本棚からぼた餅
お題は「本棚」でした。
まずい、そろそろ腕に力が入らなくなってきた。
手を止めて一息つく。といっても、休めるような体勢じゃない。
いまのわたしは三メートルはありそうな本棚にしがみついている状態だ。中ほどの段に足をのせ、さらに右手でふちを掴み身体を支えている。間違いなく無理な恰好だ。すぐ下に椅子は置いてあるけれど、手を滑らせたら危ないかもしれない。
冬休みに入る前に図書室の大掃除をしよう、と司書さんは言った。お人好しな彼女は手があいてる人だけ手伝ってくれればいいと言い、案の定集まったのは片手で足りる人数。司書室にはご褒美のお菓子が用意されていて、取り分が多くなるのは嬉しいんだけど。今日一日で終わるのかな。
図書室の大掃除というのは本と本棚の埃を取ること。わたしの身長では、上の棚は椅子に乗っただけでは手が届かない。だから、多少行儀は悪いけど本棚によじ登るように掃除をしていた。
高いところから本を下ろすのは危ないから二人一組でと先生は言ったけど、人数が奇数だったのでわたしは一人で作業することにした。ちょっと後悔。でも仕方ない。
委員長なら来ると思ったんだけどなあ。
ここにいない人物を思い浮かべながら、体重を支える手を左手にかえる。いまは一番上の棚に入っていた本をひとつ下の棚にとりあえず置いていっているところ。先に本棚を拭くためだ。
体重を支えていた右手は少しだるいけど、残りはあと十冊くらい。さっさと移動させてしまおう。
委員長がいれば偶数なのになあ。
隣のクラスの図書委員長とは、あまり話したことがない。でも、本を読んでいる姿はよく見かける。図書室とか、廊下から見えた教室とかで。
協調性がないわけじゃなくて、自分の時間を大切にしているような印象だ。実際、委員会ではちゃんと話をまとめてくれたりするし。
話してみたいと思うけど、いつも二の足を踏んでしまう。いきなり話しかけたら変に思われないかな。
大掃除の今日だったら、委員会の議題があるわけでもないし。ちょっとは自然に話せるかなと思っていたんだけど。
もやもやしだした気持ちを持て余しながら、棚に残った最後の一冊に手を伸ばす。――掴んだのと、同時だった。声をかけられたのは。
「うわ、危ないよ」
「えっ!?」
振り返ろうとして、バランスを崩す。体重を支えていた左手が滑る。
うわ。ひやりとする浮遊感。思わずぎゅっと目をつぶった。
手のひらと、足の裏、膝に衝撃。土下座をするような恰好で、痛みに悶えた。これ、絶対あざになる。
「大丈夫? じゃ、ないよね」
見上げると、本を抱えた委員長がいた。あの本、さっき掴んだ本だ。落ちたときに放り投げてしまったらしい。
「ごめん、いきなり声かけて」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、かがんで視線を合わせてくれる。どくどくと心臓が血液を全身に送る。頬が熱い。
「保健室行く?」
「い、いい! 大丈夫!」
「じゃあ司書室で休んでる? 残りは俺がやるから」
「平気! だから、その、一緒に掃除してくれないかな? 高いところ、届かないから……」
きょとんとした顔の委員長。焦ってわたしが口を開きかけたところで、彼は顔をほころばせて笑う。
「さっきすごい体勢になってたもんね」
「それは忘れてください……」
穴があったら入りたい。
でも、これ、怪我の功名? 不幸中の幸い? にやつきそうになるのを抑えて、勢いよく立ち上がった。