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Vampire Serenade 謀略のブリジット  作者: 湊 奏
第二章 始まりの二重奏
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第二楽章 楽師の力

「ただいま…」


ステラは自宅へ到着した。玄関を入り人気のないホールに声を発するが呼び掛けに応答はない…


「…―――――」


なんだか寂しい。


それでも、着替えるために自室へ向かう。

今夜、ステラ自身は発つつもりはない。だから、荷支度はするわけではない。


ただ、いつもの黒いコートを羽織り、アポロが待っているであろう、父親の元書斎に向かった。



今日ほど屋敷を広く感じた日はない…次から次へと考えが浮かび、消えていく…


どの行動が一番最善か、なんてわからない。もしかしたら、最善なんてないのかもしれない。


何か変革を起こすには、何かを切り捨てなければならないのだ。


数多通り過ぎて行った王や独裁者が世界を手中に収めるかわりに、他人を信頼する心を失うように。

手に入れるものが大きければ、それを失う恐怖は増し、ついにはそうとは気づかずに手に入れたものを壊してしまう。


全てを手に入れようとすること、それはすべてを失うことと同義だ。




あれこれ考えてるうちに、書斎についてしまった。

中で、アポロはどんな表情をしているだろう…どんな反応をするだろう…


悪い方にしか思考がいかないのは、人間の特徴とも言える。

そして、悪い予感は当たるものだ…


ステラは躊躇しながらも、扉を開いた…



「アポロ…」


ステラはそれ以外の言葉をかけられなかった。

アポロはソファに座り、一振りの刀を抱いて顔を伏せていた。


―――あるじよ…アポロをあまり悲しませてはなりませんよ…―――


落ち着いた女性のハスキーボイスが響く。


それは、アポロの抱いている刀から出ていた。


紅胡蝶べにこちょう…大丈夫だよ…」


アポロのか細い声が何とか聞き取れた。


喋る刀、紅胡蝶はいつからかフロストハート家に伝わっている魔剣の類いだ。製法も原理も不明だが、やはり日本ヤーパンからわたってきていることはわかっている。


鍔は金細工の蝶。今でこそ抜いてはいないが、刀身は鏡のようなのだ。


「アポロ、俺まだどこにも行かないよ」


嘘ではない。が、まるっきり真実でもなかった。

内心、揺れているのだ。アポロがこんな顔をするなら、止まる方向に思考が傾いてしまう…


アポロは顔を上げ、哀願の眼差しを向ける。瞳が潤み、涙があふれる予感をさせる。だが、ステラは気が付かない振りをした。


ただ、アポロの横に座り沈黙していた。





先に破ったのはアポロだった。


「あはは…ごめんね。仕え魔だっていうのに変な真似して…」


空元気だ。本当は言いたいことがいっぱいある…


「はい、紅胡蝶」


アポロは刀をステラの膝に乗せた。


―――ところで主、私はしばらく封印ではなかったのですか―――


膝のあたりから声が出されるのは、些か違和感がある。


「事情が変わったんだ。紅き蝶が真に舞うには、お前が必要だろう?」


ステラは小さくほくそ笑んだ。狂喜とも冷酷とも取れる表情…


顔はないが、きっと紅胡蝶も同じような表情をしているに違いない。


紅胡蝶を腰に差し、改めてアポロに向き直る。



「アポロ…俺は…」


「大丈夫。わかってるよ。ステラが望むようにするのがいいよ」


だから…と言いかけた唇を、ステラは人差し指で押しとどめた。


「アポロ、俺はもしかしたら、この街を出るかもしれない。でも、戻ってくるし。ていうか、アポロも付いてくればいいじゃん」


至極まっとうな意見だ。ステラもアポロの顔を見て思いついたのだ。何も自分だけ行くことはないのだ、と。


アポロは確かにステラが、この街に帰ってこないと勝手にとちっていた。


しかし後者は…


「それは無理だよ。私は家憑きの仕え魔だから…街からは出られない…」


俯いたまま、そう言った。もう涙してはいなかったが、とても寂しそうだった。


アポロは個人に忠誠を誓った使え魔ではない。一族に忠誠を誓った使え魔だ。


家を守る契約が彼女を縛る。


「そうか…」


ステラもこればかりは、どうにもできない。アポロの現在の主はステラだが、フロストハートの当主は今も父親なのだ。


契約を取り消せるのは父親だけといった、忌々しい現状にステラは苛立ちを覚えた。






(そういえば…アポロの契約内容…聞いてない。)


それは妙案に思えた。契約内容にもしかしたら、打開策があるかもしれない。

アポロがついてきてくれるなら、未練や躊躇いはあるもののステラは問題なく、街を出れる。




「アポロの契約内容、教えてくれないかな」


「――――――…」


突然の要求に、アポロは黙したまま、ステラから目をそらす。言いにくいのか、言いたくないのか、或いは言えないのか。


しかしステラはアポロから目を逸らさない。その眼光は刺すように鋭い。


―――主…そういうのは感心しません―――


紅胡蝶の厳しい一言で、ステラは初めて、自分の表情の硬さ、また威圧感に気づく。


そんなつもりがなかっただけに、驚きのあまり心拍数が上がり、焦る。


「ごめん、そんなつもりじゃ…」


そんなステラに、アポロはどうしようもなく笑ってしまう。それは呆れにも似た感情だ。


(まったく、仕方ないなぁ)


「私と直接契約を結んだ相手、つまり、あなたの曾祖父との契約内容ね。それは、私が主と認める相手に仕え尽くすこと。真に主が見つかるまで、この血筋を見守り続けること」


物語を語るような、幻想的な口調だった。契約を慈しみ、また曾祖父を慕っていたのがよく分かる。



この契約内容なら、アポロ本人の意識で何とかできるかも…


そんな事を考えていると、アポロな先手を取られた。


「ステラの考えは分かるよ。でもね、私はあなたの曾祖父以外は、主とは認めたことはないのよ。だから、私が尽くすに値する主をこの邸で待っているの…」


語るアポロの目には、哀しみと懐かしみ、そしてステラに向けられる僅かな憐れみがあった。


ステラは、アポロに認められていると信じて疑わなかった。


だからこそ、アポロの言葉に戸惑いを隠せず、狼狽する。



だが、ステラもいつまでも気にする性格は持ち合わせていない。アポロが自分の意識で残るのなら、ステラに何か言う理由はなかった。


「…わかった」


ステラは紅胡蝶を抱え、立ち上がる。


「アポロが決めたなら、俺は何も言わないし、言う権利もない。でも、アポロにとって俺が他人だったなんて思わなかったよ」


「え…?」


アポロに驚きと動揺が僅かにでた。


これはある種の賭けだった。傷ついたのは事実だし、少なからずショックを受けたが、別に他人だとまでは思っていない。


揺さぶるための、賭けの一手だ。


「じゃあ…」


ステラは部屋から出ようとする。

紅胡蝶が一瞬震えた。気が付いたようだ。邪魔はしないようだが、憤慨しているに違いない。


紅胡蝶もまた、アポロよりもこの家とともにあった者だ。アポロが他人行儀であったなどそんな事実はないと、確信を持っていた。


説教してやりたいのは山々だが、ステラの意図もそれとなくわかるので、黙して語らない。


「まっ――――…!!」


アポロが立ち上がり、ステラの腕を掴んだ。


相手を同じ賭けの舞台に上げた。ここまでは上出来だ。


無表情のまま、ゆっくりと振り返った。


その時…


ズンッ!!


「!?」


いきなり大気が波打つ。いや、空間が一瞬歪んだような感覚だった。


(なんだ…ったんだ…)


刹那で消えてしまった感覚。

アポロも驚いて、目を見開いていた。


ステラが街に蜘蛛の巣のように張り巡らせた、神経糸網には異常はない。


探知結界にも、何も引っかかっていなかった。一体何なのか…


嫌な、予感がする。そして、そういう予感ほど当たってしまうものだ。



ぐずぐずしてられない。今日、何かしら行動したのは、ブリジットとレティ。

先ずは二人に接触しなければ。


「アポロ。話は帰ってきた後で。今夜はちゃんと戻る」


先ほどの無表情とは打って変わって、人を安心させる笑顔を向けるステラ。


それにアポロも綻んだ笑顔で応える。


「待ってる」




ステラは書斎の窓を開け、闇夜へと身を投じた。



邸の敷地を抜け、手頃な家から屋根に登る。

道路をバカ正直に走るより、屋根を伝った方が速いのだ。


かなりのスピードを出しているのに、音一つ立てないで、飛び、走り抜ける。


影に音無しシャドウラーク


ステラは服装からして、影だった。


夜に影は存在しない。気配すら…ない。


―――主…―――


走っていると、紅胡蝶がいきなり話しかけてきた。


「ねぇ、主はやめようよ。主従っていうの好きじゃないんだ…」



―――は、はぁ… では、いったい私と貴方はどういった関係なのですか―――


「戦友、かな。ステラでいいよ」


表情の見えない相手に、不敵な笑みを向ける。

紅胡蝶には見えるので、気恥ずかしかったのか、しばし、沈黙してしまった。





―――わかりました、ステラ。ところで本題です―――


紅胡蝶は気を取り直して、改まった声を出す。


「なに?」


―――先ほどの異変。街の中部からの、何らかの力の波動でした―――


なるほど。波動なら刹那でもおかしくない。何らかの力とは判然としないが、紅胡蝶に判らないということは、魔力や霊力の類いではないということだ。


それに、街の中部なら心当たりがある…


先にブリジットに接触すべきか、街の中部に調べに行くべきか。

街の中部は逃げないが、ブリジットは逃げる…



「先に、ブリジットに会うか…」


ステラは闇の中で、更に速くなる。


街の入り口にブリジットはいた。神経糸網に引っかかっている。


レティも一緒のようだった。







「なぁ、レティシア。私をいつまで引き留めておく気だ」


出立の準備もおわり、はや一時間。ブリジットは街の入り口にいた。


レティシアと話しているのは、良いのだが、目的が見え見えで対処に困る。


「え? 良いじゃないですかぁ。もう少しくらい」


レティは笑顔で言うものの、気が気ではなかった。ステラのために足止めをしているのに、等の本人が来ず、さらにブリジットの機嫌まで損ねるのは、困る…


内容は違っても、二人とも内心は困っているのだ…



「しかしだな…―――」


ブリジットが言いかけた時だった。


「待たせて悪かった」


ステラが二人の目の前に立っていた。また、気配が感じられなかった。ブリジットは驚愕に目を見開く。


(いったい…何者なんだ。コイツは…)


さながら、地面から影が沸いて出たような、それくらい、唐突だった。



「ステラ、その登場は不気味だよ…」


レティの本心。


「わざわざ気取られてどうすんだよ。それよりブリジット、話があるんだけど」


ステラはレティにヒラヒラと手を振って、ブリジットに向き直った。


だが、ブリジットはステラが話す前に全てを打ち砕いてしまう。そもそも、こういうことは初めてではないのだ。


「私についてくる、とでも言うつもりか? 悪いが、聞けん願いだ」


ブリジットは壁に寄りかかり、大きくため息を吐く。


態度が諦めろ、と言っている。



連れて行けば、帰れなくなる可能性もあるのだ。その覚悟がステラにあるようには見えない。


だが、ステラの要件はそれだけではないのだ。


「まだ、何かあるのか?」


ブリジットが髪を靡かせ、ステラを鋭く睨む。


ステラは瞬間、言うことが頭から消えていた。夜風に靡くブロンドだ、何とも美しい…

それに、ブリジットの眼光には、僅かながら憐憫、或いは哀愁が含まれており、造形美にスパイスを加える。



何秒たっただろうか… 紅胡蝶が少し震えたおかげで、ステラは放心から我に帰った。


レティはそんなステラをみて、呆れるのだった。


「あの…」


そう言いかけた瞬間、


巨大な爆発音と何かが噴き出る、濁流のような音が聴覚を埋め尽くす。

耳を塞いでもなお、頭の中に響きわたるのを止められない。


辺りが、いや、街全体が昼間のように明るくなる。


街の中心部からから立ち昇、光の柱によって…――――――


ステラ達は唖然とした。

そして、ステラとブリジットだけが、なんたるかを知っていた。


さっき感じた波動と同じ力…いったい…



「いったい何してくれた!!」


「え…――――」


ステラの突然の怒声に二人は返せない。


ステラは飛び上がった。

あたかも爆発させるかのように、その身に宿る魔力を解き放った。


夜空よりも黒い閃光が空を駆ける。


携帯のコールに気が付き、出た。

アポロだ。


『ステラ!!』


「分かってる、今向かってるんだ!! アポロも来てくれ!!」


相手の返事を聞かず、終話した。それだけ焦っているのだ。


今更ながら思い出した、祖父の話。


この街は地球のツボだ…


そう言うことかよ。あれが地球自身の意志の力か…



封はされているが、地球の意志で簡単に外れる。そのときは街にさして被害はでない。だが、無理やり封が解かれたら…


押し込められていた力が爆発し、街全体を飲み込む…



実際、光の柱は徐々に膨張し始めていた。




「ステラ!!」


光の柱の前に、すでにアポロがいた。

その表情は緊張している。


「どうするのよ、これ… こんなこと、今までなったことないのに…」


「こうなった以上、封印はできない。抑制するしか手はない」


「そうはさせん」


後ろにはブリジットがいた。意匠が鍛えたのが一目でわかる、業物の細剣の切先をこちらに向けて。


ゆっくりと、ステラとアポロが振り返る。全くの無表情、無感情の眼差し。


奥が深く、飲み込まれそうだ…



「封印はできない。穴を小さくして固定するだけだ。ゆっくりとガス抜きするようなもの。刃を交える必要があるか?」


ステラの言葉に、ブリジットは返答できなかった。

確かに封印しないならば、戦う必要はない。だが…


「その口振り。私の目的が分かっているようだな…っ!」


知られているなら、始末する必要がある。フォルネウスを瞬殺する実力の持ち主を放っておく手はない…


残像さえ残す高速の剣技。剣の軌道は確実に喉元を捉えている。数メートルの距離を一瞬で詰める突進。



(避けられまい…!!)


魔力を通わせた斬撃。

時間と空間を歪め、横薙の一閃と空を穿つ突きが同時存在する。



だが、止められた…


剣で防御するでもなく、ただ素手で…指でピタリと止められた…


ステラとブリジットの力の均衡が完璧にとれたときになせる技だ。


僅かでも誤れば、指が飛ぶ…



ブリジットは動きを封じられてしまった。下手に剣を動かせば、それはステラに攻撃の隙を与えることになる…


そして、この時点でブリジットの敗北は決定していた。


「アポロ」


「はい」


アポロが何事かを呟いた。魔力を繰り、高まる。


―封殺結界―


大小無数の魔法陣がブリジットを囲う。逃げ場、抜け道は存在しない…


僅かでも、魔力 霊力の高まりを感知すればたちまち魔法陣からの攻撃が降りかかる。


普段ならこんな結界にはかからない。ブリジットの行動が浅はかだった結果だった。


ステラは、ピンッとブリジットの剣を弾いた。


「そこで大人しくしてて。こっちにゃ戦う意志はないから」


「な…」


ブリジットは心底驚いた。全く理解ができない。ブリジットの所業は、間接的ではあるが人類の激減に繋がる。目的を把握しているのに、戦う意志がないとは…


いや、もしかしたら把握してないのかもしれない…


ブリジットの縦に裂けた瞳孔が脈打つ。

ステラを見据え、目を逸らさない…


ステラも逸らそうとはせず、無表情で見つめ返す。

睨み合いとも取れるが、違う…


ブリジットからは感情を感じられるのに、ステラからは全くない…

感情を隠し、無感情を装っているレベルではなかった。


本当に感情がないのではと思ってしまうほど…


端から見てるアポロでさえ、不気味さと恐怖を感じるほどだ。




しばらくの沈黙の後、ブリジットの蒼眼が異様な輝きを放った。


封殺結界の内部なので、魔力は使えないはず…いったいなんなのか…


「私を、ここから、出せ」


あからさまな命令だった。一言一言を力強く、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


立場からして、命令などできないはずなのに、ブリジットは確固たる確信の下で言った。




しかし、その確信は見事に打ち破られる。



「出せと言われて、出す奴がいるか?」


嘲笑で答えるステラ。


だが、ブリジットは驚きを隠せなかった。今まで、多少ステラに恐怖したが、表情にまで出ることは無かったのに…



こいつ…本当にヒトなのか…? 



ブリジットの表情を見てか、ステラが冷たい笑みを浮かべる。


「あぁ、魅惑の魔眼をつかったみたいだけど、俺には効かないよ」


「なっ…」


≪魅惑の魔眼≫


それは、ヴァンパイアに備わる能力の一つ。

相手と目を合わせ、命令することで一時的に操ることができる魔眼。


ブリジットの反応が面白く、ついつい喋ってしまう。


「俺の紅い眼はね、総称は炯眼とよばれてるんだ。個人的には『真実の眼(ヴァデアート・クライ)』って言うのが気に入ってるけど」



饒舌なステラは機嫌まで上々になっていた。

絶対的優位は、人を良くも悪くも狂わせる。


ブリジットが、理解できていない様子がまた愉快だった。思わず笑いが洩れる。


それを諫めるのは紅胡蝶の役目…


―――ステラ、お喋りはそれくらいにして、早々に抑制しなくては。これ以上広がると、面倒ですよ―――


「そうだよ。もう噴水広場ギリギリまできてる。本当に急いだ方が良い」


アポロも少し焦っているようだった。


ステラも馬鹿ではないので、素直に従った。


「じゃあ、始めますか!」


なんとなしに言ったステラの手元が光る。徐々に光は形を成していき、弾けた。


ヴァイオリンがステラの手に握られていた。


―チャイコフスキー 弦楽セレナード 第一楽章―


奏でる音楽は突然に始まった。

徐々に盛り上がるのではなく、いきなり響き渡る。



ステラ一人…いや、アポロも演奏に参加していた。チェロだ。

にしても、たった二人の演奏なのにその他の楽器の音まで聞こえてくる…


響き渡るシンフォニアは、たった二人の交響楽団員によって紡がれる。



どこか哀愁を漂わせソナタは、それでいて力強く、弾けるように。


運命に出会った人生の旅人は、その灰色だった視界が、まるで24色パレットのようにカラフルになっていく


その運命を携えて、旅どこへ行くのか


終わりに近づくにつれ、曲は落ち着いて緩やかになる。

それに呼応するかのように、世界の意志の力も縮小していった。


そして、空から降り注ぐ光の粒は空を舞い踊る。


水滴が集まって川となるように、流麗な音楽とともに光は集まり、大きなうねりとる。


光の清流は大地から天へと流れるように立ち上り、光の柱を旋回し、取り囲むように螺旋を描いていく。


そして大河は幾重にも裂け、光の筋となりゆっくりと光の柱を締め付けていく…――――


そしてシンフォニーのクライマックスとともに二重螺旋を描き、白く輝くオプジェクトが光の柱を抑え込む結界となる…――――





最終的には噴水大になり、固定された。立ち上る光はなくならないが、街が呑まれるよりマシだろう。


人間とは凄いもので、珍しいものでも一週間すれば慣れてしまう。結界のオブジェクトと相まっていつか、観光の名所になるかもしれない。


「ふぅ…終わった」


ステラは紅潮していた。

たった10分足らずの演奏でも魔力をかなり使い、浮いているのが辛くなるほどだ。津から尽きて落下する前に、ゆっくりと地面に降り立った。



アポロも、結界ごとブリジットを引っ張って降りる。


「酷い有り様ね…」


アポロはあからさまに嫌な顔をした。

確かに酷い有り様だ。広場がほぼ全壊しており、公園の原型をとどめていない。


はぁ…と二人してため息。

ブリジットは、なんとも言えない疎外感に襲われる。



そんな時だった。


「ステラぁ!」


何だか聞き覚えのある声が遠くから聞こえる。

誰かが走ってきていた。



誰かはレティだった。すっかり忘れていた。


「ハァ…ハァ…抑え込んだんだ…」


随分息を切らしている。


「飛んで来れば良かったじゃん」


「それじゃ、広場の…片付けの手伝いが…できなくなるかも…しれないから…」


「取り敢えず、息を調えた方が良いね」


アポロまで冷静に突っ込む。



しかし、嫌な事を思い出させてくれる…


ステラは何故かレティを恨んだ。

壊れた広場は修繕しなければならない。これが一番厄介というか、面倒ではあるのだ。



ステラはしばらく、惨状ををみた後…


「ほっといて良くない?」


などと言い出す始末…


アポロもレティも苦笑いが出る。

二人も言葉にはできないが、ステラと同じ思考だった。



「所で、ブリジットさん何で閉じ込められてるの?」


レティはブリジットの前に行って、勇敢にも聞いた。

普通なら状況から理解できるし、理由を聞ける雰囲気でもない…


「…――――――」


答えられない…

ステラには、ブリジットの目的を知った上で戦う意志はないし、本当に抑制しただけなのだから、ブリジットにも戦う理由がない。もはやなんとし説明したものか…




「ねぇステラ、ブリジットさんどうしたの?」


本人がダメなら当事者に…


ステラはそんなレティを無視して、ブリジットに話しかける。


「もう、良いよね?」


「あぁ…」


返事だけする。


「今夜も泊まるなら出してあげる」


全く関係のない交換条件だ。拘束力もなければ義務もない。

ただ、ステラは妙に楽しげだった。



ブリジットは仕方なしに頷く。



ステラは結界に手を触れた。


―解放―


全ての魔法陣は消え、ブリジットは自由になった。

ニコニコと上機嫌なステラを見て、ブリジットは呆れた。


「本当に…何がしたいんだ?」


ため息混じりに言った。


「それは今夜話そう。それより修繕手伝って」


有無を言わせぬ強制。

まぁ、原因がブリジットだから仕方ないわけで… 義務が発生する。







結局修繕が終わったのは、真夜中過ぎだった。


しかし、まぁ…


よく一般人が押し寄せてこなかった。

奇跡といえよう。

偶然にもほどがある、なんてステラは思っていたらしいが…


街全体にブリジットの催眠結界が効いていたのを本人から聞くのは、片付けが済んだあとだった。



片付けと言えば、貢献したのは主にブリジット。

ほとんど一人でやったと言ってもいい。


起伏した地形を直し、グチャグチャになった広場のレンガを一カ所に置いたのはステラであるが…


ステラの渡した広場の図面通りに、完璧に再現したのはブリジットだ。


一寸の狂いもなく、設計図通りに完璧に、だ。まさに作り立て新品ほやほやの広場が完成したのである。


ブリジットは、


「こんなものか…」


と、得意げでもなく。

さすがはヴァンパイア…いや、ブリジット個人の技能の高さなのか…


判断基準がないので評価しずらい…


ステラや、全く貢献しなかったアポロとレティが唖然としているのを見て、ブリジットが不敵な笑みを浮かべたような気がした。


鼻で笑ったかもしれないが、ステラは広場に目を奪われ、気付くことはなかったのである。









レティは自宅に帰り、ステラとブリジットは邸のある一室にいた。


かつて、両親の寝室だった部屋だ。当然のことながら、ダブルベッドがある。



ステラは、この状況に対応しきれないでいた。


何ともロマンチックな天蓋つきのベッドにブリジットは腰かけ、ステラは化粧台の椅子に座っていた。


光を反射しやすい構造になっているのか、星灯りを増幅し、部屋全体が青白く浮かび上がって、なおロマンチック度をあげていた。



密室に超絶美女と二人きりな状況にガチガチに緊張しているステラを横目にブリジットは、楽しそうにかつ意地悪な笑みを浮かべていた。



本当に面白いなぁ…



この状況に持っていったのは、意外にもアポロだった。


「お話あるんでしょう。どうせなら、一緒に寝ちゃえば? 眠くなってから移動するのも面倒でしょう」


アポロに全く他意はなかっただろう。

思ったままに言ったはずだ。


ステラも考え無しに賛成してしまい、今に至る…


この、理性が吹っ飛びそうなロマンチックな空間に入って初めて、自分の犯した間違いに気づいたのだが…


ブリジットに鍵をかけられ、逃げることは出来なくなったわけだ。



せめてリラックスしたいと思うのだが、ベッドはブリジットが占領中。隣に横になることなどできようはずもない。



「…ふぅ」

ブリジットのわざとらしい甘い吐息に、ゾクッとしてしまうステラ。

更にしなまで作って、その豊満な胸を強調する。



そして、ベッドから立ち上がり反応しないステラの腕に自らの腕を絡める。


豊かすぎる胸が当たっているのは言うまでもない。


「話があるんだろう? 何を緊張している。黙っていたら寝てしまうぞ」


ここで、ステラが普通の、正常かつ健全な男だったら、理性は崩れ去り…


しかし、そんなことにはならなかった。


ブリジットの言葉で、緊張もなくなり普段通りに戻ってしまった。


「あぁ、そうだ…」


完全に落ち着きを取り戻している。

明確な目的があると冷静になってしまうらしい。


ステラは密着している状態を気にもせずブリジットを見た。ステラが面白くなくなったので、些か不機嫌そうだったが、何事もなかったかのようにベッドの端に腰かけなおした。



「貴女の目的は、全生命体の揺り籠である地球の救済だろう? 世界の意志の力を解放する理由はそれくらいしか無いからな」


ちゃんと理解はしているらしい。


「あぁ、そうだ。その目的が達成されれば間接的とはいえ、人類は激減する。それを分かって、私を討たないと?」


「うん、人類がとか、そんなのどうでもいいし。俺は、それでも一緒に行きたいと思ってるよ」


ブリジットは驚愕した。冗談かとさえ思った。

しかしステラは真剣だし、それは表情をみればわかる。信じられない。


「お前… 自分が何言ってるか解っているのか? その選択は人類を敵に回すことと同義なんだぞ」


夜中なので叫びはしないが、大声で怒鳴りつけたいところだ。



しかし、ステラは真顔で頷く。


「わかってる。でもさ、地球が死ぬよりマシでしょうが。それに、貴女はなるべく穏便に気を使ってるじゃない。違うかい?」


あぁ、なるほど。とブリジットは思った。ステラはステラなりに考えての言葉なのだ。




ブリジットはヴァンパイアだ。ヴァンパイアがこの世に一人の訳がない。


他のヴァンパイアは今やブリジットの敵と化していた。

フォルネウスはその刺客の一人だったのである。

ヴァンパイア全体の意志は、地球の混沌回帰。

つまり、自分たち意外の数多の生命を無に返すつもりなのだ。


地球を生まれたての状態に戻し、人類によって痛めつけられた傷を癒そうというものだった。

このままでは、地球は死にそれこそ数多の生命が滅びる。


ならば、地球だけでも助け、進化を一からやり直そう、と。だが、そこには絶対的上位生物としてヴァンパイアが君臨し、進化の行く末をコントロールしようという意図が見て取れる。



しかし、それに反対し、結果血族を全て敵に回したのがブリジットだった。


回帰させるにはさせるのだが、あらゆる文明を破壊し、自然界だけを原始時代に回帰させようと。


だが、これには欠点があった。

人類だ。


何百年かかろうと、文明を再構築し、同じ過ちを繰り返す可能性が高かった。



そういうわけで、ブリジットは孤立し、結局独りで実現させようと、意地になって旅をしているのだ。


ステラは、この背景を今までの情報から、だいたい把握していたのだ。


もの凄い洞察力、または観察力。


「何度か思ったがお前、本当に人間か?」


こんな事を聞きたくなる程、異常だった。


「あー…うん。多分。それより、正確な背景を教えてくれない?」


ブリジットは、先ほどの背景を簡潔に説明した。


ステラはほとんど確認するように聞いていた。聞き終えて、少し考えて、不気味にも良い笑顔をブリジットに向けた。


「あぁ、うん。やっぱりだ。貴女はいい人だ。だから俺は一緒に行きたいんだよ」


そういう基準でいいのだろうか…


「あのなぁ…」


ブリジットは何かを言いかけたが、ステラによって遮られた。


「断るのはあなたの自由だ。でも、説得はされないよ。思いとどまるなんてもうしない」


深い、それでいて力強い目だ。揺るがないものを見つけたのだろう。


それに、協力者が出来るのは嬉しい。

何より、ステラはなかなか好みだ。


「…ああ、もう… 勝手にすればいい」


落胆ぎみに言ったのは、フェイクである。それより、ブリジットには質問があった。



「真実の眼とは、一体なんなんだ?」


「え? あぁ、なんて言うか…魔眼の一種なのかな? それも特殊で、他に影響を与えるものじゃないんだよね…」


「効力的は?」


それが一番しりたい。経緯などどうでもいい。


「事象の真偽を見極める。それと、あらゆるまやかしは、受け付けない」


実際は、これだけでは言葉が足りない。だが、だいたいこんなものだろう。



多くを語るは詮無き事。

状況に出くわせば、嫌でもわかることになる。



ブリジットは、それについて、もう何も聞かなかった。

ステラが、憂愁に浸りはじめたからだ。


これ以上は、踏み込むべき事ではない…








それから二人はベッドに入り、他愛もない事を話した。ステラは自室へ戻ろうとしてのだが、ブリジットが「これからともに暮らすのだから、二人寝には慣れておけ」と言ったのでそのままベッドに入ったのだ。


東の空が少し白んできた時に、ブリジットは眠りに入るのだった。



ステラは、まだ寝ていなかった。

頭の中を整理して物事を吟味している最中で、眠れるはずもない…



そう、腑に落ちない点があった。


一つは、ヴァンパイアの血族の行動。


全てを混沌回帰させたら、彼らも生き物である以上、生きてはいけないはず…


きっと何か裏がある。ブリジットが知っているかは、定かではないが、少なくとも嘘はついていない様に見えた。


そしてもう一つは…


いや…これを考えるのは止めておこう…



ステラは、思考を打ち切った。

窓の外が明るい…

大きな欠伸一つして、ステラも眠りに落ちていった。



全く…一晩を共にして、何も起こさないとは…純粋なのか鈍感なのか…馬鹿なのか…




しかし、意外なことにいつの間にか、二人は手を繋いで寝ていた。

指を絡ませるように繋いで…


無意識なのは言うまでもないが…






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