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Vampire Serenade 謀略のブリジット  作者: 湊 奏
第一章 孤高なるヴァンパイア
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第一楽章 再会か 出会いか



「なぁ、アポロ…」


「なに?」


ここは、ある邸宅。左右対称のロココ調建築を模倣した豪邸だ。


間取りは12LLDDKKS。2世帯住宅も余裕で可能だ。


だが、なかの住人にすれば、小ぢんまりしている…という解釈になる。


そこに、ダークブラウンの少年はいた。

白檀で作られ、意匠のレリーフが彫り込まれた、なかなか豪華なベッドにくつろぎ、文庫本を読んでいた。


タイトルはカバーがされているので、わからない。


そんな状態で、少年は不意に言葉を発したのだ。


返事は返ってくる。だが、返事をする人は見当たらない…


アポロとは一体誰なのか…


「この街に、ヒトじゃないモノが複数侵入したみたいだ」


喋っているのに、本を読む手は一向に止まらない。


その時、白猫が少年の手から本を取り上げ、開け放された窓枠に無音で着地した。そして、口から本を離す。


「話す気があるなら、本なんて読んでないの!」


猫が喋った…しかも、ヒラヒラとした少女の声で。


少年はベッドから降り、窓枠の本を取り戻した。

もちろん、アポロは引っ掻こうとしたがあえなく回避された。


「ステラっ!!」


ベッドに戻る背中に向けて叫ぶ。


「続きが気になるんだ。あと1ページでキリが良いから」


ステラはベッドに腰掛け、結局読む。まぁ、ものの数分ではあったのだが。



「どうするのよ?」


ステラが本を枕元に置いたところで、アポロは彼の横に飛び乗った。



「さぁて、どうしようかな…」


その端正な顔が少しだけ歪む。一見ふざけているようで、しかし、ステラはクローゼットを開けて、黒のロングコートを取り出していた。



「さっさと片付けなさいよ」


アポロがつまらなさそうに言った。今回も出番はなしか…


「そうは言っても…今日は面白い事が有る気がするんだよね」


ステラの表情が、不気味に歪む。紅い眼だけが闇の中に浮かびあがり、その微笑みが邪悪さを帯る。


アポロは思った。この世でコイツが一番油断できない、と。


「まぁ、行ってくるよ。『得体ノ知レヌモノ』は排除しなきゃ」



それだけ言うと、恰も闇夜に同化するようにステラは溶けて消える…



アポロはしばらく、ステラの消えた空間を見つめていた。

吹き込む風でカーテンがはためき、アポロを一瞬かくした。次の瞬間には、白猫はそこには居なかった。


変わりに、シルバーブロンドの少女が、真っ裸で佇んでいたのである。


「服、取ってこないと…」


間違いなくアポロの声だ。

服を取ってくるのは良いが、屋敷を裸体で徘徊するのは如何なものか…


痴女か!と突っ込みが入りかねないが、幸いここはプライベート空間であり、この屋敷にはステラとアポロの二人しかいないのだから問題はない。


ステラには「自分の部屋で着替えろ」と常々言われているのだが、やはり猫である…


自分勝手なのである。


アポロもステラの部屋を出ていった。いくら誰もいないとはいえ、あまりにも無防備なのであった。










(くそ…街中に入ってしまった…)


眠っている街に、激しい靴音が響き渡っていた…


疾走する金髪の美女――――…


夜も更けていて、人が少ないのが不幸中の幸いだ。


先程、街中の入り口あたりで妙な感覚に襲われたが、気にしている場合ではない。


兎にも角にも、今は全力で逃げる。


後ろを振り返ると、追っ手の数が増えていた。狼の姿だか、異形の姿は野生生物ではないことを示している。


魔物を呼び出したらしい…


(街中でもお構いなしか…っ! 連中も必死だな――――…っ!)



あの程度の奴ならば、簡単に片付けられるが、今は戦闘するわけには行かない。


建物を損壊したら一大事だし、これから接触する相手と、或いは戦闘になるかも知れないからだ。


無駄な魔力を使うわけにはいかない。



(路地裏で捲くか…)



美女は瞬時に左折して、路地裏にはいる。暗い…だからこそ捲ける。

空は雲が覆っていて、月が見えない。



殆ど無目的に疾駆する美女。右左右右、また左…


だが、追っ手も執拗だ。なかなか引き離す事が出来ないでいた。


(いい加減うざったいな…)


魔力がザワッといきり立つが、思いとどまる。



また、左折。


これが…始まりだった。



「な――――…っ」


「行き止まり…だと…―――」




「残念だったな、ブリジット…」


追っ手は既に追いついていた。魔力が使えないブリジットに対して、あちらは使える。


それでも、捕らえることは出来なかったが…


「月の加護はお前には無かったようだな」


追っ手はせせら笑った。


冷酷な光が、瞳に宿っており、残忍な笑みを浮かべる。



(もう、手段は選んでられない…)



「それはどうだかな。しかしなぁ… 私がお前如きに捕まるとでも? 自惚れるなよ、フォルネウス」


ブリジットの蒼眼が輝く。縦に裂けた瞳孔が際立ち、瞳の中に月を持っているかのようだ…――――――――



魔力が、解放される。


フォルネウスなど到底及ばないほどの、強大な魔力。


溢れ出る瀑布は、否応なしに圧倒的な力の差を知らしめ、恐怖を呼び起こす。

フォルネウス含む追っては、無自覚の儘、一歩後ずさりをしていた。



(魔物どもを使って隙くらい作れる。拘束はやめだ。殺すしかない…)



恐怖を振り払い、フォルネウスは右手に魔力を集中させる。瞬転必殺の一撃を叩き込む…



「なぁにやってるのかなぁ?」


突然にフォルネウスの背後から声がする。


気配が無かった…今の今まで気がつかなかった。


振り返ったそこには、端正な顔立ちの少年が立っていた。

灯りが乏しく、はっきりと確認はできないが、なんと言うか…中性的だ。


疑問系で言っているにも関わらず、少年ステラは答えを聞く気は無かった。

殺意に満ちた微笑みと、冷たい眼光が物語っていた。


「今すぐ、この街出てってくれないかな? 勝手なことされると困るんだよねぇ」


「コイツを殺せば、この街に用はない」


フォルネウスは、解っていなかった。ステラは頼んでいるのではないと…


ステラが素速く動いた。突然の事で対処ができないどころか、黒い影が線となり、幾重にも軌跡を描く。



とてもヒトの動きではない。恰も獣のような… いや、獣すら超越していた。


視覚で捉えることは不可能だった。



数瞬ののち、フォルネウスの周りにいた魔物は、みな斬殺されていた。


漆黒の闇に、白銀の刃が輝く。ステラの手にあるそれは、鮮血に濡れていた。


たが、当人は返り血一滴浴びていない。


慈しむように、刀から滴る血をすする。


唇は紅を塗ったかのように赤く染まる。紅い瞳と相まって、それが何とも妖艶ににして蠱惑的。少年の白い肌とのコントラストはある種の恐怖を焼き付ける。




「聞こえなかったかなぁ? 今すぐ、出ていけって言ったんだけど…」


柔和な口調で、尚且つ相手を威圧する。


どうするべきか迷っていたブリジットは、傍観を決め込んだ。


この人間がどこまでやるのか、些か興味がわいたのだ。


フォルネウスはまだ、解っていない。


「それは出来ない相談だな。邪魔をするならお前も殺す」


「あぁ、そう」


ステラが動く。


「じゃあ…シ・ネ」


フォルネウスは初めて戦慄がはしる感覚を味わうこととなった。たった一足で距離がゼロにされる。


迫りくる刃を躱す事が出来ないのは、すぐに理解できた、今からどう動いても確実に捉えられてしまう。


(ならば…攻撃あるのみ!)


フォルネウスが右手の魔力を解放する。魔力を帯びた風の刃がゼロ距離のステラに全弾直撃する…―――― 筈だった。


「ぬるいよ…」


魔力の刃はステラの身体を、まるで幻影かのように通り抜ける。


既に、フォルネウスの懐だ。


斬り上げ、抜けた。


狂気の紅眼がブリジットと合う。闇夜に浮かぶ紅い月だ…


フォルネウスから鮮血が飛び散った。弾けるように、勢いよく…


さながら、紅い蝶が舞うかの如く。


内臓器官、大動脈系を完成に破壊した。何者だろうと声を上げる間もなく絶命する。



空はいつの間にか晴れていた。この路地にも青白い光が届く…


突然の静寂…――――――――


耳が痛いほどだ。街全体が静まり返ったようだ。


車のエンジン音すら届かない…



青白い月光照らされ、死体と血の海の中に佇む殺人鬼…


絵にしたらそんな感じだろう…



そんな闖入者の姿に、ブリジットも思わず身構えてしまう。



プッ…


(は?)


ステラの行動がいまいち分からない。いきなり何かを吐いたのだ。


「おぇ…不味っ」


ゴシゴシと口の回りも袖で拭く。血の事らしい…


人間の消化器官は血液に対して拒否反応を起こすようになっている。それがたとえ少量で、口に含んだだけだとしても、鉄の匂いやタンパク質の粘りは、不快感を催すには十分だ。



拭き終わったステラとブリジットの眼が合う。


「あぁ、あんたも早く出てってくれ。あんたもヒトじゃないんだろう?」


ブリジットは答えない。記憶が刺激を受けまくりだった。


「あぁぁああああ!!」


ついには叫ぶ始末。


「はぁ?」


思いっきり指差してくるブリジットへの、ステラの対応。


「お前…海での不可思議無愛想少年!!」


間違いない、あの少年だ。


しかし、当の本人はポカンとしている。何とも可愛らしいが、そうではない。


「覚えてないのか? 一昨日、海で会っただろう?」


「う~ん… 海には行ったけど… ボーっとしてたし… 覚えてない」


はっきり言うが、あまりにも失礼な話だ。ブリジットにとっては偶然の再会で、ステラにとっては初見なのだ。



ブリジットもこれには怒った。


ずいっとステラに近づく。あれほどの動きを見せたステラが反応できない。見えているのに体が動かず、考える間もなく密着状態で顔が間近である。



この期に及んでも、(うわぁ…美人…)とか評価できるステラはある種の強者だ。


美人と言えど、今は怒りで軽く歪んでいる。


「貴様、良い度胸だな… これほどの美女を簡単に忘れるとは…」


「いや…えと…」


物凄い剣幕に後ずさりをするステラ。

美女が怒ると輪をかけて怖い。


「ご、ごめんっ!」


飛びのきながら、泣きそうな声で謝る。本気で怖かったのだ。縦に裂けた瞳孔に睨まれて、恐怖しない奴はいないだろう…


「ふん、まぁ良い。こっちはこの街に用があるんだ。それまでは出れない。別に秩序は乱しはしない」


有無を言わさぬ圧力。しかし、はいそうですか、というわけにもステラはいかない。



「はぁ…貴女何者? それがわからないと、何とも言えない」


これが最大の譲歩だった。この言葉の裏には、答えないなら殺すと秘められている。


ステラは、使命感でヒトでないモノを殺してるわけではない。ただ、殺したいから殺す、それだけだった。


殺人は何かと面倒なのでやらないだけだし、人間を殺す理由もない。


『得体ノ知レヌモノ』は、理から外れ、人の世の均衡と秩序を乱すので、気兼ねないだけ。一応はちゃんと、警告はしている。


今回は例外になりそうだが…


「お前… ヴァンパイアを信じるか?」


壁に背を預けて呟くブリジット。


(なるほど、ヴァンパイア、ね。伝説の魔か…)


「俺みたいなのがいるんだ。ヴァンパイアがいてもおかしくない」


(何だか意味深な言葉だな)


しかし、ブリジットは満足そうに頷いた。


「なかなか素直だな。そういう訳だ。しばらく滞在する」


ブリジットはステラの横をすり抜け、街へ戻ろうとした。

だが、ステラに腕を掴まれる。


まだ用があるのか…


少し不満そうに振り返った。


「なんだ…」


「その、泊まる場所が決まってないなら… うちに来ないか? 一応、邸宅だから不便はさせないけど…」


顔を赤らめながら言っている。


ステラ自身も、何でこんなことをしているのか解らなかった。


(こいつ…私に惚れたな。なかなか端正な顔立ちだし、可愛らしいし。申し分ないが…)


なんてことを思っているブリジットは、自分に相当の自身があるらしい。


「あぁ、まだ決まってないが…お前、名前は?」


とりあえず聞く。基本は自分から名乗るのだが、今回は立場が上だ。問題ない。


ステラはやっと年相応かそれ以下にように、ニコッと笑って答えた。


「ステラ。ステラベステート・フロストハート。あの…貴女は?」


「ブリジット・フローラル・ヴァレンティエヌだ」


改めて握手する二人。


「では、泊めてもらうとしようか。だが、変なマネしたら殺すからな」


ブリジットがいたずらに笑う。


「へんなマネ?」


ステラはまたしてもポカンとする。ブリジットの言っている意味が、よくわからない。


程なくして、解るのだが何も言わないことにした。


邸に向かう道中、他愛もないことを話した。


「やっぱりヴァンパイアって、吸血したり太陽苦手だったりするの?」


ステラの質問にブリジットは丁寧に答えてくれる。


「太陽は、まぁ苦手だな。だが、死ぬわけではない。体が重くなり魔力が使えなくなるくらいだ。吸血に関しては、全くしない。ヴァンパイアは他者の血液は必要とはしていないんだ」


それは、ただの捏造だともいった。


十字架も単なる伝説で、全く意味がないらしい。


「だが、霊力を研ぎ澄まし、使用する際には十字型が良いとされている」


「ほぇ。何か…無敵な感じだね…」


ステラは子供のように表情を輝かせる。

何とも無邪気な…


「そんなことは無いぞ? 確かに、一万年がだいたいの寿命だが、再生不可能にまで体を破壊されれば死ぬ」


しれっと言うブリジットだが、ステラは苦笑いをするしかなかった。


再生ができるだけで、殆ど無敵じゃん…



とか、何とか会話している間にフロストハート邸に着いた。


「ほう、なかなかじゃないか」


ブリジットは満足してくれたようだ。


二人は連れ立って中にはいる。


二人を二階から見る人影に気付きもせずに…




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