分かれ道
ポン、ポン、とボールの跳ねる音が響いていた。
空は真っ暗で、校舎の中も外も人の気配がない時間。そっと体育館の中を覗き込む。
「彰人、何してんの」
部活も一緒でよくつるんでいた友人が、ひたすらボールを頭上に投げていた。落ちてきたボールが、ポンと音をたてる。
「上にボールが引っかかっちゃって」
彰人は眉間に皺を寄せ、ひたすらに天井を睨んでいる。
天井の梁の部分にボールが乗っかっていた。後輩たちに指導するなり一緒に練習するなりしていたならば、乗らないだろうところに。真剣な顔でやっているが、大方ふざけて乗せてしまったのだろう。
現に、部活に励んでいたはずの後輩たちの姿はない。
「交互に投げるぞ。早く帰らないと先生にどやされる」
足元に転がってきたボールを拾い上げ、天井へと投げる。久しぶりに持ったボールは重く、狙いより逸れて遠くへ落ちていく。
「手首、もう大丈夫なの」
「痛めたの一年前だし、とっくに治ってるよ」
そうは言っても、投げる手首には違和感がある。
手首の痛みが酷くてうまく投げられなくなったのは、ちょうど一年ぐらい前、三年生に上がる直前のことだった。みんなが自分の引退時期を決め始めた頃、俺は医者にしばらく安静にするように告げられた。
「でも、それがなかったら、最後の試合一緒に出られたよなあ」
寂しげに彰人がこぼす。
手首が治るのを待たずに、俺は引退して受験勉強に力を入れた。クラスが違うこいつと会うことも減り、点を決めたときのにかっとした笑顔もずっと見ていない。
「俺じゃ、試合に出られなかったよ」
彰人のボールは天井をかすめるが、もうちょっとのところで当たらない。俺のボールは梁にすら届かない。
手首の怪我はきっかけに過ぎない。自分の実力を、身の程を、知っているつもりだ。
「それに、一緒にコートに出ることだけが一緒にやるってことじゃないだろ。マネージャーも、監督も、ベンチで応援とばす控えも、一緒に戦ってくれるだろ」
内心謝りながら、ボールを足で蹴り上げた。
「大学、スポーツ科学部にいくんだ。トレーナーになりたいと思って」
投げるよりもずっと力強く上がったボールは、梁の真下にぶつかって落ちてくる。
「俺は裏方にまわるけど、また一緒にやろうぜ」
梁の上のボールにも衝撃が伝わり、ぐらりと揺れて落下する。
走って避けた俺とは裏腹に、彰人は一度大きく跳ねたボールを捕まえにいく。そして、ボールを抱え込んで、にかっと笑った。