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戦いへ

「お兄ちゃん!」


絵里香は、渡り廊下に来た。


もう夜の帳は落ち、部活も終わり、眠りについた学校の中、絵里香は1人、キョロキョロと周りを見回した。


ここ何日か…ゆうが、渡り廊下に現れない。


今までは、ゆうがいるから、こわく感じなかった夜の学校も、今は物凄く薄気味悪くって不気味だった。


でも、そんなことより、ゆうのことが、心配だ。


気味悪さも何とか、我慢できた。


「まあ…死んでるから、怪我とかは、大丈夫だろうけど」


渡り廊下の手摺りに、もたれた絵里香は、ため息をつくと、顔を、空に向けた。


もう三日月は、円にもどっる途中だ。


絵里香は、月を見つめていると、その妖しい光に、心が、少しづつ奪われていくような気がした。


「まさか…成仏したとか!」


自分で口にしてから、しばらくして、絵里香は笑った。


「ま、まさかね…」


自分で否定して、手摺りに頬杖をついた。


「もう半分…ここの地縛霊になってるのに…」


念の為、優一の妻の幸子に、電話したけど、優一の意識は、戻っていないようだ。


いつまでも、ここにいても、仕方がない。


手摺りから離れた時、絵里香の携帯が鳴った。


「はい」


慌てて電話に出ると、学校の職員室からだった。


驚く絵里香に、受話器越しに、宿直の先生の声がした。


「前田先生。もうご自宅ですか?」


「いえ…まだ、学校にいますけど…どうしました?」


「今、加藤さんのご両親から、電話がありまして…加藤さんの意識が、戻られたそうです」


「そう何ですか!よかった…」


数日前。


絵里香が、担任をするクラスの女子生徒の1人…加藤美咲が、学校内で、飛び降り自殺をはかったのだ。


奇跡的に、命に別状なく、大した怪我もしていないようだ。


「明日。病院に、お見舞いに行ってきます」


絵里香は、電話を切ると、ほっと胸を撫で下ろした。


これも、大きな心配事の一つだったけど、何とか安心できた。


しかし、それが、新たな騒動の始まりになるとは…絵里香は、想像もしていなかった。




「病院を、明日にも退院するんですか?」


放課後、美咲が入院している病院に、向かった絵里香は、病室の前で、偶然出てきた美咲の母親と会い、退院することを告げられた。


「大丈夫なのですか?」


絵里香の言葉に、母親は肩を落としながらも、言葉を続けた。


「まだ検査は、終わっていないんですけど…本人が、学校に行かなくちゃならないと…ずっと、言い続けていますもので…」


「ですが…少しお話を伺っていますけど、まだ退院できる状態では…」


記憶喪失という、直接的な単語を敢えて、絵里香は外した。


「そうなんですけど…。所々、覚えていることが、あるんです。今日も、前田先生が来られると伝えましたら…先生と話がしたいと。2人っきりで」


戸惑いながらも、絵里香は病室のノブに手をかけた。


少し気になった。


「まったく…家族は、誰も覚えていないんですよ!なのに!」


母親の目に、涙が溢れてきた。


「医者が言うには…学校のことを、覚えているというなら、記憶を取り戻す為にも、学校へ…」


「わかりました。失礼します」


絵里香は軽く首を捻ると、母親の話が終わる前に、ドアを開けた。


そして、1人で中に入った。


病室は、個室としても結構広く、八畳以上はあった。


「絵里香!」


今までの緊張の糸を切るような…弾んだ声が、絵里香を迎えた。


「やっと、来たか…本当、待っていたぞ」


読んでいた本を閉じ、ベットで半身を起こしていた美咲の口調と雰囲気の違いに、絵里香は動揺し、言葉を失った。


(これが…記憶喪失というやつなの?)


「それに、女って…いろいろ邪魔くさいなあ」


美咲は、胸元に手を入れると、パジャマの中から、ブラジャーを取り出した。


「これって…どうやってつけるんだ?」


絵里香は唖然とし、美咲をまじまじと見つめた。


「もしかして…俺が誰か、わかってないんじゃ…」


「誰って…加藤さんでしょ?」


その言葉に、美咲は声なく笑い、ベットから飛び降りるとつかつかと、絵里香に近づき、耳元で囁いた。


「牧村優一だよ。なんか…この体に、憑いちゃった」


軽く舌を出す美咲から、顔を離した絵里香は、美咲の顔を、まじまじと見て、




「えーーーっ!!!」


病院中に、響き渡るような大声を上げた。


「しっ!病院だぞ」


ゆうは、絵里香の口を塞いだ。


手で口を塞がれながらも、何か話していた絵里香は強引に、ゆうの手を剥がすと、もう一度顔を近づけて、確認した。


しかし、美咲にしか思えない。


「そんな…ジロジロ見るなよ」


照れたようにゆうは、一歩下がった。


「本当に…お兄ちゃんなの?」


訝しげに、ゆうの全身を観察して、絵里香は考え込んだ。


(牧村優一って…名前が、出てくるのは…ありえない。大路の生徒なら…知っているけど…。うちの学校の生徒は、知らないはず)


悩み続ける絵里香の姿を見て、ゆうは呆れた。


そして、話し出した。


「前田絵里香。結構な歳の癖に、見た目は、20代後半にしか、見られていないことから、何か薬をやってるか…結構いろいろお金をかけてると、もっぱら噂に」


「な!?」


美咲の姿をしたゆうの言葉に、絶句する絵里香。


「若い男のエキスでも、吸ってるのかとも、言われているが…まったく、男っ気がなくて…」


絵里香の体が、わなわなと震える。


「心配だよ。もう結婚しないとな。結構な年なんだから…。更年期出産は、大変らしいし」


ゆうが話してる途中に、絵里香の鉄拳が飛ぶ。


「よ、余計なお世話だ!」


「ナイス!ストレート」


思わず、女の子の顔にパンチを入れてしまい、はっとした絵里香は、ゆうの反応を見て、


「お兄ちゃんなの!」


抱きついた。


「お前…。何で…俺と判断した?」


「だって…更年期出産という単語…加藤さんが、使うわけないし。それに…」


「それに?」


首を傾げるゆうを、絵里香は、さらに強く抱き締めた。


「生徒を殴った。それも、病人。お兄ちゃんじゃなくちゃ、困るわ」


ゆうは、顔をひきつらせて、笑った。


「だとしたら、お兄ちゃん!」


絵里香は、ゆうから身を離すと、


「加藤さんは、どうなったの?」


目を見つめ、訊いた。


ゆうは、絵里香から視線を外すと、ベットに戻っていく。


「お兄ちゃん…」


ゆうの様子が、おかしい。


いきなり暗くなったゆうは、ベットの横にある窓に、顔を映した。


「まったく…意識がない」


「え?」


窓に映る美咲の顔は、結構な美人だ。


(なのに…どうして…)


ゆうは唇を噛み締めた。


「死んだかは、わからない。だけど…生きている感覚がないんだ」


ゆうは、手の指を動かし、


「だから…こんなに、動かせるんだけど…」


もう一度美咲の顔を見た。


こんな綺麗な少女に、一体何があったのか。


「絵里香」


ゆうは振り返り、絵里香を見つめた。


「お前…教師だろ?何か心当たりは、ないのか?」


「別に…何も…」


首を捻った絵里香に、


「いじめとか…なかったか?」


ゆうはきいた。


絵里香は、激しく首を横に振った。



「そんなこと…きいたことないわ」


「そうか」


ゆうは考え込んだ。


目を瞑り、胸を抑え、深く考え込むと、激しく心の奥が痛んだ。


(これは…俺の痛みじゃない。痛みの記憶だ)


ゆうは、目を開け、


「彼女には、何かある」


確信した。




「もう、よろしいかしら?」


美咲の母親が、ドアを開け、中を伺った。


「あっ!長居しまして…すいません」


絵里香は、母親に愛想笑いを浮かべた。


「先生!明日から、学校に行きますので!よろしくお願いします」


ゆうは、ベットの上から、ペコリと頭を下げた。


「あ、あまり、無理はしないでね」


絵里香は口調を、教師風に変えた。


「はい!」


元気よく返事するゆう。


満面の笑顔を、母親と絵里香に向ける。


絵里香は母親に見えないようにして、軽くため息をついた。


母親は、心配そうに、ゆうを見つめ、絵里香の方に顔を向けた。


絵里香は慌てて、笑顔で頷いた。


「それでは…御母様。私はこれで」


絵里香は、母親に頭を下げた。


「加藤さん。明日、学校でお会いしましょう」


ドアを閉め、廊下に出た絵里香は、深いため息をついた。


「大変なことになった」


そう呟くと、急いで病室の前から離れた。





「大丈夫なの?美咲…」


病室で、2人だけになると、母親は、ゆうにすがりついてきた。


「大丈夫よ」


ゆうは微笑み、母親を抱き締めた。


最初は、どうなるかと、心配した言葉遣いも自然と、違和感なく話せた。


それは、ゆう自身も驚いていたが、母親や医者と話す時はまるで、別の誰かが、話してるように思えた。


(だけど…頭の中は、俺だ…)


その謎は解けないが、キレなければ、日常生活ぐらいは、過ごせるはずだ。


(学校に、通うくらいは…)


しかし、それが甘い考えであったことを、ゆうはすぐに、思い知らされることになる。



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