするなよ?」

 イチリヤは、片手を上げ出発の合図を出す。

 沼にイチリヤを先頭に、十五名が滑り出した。沼をすーっと進む。先発隊は、半数を黒へ使者に行ったことのある経験者が占めている。

 先発隊が中央を過ぎる。

「後発! 出発!」

 リライが発した。その声がイチリヤにも届いているのか、イチリヤは右手を突き上げた。

「見えてきた」

 イチリヤの目に対岸の深緑の中に光る瞳が見える。

 岸まで一息の所で、イチリヤは停止を命じた。

「待機!」

 向かい風が止む。森からその気配が出てくる。

『我は森の番人。ここを通るは禁忌』

 その声は、姿を現しながらイチリヤ達に告げた。

『ここを守るは我の任』

 青光の狼とその背後から、人の倍の背丈の者が現れた。厳つい筋肉が見えるのは、その者が腰布しか身につけていないから。そのゴツい腕には大きな斧が握られていた。背丈以外に、人とは思えぬ風貌であるのは、顔を見れば明らかだ。木目の顔に真っ黒な瞳。

 イチリヤ達は息を飲む。

 静まる沼に、再び風が流れた。

「藍の国騎士隊長イチリヤ! 覇者の伝承を知る者を捜しに来た! そなたは知りうる者か?」

 イチリヤの声が風に流れる。

 狼がぶるんと体を振った。木目の顔は狼に真っ黒な瞳を向けた。狼の全身が徐々に藍の色に変わっていく。

 驚くイチリヤ達を気にも止めず、狼は藍光の姿に変わった。

『……』

 対岸から答えは出ない。イチリヤは再度、訊ねる。

「覇者の居場所を知りたい! そなたは知りうる者か?」と。

 木目の顔はコキコキと頭を回した。その顔が森の方に動く。顔だけが森を向く。体はイチリヤ達の正面のまま。

 顔を追うように、体がグインと回転した。森の中に歩いていく。

 イチリヤの背後で、隊がざわめく。イチリヤは手を上げてなだめた。

「静かに」と発して。

 まだ、藍光の狼が佇んでいる。

『藍の印を見せよ』

 声は狼から出る。再度背後がざわつく。声が狼から出ていることに、皆が驚いたのだ。だが、イチリヤは違った。元々狼から発せられていると認識していた。

「我が背に見えるは藍の国旗! 我らは藍の民である」

 狼はまたぶるんと体を振った。

『我は印と言った。我が見たいは藍の刻印』

 イチリヤはその言葉に驚愕する。応えることが出来ずにいた。

『藍の王子よ。その印を見せよ』

 続く狼の発言に、イチリヤは叫んだ。

「何故、知っている?!」と。

『王子である証拠の刻印を見せよ』

 イチリヤの問いに答えることもなく、狼は更なる密事を声にした。

『何を驚くことがある? 我は霊獣。寄り代である刻印を知らぬはずがない』

 イチリヤの顔が歪む。必死に何かを耐えているようだ。

『痛むか?』

 イチリヤは、狼の問いに唇を噛んだ。

『藍の王は、それ以上の痛みに耐えている。鳳凰、麒麟、青龍を喚んだでな』

「青龍?!」

 イチリヤ達が藍で見たのは、鳳凰と麒麟だけである。狼から青龍が喚ばれたと聞かされ、イチリヤは思わず声を出したのだ。

『青龍に身を捧げ、孤島を護っている』

「……」

 イチリヤはただただ狼を睨む。その瞳に宿る激情が溢れんばかりに。

「知りうる者よ! 刻印を示そう!」

 イチリヤの草の束船が、すーっと狼が佇む岸に向かった。

 狼は二三歩後退する。

 緊張が沼全体に広がった。

 待機のグレコの放つ熱。後発のリライが放つ冷気。皆がイチリヤに注ぐ忠の眼差し。

 狼が放つ……超越した存在感。

 そして、イチリヤが放つ……イチリヤが放つ藍の光。刻まれしは左肩。そこからドクドクと溢れる藍の光は、狼にしか見えてはいない。何故なら、藍の国旗がイチリヤの背を覆っているためだ。背後の皆には見えない。

『ほぉー。なかなかの威圧感だな。さすがに"カルラ"の刻印だ』

「……カルラとは何だ?」

 イチリヤにははじめての言葉である。

『さて、その場で直に見せよ』

 狼はまたもイチリヤの問いに答えない。

「見せれば、全ての問いに答えるか?」

『全ての問いに答えるは、我ではない。我は森の番人。ここを守る者。故に刻印を目にせねばならぬ』

「では誰が答える?」

 イチリヤは狼に一歩踏み込んだ。

 狼の毛が逆立つ。

『それ以上は近寄るな。カルラは我には強すぎる! 寄るな!』

「カルラとは何だ?!」

 イチリヤは苛立ちを言葉にぶつけた。

『白虎に訊け! 我はここを守る者! 炎鎖!!』

 近づくイチリヤに、狼は牙を剥き出しにする。そして、後退しながら言霊を放った。

 ボボボボボボォォ

 炎が立つ。沼と深緑の森の狭間に炎が連なった。

 イチリヤは素早く退いた。沼の岸に足首を埋め、深緑の森を見る。炎の向こう深緑の森の中、狼がイチリヤを見ている。

『我は森の番人。森の秩序を守る者。……秩序が破られし時に、白虎が現れる』

 狼の苦悶をイチリヤは感じた。

「有り難う! 番人自らは破れない。秩序を破るは私だ!」

『フンッ、炎を消してから言え! 簡単には消えぬぞ』

 狼はそう言うと、姿を森の中に消した。消したが、声は続く。

『焼けぬ炎。燃えぬ炎。だが、触れれば炎に触れると同じ痛みを背負う。だが焼けぬ、だが燃えぬ。消してみよ! カルラの刻印を持つ者よ』

 声は高らかに響く。

「ハハッ、結局何の答えも貰えぬままとはな」

 そう言いながらもイチリヤの顔は精気に満ちていた。

「答えは白虎に訊けか」

 イチリヤは草の束船に飛び乗った。先発隊へと向かう。

「一旦退く」

 後発隊と合流し、夜営地の岸に戻った。

次話月曜更新予定です。

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