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ダブルケイ

「ダブルケイ…」


ゆうは、店の前に立っていた。


さすがにダブルケイは、有名だった。


調べれば、すぐに場所がわかった。


学校近くの駅から、山側へ向かう電車に乗り、途中地下鉄に乗り換え、一駅で降りると、ダブルケイは近い。


山道の入口にある店は、決して大きくはないが、存在感は圧倒的である。


都会と自然の狭間で、音楽を奏でる場所。


それが、ダブルケイである。



ゆうは、まだクローズのプレートがかけられている扉の前で、尻込みしていた。


ここまで来てなんだが、いきなり音楽を教えてくれは、おかしいのではないか…と考えてしまう。



ゆうはため息をつき、悩んでいると、後ろから声がした。


「え?」


その驚いたような声に、ゆうが振り返ると、そこに和恵がいた。


「あ」


ゆうも和恵を見て、一瞬固まってしまった。


でも、よく考えたら、明日香の娘である。 


ダブルケイは、和恵の家でもあるのだ。


和恵とゆうは、目が合った。


和恵は少し後退りそうになりながらも、唇を噛み締めて、踏みとどまった。


「?」


ゆうは、美咲である自分に、和恵が何か思っているとは感じていた。


それが、何かはわからない。


「あ、あの…」


なんとか声をかけようと、ゆうが口を開いた瞬間、



「ごめんなさい!」


和恵が頭を下げた。


ゆうは目を丸くした。 


「この前、久々に会ったのに、いきなり駆け出して…」


「え?ああ…そうだったかしら…」


ゆうは、どう対応したらいいのかわからないから、愛想笑いを浮かべた。


和恵は頭を上げると、ゆうの顔を真っすぐには見れず、少し視線を外しながら、口を開いた。


「……本当は、ずっと…加藤さんに謝りたかったの」


「え?」


ゆうは、言葉の意味がわからなかった。


「あ、あたしのせいで…加藤さんは、いじめられるようになったのに…」


「え?」


ゆうは驚いた。


美咲へのいじめ。その理由が、和恵。


(何があった?)


ゆうは、和恵の顔を見つめた。


「あたしは…何もしてあげられなかった。助けてもあげられなかった」


少し涙ぐむ和恵に、ゆうは言葉をかけられなかった。


だけど、次の言葉が黙って待っていると突然、ダブルケイの扉が開いた。


「和恵?……と」


扉の中から、顔を出してきたのは、里美だった。


里美の声に驚いて、ゆうは振り返った。


「あっ!ど、どうも…」


愛想笑いを浮かべながら、振り返ったゆうを、里美はまじまじと見つめた。 


ゆうも固まりながら、里美を見た。


妙な雰囲気の二人を見て、涙を拭うと、和恵は、


「里美おばさん。同じクラスの加藤さん」


慌てて、口を挟んだ。


「加藤さん……!」


少し考え込んだ後、里美は何か思い出したようだ。


笑顔を浮かべ、扉を大きく開けた。 


「こんなところで、なんだから…中に入って」


扉が開いた瞬間、ゆうは絶句した。


そこは、ゆうの知らない空間だった。


カウンターや、並んだ数多くの多くのお酒の瓶よりも、奥に見えるステージに圧倒された。



(ここが…明日香のデビューした場所…歌手明日香の誕生日の地)



自然と足がステージに向く。


(ここで…)


感動で言葉が出ない。


ゆうは、ここに来たかった。


ここで、あの頃の明日香の演奏を聴きたかった。


あの渡り廊下での日々。そこでしか、存在できなかった自分。


(ここが…)


ゆうは、ステージを見上げた。


泣きそうになるゆうの後ろから、里美は近づいてきた。


「ステージに、興味があるみたいね。もしかしたら、あなたも音楽をやっているの?」


里美の言葉で、ゆうははっとして、我に返った。


ゆうは振り向き、里美に頭を下げた。


「あ、あたし!音楽をやりたいんです」


真っ直ぐに体を里美に向けると、ゆうは懇願するように、


「あたしに、音楽を教えて下さい!」


深々と頭を下げた。


里美は、突然のゆうの頼みに、目を丸くした。


「あたしは、どうしても音楽をやらなくちゃいけないんです!」


ゆうの必死な様子を見つめ、里美は少しため息をついた後、ステージに視線を移した。


「あたしは…誰かに、音楽を教えられる程の才能はないわ」


里美は寂しげな笑顔を浮かべると、ゆうに目線を戻した。


「だから…ご」

「おばさんは、あたしにドラムを教えてくれてるじゃない!」


和恵が、断ろうとする里美に叫んだ。


「和恵…」


「おばさんは、教え方が上手いよ。あたしはずっと、そう思ってる!」


和恵の言葉に、里美はフッと笑うと、改めてゆうを見て、


「わかったわ…。大したことは教えられないけど…」


微笑みかけた。


「よろしくね」



「よ、よろしくお願いします!」


一瞬固まってしまったゆうは、慌ててまた頭を下げた。


その様子を見て、嬉しそうな表情をした和恵に、里美は気付くと、二人に向かって言った。


「カウンターで、ジュースでも飲む?」


里美はカウンターの中に入り、オレンジジュースを二つのグラスに注いだ。


「さあ、どうぞ」


里美は、カウンターに座った二人に、グラスを渡した。


「頂きます!」


グラスを受け取り、ジュースを飲むゆうに、里美は話しかけた。


「でも…どうして、音楽をやりたいの?部活とかあるでしょ?」


「そ、それは」


「学校に、音楽をやる部がないの」


和恵が答えた。


「そうなの!?今って、音楽の人気ないのかしら」


里美は首を傾げた。


「人気は…あると思う」


和恵のトーンが下がった。


「それは……」


ゆうは言っていいのか、わからなかったけど、真実を話すことにした。


音楽ができない意味を。


「そんなことがあったなんて」


グラスを片付けながら、里美は和恵にきいた。


「…それは、あたしも知らなかった」



ゆうが理由を説明し終わった瞬間、突然携帯がなった。


美咲の母親からだ。


帰りの遅い娘を心配しているのだろう。


慌てて、携帯に出たゆうは、すぐに帰ることを伝えた。


今後の予定等を話す間もなく、ゆうは二人に頭を下げると、急いで帰ることにした。



そんなゆうを見送った後、里美が、おもむろに口を開いた。


「あの子…なんでしょ?」


「うん…」


力なく頷く和恵に、


「いい子じゃない。イメージと違うけど」


グラスを洗いながら話す里美の背中に、目をやりながら、和恵は言葉を発した。


「記憶喪失みたい…」


元気のない和恵の口調に、里美は洗う手を止め、振り返った。


「だから…覚えてないと?」


「わからない」


和恵は、首を横に振った。


「和恵…」


激しく首を振る和恵の肩に、カウンター越しに手を置くと、里美は優しく言った。


「あなたのせいじゃないわ」


「だけど!」


和恵は顔を上げ、涙目で里美を見た。


「あたしを庇って…代わりに、いじめられたのに…。それなのに、ここに来た。最初は、あたしを責めるのかと思ったのに…」


「音楽を教えてほしいと…」


里美は、和恵の頭を抱き締め、そっと…髪を撫でた。


「いろいろあるわ。だけど、音楽を学ぶことで、変わっていく。きっと、よく変わっていくわ」


「おばさん…」


しばらく里美の腕の中で、ひとしきり泣いた後、和恵は顔を上げた。


涙を自分で拭うと、和恵は里美に笑いかけた。



里美も笑顔でこたえた。




「それにしても…軽音部がないなんて…」


里美は、軽音部の出身だった。


「それも、そんな理由で」


里美がため息をつくと同時に、店の扉が開いた。


「それは、どういうことかしら?」


入ってきた人物に、里美と和恵は驚いた。


家に帰ったゆうは、心配していた母親に理由を説明し、これから音楽を習うことを告げた。


「音楽!?」


母親は素っ頓狂な声を上げ、まじまじとゆうを見つめた。


「ど、どうしたの?」


訝しげに首を捻る母親は、ゆうに気になることを口にした。


「美咲さん…。あなた、音楽が嫌いと言っていたのに…」


「え?」


思いもよらない言葉に目を丸くしたゆうから、母親は首を傾げながら離れた。


「やはり…記憶喪失が関係あるのかしら」


呟くようにキッチンに消えていく母親を見送った後、ゆうは自分の部屋と向かった。


ドアを開け、中に入ると、ドアにもたれた。


「音楽が……嫌い?」


母親の言った台詞が忘れられない。


ゆうはもたれながら、部屋を眺めた。



すると、胸の奥…心の奥から、激しい鼓動が沸き上がってきた。


それは心臓を揺らし、激しく叩いた。


「なっ」


何かが、ゆうを動かしていた。


勝手に体が動き、今まで一度も開けていない洋服ダンスへと、足が動いた。


そして、屈むと…ゆうは、タンスの一番下を開けた。


ぎゅうぎゅうに入った下着たちの下に、ゆうは手を突っ込むと、一冊のノートを取り出した。


それは、何の変哲もない大学ノート。


ゆうは自然と、ノートを捲った。


そこには、ある曲の歌詞が書かれていた。



「再生」


それが、曲名だった。


「天城志乃?」


それが、この曲を書いた歌手の名前であり、1ページ目には、一番の歌詞が書かれてあり、二ページ目には二番の歌詞が書かれてあったが、鉛筆でぐちゃぐちゃにかき消されていた。


そして、その隣のページには、こう書かれていた。



「音楽なんて嫌い」


ゆうは、ノートを持つ手が震えた。


「音楽のせいで…あたしは裏切られた…。あたしは、音楽なんて大嫌い」



ゆうの震える手から、ノートが零れ落ちた。


「どういうことだ?」


ゆうには、理解できなかった。


「音楽が嫌い?音楽のせいで、裏切られた…」


その言葉の意味することは、簡単だ。


音楽が理由で、美咲はいじめられた。


(しかし…その原因はなんだ?)


ゆうは、ノートをもとの場所に隠すと、ベッドに戻り、仰向けになった。


自分が今、音楽をやろうとしていることを、美咲は望んでいないのかもしれない。


だが、そこに美咲の自殺の原因があるとすれば、調べなければならない。


ゆうは天井を見つめながら、目を細めた。


「軽音部の件といい…あの学校には、何があるんだ?」


たかが、音楽…されど、音楽。


ゆうは、ベッドから起き上がった。


「天城志乃…再生?」


ずっと渡り廊下にいたゆうは、音楽のことに疎い。もう十何年前の時代の音しか知らない。


絵里香も疎いから、一応…明日香関係の話しか聞いていない。


「そういえば…明日香の音楽も聴いてないなあ」


自由に動けるようになったのだ。CDショップにでも行って、買えばいいのだが…。


「できれば……そばで生歌が聴きたいな」


あの頃なら可能だっただろう。


しかし、今は大歌手だ。



「ああ〜」


ゆうは再びベッドに倒れこむと、天井に手を伸ばし、


「遠いなあ」


と呟いた。


少し落ち込んでしまい、ベッドでひっくり返ると、シーツに顔を埋めた。


しばらくして、がばっと起き上がり、


「天城志乃の再生だ!」


ゆうはもう一度タンスを開けると、ノートを取出し、歌詞を読んだ。



「意味がわからん」


ゆうはノートを閉じた。


歌詞は単純だ。


何か失った人物が、その穴を埋める為に、なくした同じものを詰めるではなく…まったく違うものに気付き、穴を埋めるではなく、満たされていく。


そんな歌詞だ。


「だけど…最初に失ったもの。それを、取り戻したいとも思ってる」


歌詞には出てこないが、全体を読んだ時、そう感じた。


「今いる俺が……過去に戻りたいような」


ゆうは、歌詞だけでなく、志乃の歌を聴こうと思った。


でないとわからないから。




「なあ〜絵里香。天城志乃のCD持っていないか?」


思い立ったら、吉日のゆうはすぐさま、絵里香に電話したけど、


「ない!」


とあっさりと言われ、電話を切られた。


どうやら忙しいようだ。何があったのか、知らないけど、


結構世話焼きの絵里香が、すぐに電話を切るとは、初めてのことだった。


ゆうは、ノートをベッドの上に投げると、そのまま自分も横に倒れ込んだ。仰向けになり、白い天井を見つめながら、考え込んだ。


(美咲の苦悩の原因は、音楽?)


信じられないけど、そうなのだろう。


志乃の歌詞から、簡単に考えて、問題は…。



(最初に失ったものだ)


ゆうは胸の奥の美咲の痛みを探りながら、考えた。


(多分…それは、クラスの友達)


そして、失ったものと違い、新たな別のもので満たされていく。


(それは…)


ゆうの頭に、和恵の言葉がよみがえる。


あたしのせい。



(和恵か?)


そこまで推理したが、違うかもしれない。


和恵が始まりでいじめられ、別のもので満たされたかもしれない。


いろいろ考えたが、音楽が最初の原因とは考えられなかった。


なぜなら、美咲は明らかに、途中…志乃の再生という曲に救いを感じている。


つまり、和恵が関わっているのは後者だ。


最初にいじめがあり、音楽に救いを求め…さらに、裏切られた。


「何があったんだ?」


ゆうはもう一度、ノートを開き、消された部分を見つめた。


この部分にこそ、ヒントがある。


「やはり…明日CDを買おう」


ゆうはそう決めた。


そう思うと、なぜか睡魔が襲ってきて、ゆうはそのまま寝てしまった。


そして、寝息を立てていたのに、美咲は…突然起き上がり、ノートを掴むと、虚ろな目で、かき消されたページをしばらく見つめていた。




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