08 敵を知る・1
「――さて、次は騎士団棟ですかね」
中央書記室から出てすぐ、カールハイツは右手を顎に当て、そう呟いた。
扉を静かに閉めたエリリアナは、さすがにとばかりに、声をかける。
「カールハイツ様、先ほどのは一体どういうことでございますか?」
わざわざエリリアナを連れ歩くことも、ただ通告するだけで済むはずの件を直接の顔合わせにしたり、時間がない宰相の普段することではない。
上司を見上げて、エリリアナは返事を待つ。
「ふむ」
顎に手を当て、カールハイツはエリリアナを見下ろした。
何やら探るように彼女の瞳に留められる視線に、エリリアナは身じろいだ。
「ミレニカは、どうでしたか」
「どう……とは?」
唐突に振られた話に、エリリアナは目を瞬かせる。
「人間的に、どう感じたかということです」
端的にそう言われれば、彼女は口を閉じて天井をしばらく見た後、口を開いた。
「仕事が出来て、性格の良さそうな方だと思いましたけれど」
「そうですか」
「?」
頷くカールハイツに、エリリアナは訳が分からず首を傾げる。
「その様子だと気付いていないようですね」
カールハイツは呟き、胸元のポケットから折りたたんだ紙を取り出す。
何かと思えば、先ほど王太子に渡された、悪夢のリストだ。
「此処、何か気付きませんか」
カールハイツの長い指が、一点を指す。
何のことだとエリリアナがその先を見れば、「あ」と声が漏れた。
エリック・デオ・ミレニカ。
先ほど会った高等書記官の名と同じ名が、王太子に押し付けられた『婿候補』の中にある。
「ミレニカは、察しの通りミレニカ伯爵の嫡子です。仕事も早く、同僚からの評判も上々な、将来は官僚にと目される男ですよ」
宰相であるカールハイツが、いくら貴族とは言え、大量にいる高等書記官の一人であるミレニカを知っているということは、話の通り優秀なのだろう。
しかし、だと言うならば。
「……カールハイツ様、それでわざわざ私をお連れになったのですか?」
じとりと、ねめつける様な視線になってしまうのは、仕方ないだろう。
エリリアナが頭一個分上にあるカールハイツの目を見れば、彼は飄々と言ってのけた。
「まずは敵を知らねば話にならないでしょう?」
エリリアナは言葉を失った。
これが善意なのか何なのか、カールハイツの狙いがさっぱり彼女には読めない。
元々、この『鬼』と評される名うての宰相の意図が読めたことなど殆どないのだが、今回は輪をかけて謎である。
「……」
結局エリリアナは何も言えず、ただ息を吐いた。
「そういうわけですから、次は騎士団棟に向かいます」
彼女は紙をちらりと覗き見る。
騎士が集う騎士団棟に行くということは、目的は当然騎士の誰かだろう。
紙に書かれた、リストの一番上、『ユアール・ド・エランディア……騎士団』という文字が禍々しく見えてくる。
まさかここに書かれた全員、これから会う羽目になるのだろうかと、エリリアナは頭を押さえ、長い足を踏み出して先へと進む、カールハイツを追いかけた。
彼女の頭の中にあるのは、ただ一言。
(どうしてこうなった)