ガラスの樹
ガラスの樹
佐藤泰明は6畳一間、バス、トイレ共同のボロいアパートに帰宅した。
どんなにボロくても、外よりは暖かく、一人きりでほっとできるこの空間はありがたかった。
今日はクリスマスイブ。
街が華やぐこの日、
佐藤の一日は、大学のゼミのあと、
道路の穴掘りの肉体労働。
昨日は徹夜で港の荷運びをした。
こんな生活は昨日、今日のことではない。
大学生活を親に頼らず、人が笑うくらい大きな夢を持つ佐藤は、寒い(夏は暑い)、厳しい生活をもう1年以上続けている。
夢のためには、贅沢は敵!楽しい余暇も敵!
まして手の掛かる恋人は大敵だった。
くたくたに疲れて、バイトでもらったペットボトルのお茶を10倍に薄めて暖めたお茶でほっと一息付いた時だった。
「Merry Christmas!!」
アパート中が振動するほど大きな声で美貌の男が入ってきた。
同じゼミの鈴木和巳だった。
「なにしに来た!」
「だって今日はクリスマスイブだろ?
恋人なら一緒にいて当たり前。サンタのバイトのあと直行で来てやったぜ!」
鈴木は天使も頬を染めそうなほど綺麗にニッコリと笑った。
「誰が恋人だ、誰が!」
「・・・俺の初めて奪ったくせに、男のくせに、責任逃れするつもりかよ。」
佐藤はちょっとした間違いで、鈴木のファーストキスを奪っていた。
「責任逃れする気はないが、恋人にする気もない!
っていうより、今は恋人を持つ気になれない、
っていうか時間的にも肉体的にもできない!無理だから、ダメだから!帰れ!」
佐藤がほっとしたひと時は、あっというまに痴話喧嘩に発展した。
狭い部屋の中でバタンバタン。
同じアパートの住人達は、今日くらいは華やかな街に出払っており、上になり、下になり、プロレスまがいの激しい喧嘩にも苦情はこなかった。
最終的に、佐藤が、ウェイト半分以下の鈴木を片手で押さえ込んで、猫のように摘み出そうとした時だった。
つぅーと鈴木の大きな目から、涙が伝い落ちた。
その涙が、まるでツリーのイルミネーションみたいに、キラキラ、キラキラ。
佐藤はうかつにも見蕩れた。
以前の過ちもこの涙のせいだ。
泣き虫の鈴木。
うっかり手を離した途端に足払いを掛けられ、今度は鈴木が馬乗りになる。
黙っていればクリスタルのように美しい鈴木。
ガラス細工みたいに繊細な鈴木。
佐藤の夢には壊れそうなものは邪魔なだけ。
「ねぇ、佐藤。俺もあんたと一緒に夢見たいよ。一緒に見たらダメなのかよ。」
「ダメに決まってるだろ!」
俺の夢はでっかいんだから。金もいるんだから。
鈴木をはじめて見た時、綺麗な色の服を着せて、一緒にクリスマスを祝いたいとか思っちまった。
銀のアクセ似合うだろうなとか、街を歩くと、つい鈴木に似合いそうなもの買いたくなって、面白そうな映画があれば、お前と見たいなとか思って、お前のせいで、誘惑が100倍増えた!
だからよるな!触るな!帰れ!馬鹿!
「うっ・・・うぐっ・・ううううう、うわーぁーん!」
両手で顔を覆い、俺に馬乗りになったままの体勢で五月蝿く泣き出す鈴木。
「俺、あんたに贅沢言ったかよ!
クリスマスなんていらない。ツリーより、なにより、あんたの夢が、俺の中で一番キラキラしてるから。一緒に夢見させて。」
佐藤は、鈴木の両手を覆う、手をそっとどけた。女の子の手ではない。けっこうしっかりした強い手。泣き方も可愛らしい泣き方じゃない。ガキみたいにクシャクシャの顔だ。
鈴木のどけられた手の行き場は、今度は佐藤の胸倉を掴んで揺さぶりはじめる。
本当にだだっこみたいに喚き散らすが、クリスタルじゃないガラスじゃない。
いいように揺すられながら、佐藤は思った。ガラスみたいに壊れそうもなく、泣きながらでも付いて来そうだ。夢は一緒に見るほうが楽しいだろうか。
「わかった・降参」
佐藤は、天井と一緒に逆さまに見える鈴木の、
涙が伝う、顎の先にキスをした。
涙の味を味わいながら、鈴木と一緒に歩く明日を考える。
これからの佐藤の夢は。佐藤と鈴木の関係は。
多分、まだまだ第一歩。