002 暗殺者の前職はただの従者
「エクレール! あぁ、よく無事で………」
「お母様。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「いいのよ。あなたが無事であるなら、それで………」
あの後は、主兼親友のハーヴィーに殴られた。
さすがに隠しておく事が出来る内容ではなかったので、報告をしたら、思いっきり殴られた。人助けをしたのに理不尽だよな?
その後、平民の身分でありながら報告の為にガナッシュ国の国王陛下へ謁見。
報告を聞いた陛下が「娘を心配する親との再会を政治に利用とするとは何事か!」と、私が助け出したノワール公爵家のご令嬢を秘匿しようとした貴族たちを一蹴してすぐに再会の場が設けられた。
まあ、なんだ。隣国の王太子を暗殺して親との再会をさせないようにしようとした陛下が言う事じゃないよね?
それとも男は暗殺しても良くて女はダメなのか? 直接会うのは初めてであったが、この陛下の事は良く分からんかった。
「あなたがエクレールを助けてくださったのですね。本当に感謝致します」
そう言ってノワール公爵夫人が深く頭を下げる。
「頭をお上げ下さい。私は身分を持たぬ者でございます」
「今は貴族ではなく、ただの1人の母親としてあなたに感謝させて下さい」
わずか3週間の僅かな時間ではあったが、共に旅をしたノワール公爵家のご令嬢の性格が良いのは分かっていたが、どうやらそれは母親譲りであったようだ。
「頭をお上げ下さい。私は同盟国の一貴族であるブリオッシュ家に仕える者として当然の事をしたまででございます」
ちなみに助け出された本人は王都の外壁から飛んだ直後の記憶は抜け落ちており、河に流れているところを私が助け出した事になっている。
その後は、本人から話を聞いて再度命を狙われないように隠蔽工作をしながら、戻ってきた事としてノワール公爵夫人には説明されている。
隣国の王太子を暗殺する為に壁にへばりついていて偶然助ける事が出来たなど、口が裂けても言えない内容である。
「お母様。それだけではございません。助けられた直後は懸命に介護して頂き、旅の途中の宿では常に部屋の外で見張りまでやって下さいました。私も感謝してもしたりる事はございません。誠にありがとうございました」
2人の再開の場に立ち会う事になった私は、こんな感じで2人揃って物凄い感謝と礼を言われ、色々と心の中に後ろめたい気持ちが満たしていった。
「ハーヴィー様。このような素晴らしい従者をお持ちになられていらっしゃるなんて、羨ましい限りですね。一介の従者までもが、我が国の作法にまで精通しておられるとは思ってもみませんでした」
「ノワール公爵夫人。彼はただの従者ではございません。元トリュッフ侯爵家の嫡男でございます」
な!?
「トリュッフ侯爵家というと、10年ほど前に我が国の王家によって取り潰されたあの?」
「はい。左様でございます」
感動の再会を果たしてから、気持ちが落ち着いたのを見計らって、共に再会を見守っていたハーヴィーが余計な事を言い出す。
そして、その事実を告げられたノワール公爵夫人は深い思案をする表情を示し、ご令嬢であるエクレール様は物凄く驚きの表情をしていた。
「………それがこの国のご希望ということかしら?」
「はい。それが我が国の陛下の望みでございます」
驚いたままのエクレール様とまた面倒な企みをした陛下に対して頭を抱える私を置き去りにして、ハーヴィーとノワール公爵夫人は頷きあっていた。
その後は穏やかな時間が流れた。
暗殺に続く、新たな陛下の企みがなんとなく分かる気がしたが、嫌な予感と考える事を拒否する本能に従って何も気付かない事にしたのが良かったのだろう。
さすがに死んだ事になっているエクレール様がすぐに国に帰る事は難しいようで、表向きは留学という形式でガナッシュ国の学園に通っている。
そんな状況の為か、私の周りも環境が変わってきた。
「オペラが正式にブリオッシュ家に迎えられる事が決まったそうね。おめでとう」
「あぁ。侍女の身で必死にハーヴィー様へアピールしてたのに身を結ばなくて残念だったな。子爵家のご令嬢様」
そう、まずは主兼親友のハーヴィーが約束どおり、妹のオペラを迎える事が決まった。
これは現当主であるハーヴィーの父であるブリオッシュ公爵も了承している。まあ、側室になるならどこかの家に養子に入る必要があるので、妹の立場が側室か妾かは保留されている。
それでもブリオッシュ家に相応しいように教育が始まっている。
来年には、妹のオペラもエクレール様が留学中の学園に入学予定だ。
「わ、私は別にハーヴィー様の事は何とも思っていないわ」
そして、今話をしているのは、私とも幼馴染と呼べる間柄で、現在はブリオッシュ家の侍女として共に働き、ガナッシュ国のある子爵家の4女で初恋のハーヴィーにずっと思いを寄せていた私の想い人だった相手だ。
「あぁ。貴族ってのは大変だな。そして、お前も婚約おめでとう」
「とって付けたように祝われても嬉しくないわよ。それに嫁ぐ当日まで素性も分からない相手よ。今祝われても………やっぱり嬉しくないわ」
まったく貴族というのは面倒で残酷だ。好きな相手と結婚する為に障害が多すぎる。
そんな私も、その障害を乗り越えられなかっただけだ。ただそれだけの事だ。
「ショコラ。大丈夫よ。あなたの旦那様はきっと良い方よ」
「エクレール様。身分は愚か年齢すら明かされない相手との婚約ですよ?」
「あら? 私なんて私を殺そうとされるような方と生まれる前から婚約させられておりましたよ?」
変わった周りの環境の中には、私自身の事も含まれていた。
「も、申し訳ございません。エクレール様」
「冗談ですよ。ここは私の寮の部屋の中です。いつも通り呼び捨てにしてくださいな」
「そうだぞ。ショコラ。とっくに素の性格はバレているんだ。取り繕っても仕方がないぞ」
ブリオッシュ家の次期当主であるハーヴィー付きの侍従であった私と侍女のショコラは、ガナッシュ国の学園に留学されているエクレール様付きへと配置転換されていた。
2カ国の事情をある程度知っていて、礼儀も両方把握している私は適任であるのは納得が出来る話なので問題はない。
ショコラは私でも異性の世話は出来ない範囲がある為、ついでに付けられたようなものだ。
まあ、なんていうか、素の性格は1日経たずにバレて親しく話をするようになったおかげで、エクレール様の不安がなくなったのは褒めてつかわす。今では、あの事件を冗談で口に出来るほどになったのだから。
「そういうエリオットも、私を呼び捨てにしてくださいませんね?」
「私は異性ですので、そこは超えてはならない一線です。ハーヴィーは呼び捨てにしていますので、ご安心を」
「ハーヴィー様を呼び捨てにする事で、何を安心するのか分からないわ」
そう、こんな軽口を叩きあえる関係で居られるのは、この学園にいる残り僅かな時間だけだ。
想い人だったショコラは嫁へどこかの貴族へ嫁へ行き、エクレール様は祖国へ戻り、恐らく国にとって重要な人物の元へ嫁ぐ事になるのだろう。
妹の幸せの為に奔走して、暗殺を行なう覚悟のあった私でさえ、2人へ出来ることなど、今の時間を楽しく過ごして貰う事だけだった。
-後書き-
今日は少し暖かくなったらしいですね。
寒いから土日は引き篭もっていますので、良く分からないですけどね!
書いてて、物語の終わりが見えてきました。
まあ、ちゃんと終わると思う。
※この作品は不定期更新です。