6月23日ー曇りのち雨ー
なんだかんだで、気持ちに気付いてしまってから一日明けて。
すっかりパニックから立ち直った私は、自分の電話番号と、メールアドレスが書かれた紙を握りしめて、毎朝の電車に乗っていた。
気分は戦国。
なんとなく。
戦う気分でいないと、緊張しすぎて、吐きそうだから。
っていうかこれ、本人目の前にしたら吐くんじゃない?ってレベル。
(お食事中の方、すみません)
紙を渡して、
「よかったら、連絡ください!」
と、一言。
うん、イメージトレーニングはばっちり。
本当に言えるかどうかは、別としても、とりあえず紙だけは、渡したい。
だけど、今日は曇り。
案の定、彼は電車には乗ってこなかった。
心の底では喜んでいる自分を蹴り飛ばして、また明日!と気合いを入れた。
――あした。
うん、明日また頑張ろうって、朝決めたよね。
だから今日は、頑張らなくてもいいんだよね。
今は、帰りの電車の中。
なぜ私が、冷や汗を流しながら、必死に言い訳してるのかというと…。
いるんデス。
二両目に、王子様が。
お昼すぎから降り出した雨を見遣って、やっぱり雨の日の王子様だわ…なんて、現実逃避しながら再確認。
私は、なんとなく落ち着くから、って理由で、朝も夕も二両目の、大体同じポジション。
どうやら、それは彼も同じみたいで。
朝より全然空いている車内では、見つけるまでもなく、自然に彼の姿が目に入ってきた。
…どうしよう。
ベストタイミングといえば、そうだし。
でも、全然心の準備ができてないし…。
どうにか心の整理と、それから吐き気なんかと戦っていると、急に、かわいらしい声が車内に響いた。
「あ、いたー。悠クン」
と、少し遅れて、低めの、甘い声も。
「おい、声でかい。なんだよ、サチ」
お、お…王子様の声ゲットーっ!!
なんてイメージ通りの、甘い声…。
って、うっとりしてる場合じゃなくて!
ユウくん…?サチ…?
ダレ……?
「あ、ゴメン、ゴメーン。だって、悠クン、駅に着いた途端にいなくなっちゃうんだもーん」
ペロッと舌を出しながら、王子…もとい、ユウくんに謝るサチちゃん。
上目遣いの大きな瞳。
色白の小さい顔に、ピンク色の唇…。
女の私から見ても…かわいすぎる。
「別に、一緒に帰る約束なんて、してないだろ」
と、ため息混じりにユウくん。
「冷たーい!いいじゃん、降りる駅は一緒なんだからっ」
「おい、くっつくなよ」
なんか…お似合い。
二人とも、スラっと背が高くて、モデルみたいだし。
並んでても、すごくしっくりくる。
きっと、私みたいなチビで童顔が隣にいても、あんな風には見えない…。
胸、いたい…。
楽しそうな二人を見てられなくて、私は、逃げた。
初めての三両目の窓際。
ぎゅっと口を結んで、ひたすら降りる駅に着くのを待った。
鼻の奥がツンとして、少しでも気を抜くと、涙がこぼれてしまいそうだった。
駅に着くと、転がるようにして、車外へ出る。
ガタン、ゴトン…という電車の音にまじって、二人の笑い声も聞こえる気がして、気持ち悪い…。
振り切るように、全力で走ると、家に着く頃には、全身ずぶ濡れだった。
まだ、手の中に紙を握りしめていた事に気付くと、雨で濡れてボロボロになったそれを、ごみ箱に投げ捨てた。
この間から、初めての感情ばかりで、頭がついていかない。
悲しい…悔しい…苦しい…好き……。
ぐちゃぐちゃな感情を、無理矢理シャワーで流して、布団にくるまる。
今はもう、何も考えたくなくて、私は、そのまま目を閉じて、眠りについた。