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03 王太子殿下と護衛騎士

 白い正装に、光を編んだような黄金色の髪、橙とも金とも付かぬ色合いの瞳を宿す、美貌の人――エーベルハルド・フォイル・アセルナード王太子殿下。

 彼の後ろには、常と同じく、短い漆黒の髪に青空のような深い青の瞳をもった、長身の護衛騎士――クラエス・ド・ハイロッドが佇んでいる。

 エリリアナは、彼らの存在感に、無意識に後ずさりした。


「――これは王太子殿下、こちらにいらっしゃるとは存じ上げませんでした」


 カールハイツは茶をテーブルに置くと立ち上がり、ゆったりと臣下の礼を取る。


「よい。ただの小話をしに寄っただけだ」


 エーベルハイドはそう言うと、倒れこむようにもう一脚のソファに沈み込み、長い足を組む。瞳は愉快そうにエリリアナを向け、顎を緩慢な動作で動かした。

 さすが王族。命令し慣れている。

 かつての主と同様の、当然と言わんばかりの動作に、エリリアナは背筋を伸ばす。


(予備を持ってきといて良かった……!)


 後宮女官として入城したエリリアナはかつて、教育係の先輩より、『御妃様方はいつ何時機嫌を損ねてカップを割るか分からない』と、常に予備を用意する習慣を身につけろと指導された。

 今日もその習慣に乗っ取って、もう一客だけティーセットを用意しておいたのが功を奏したようだ。


「殿下、どうぞ」

「ああ」


 至って冷静を装ってお茶を差し出せば、王太子は当然のようにそれを手に取る。


「本日のお茶請けは、恐れながら拙作のクッキーですわ」


 本来なら、貴人に出す物ではないのだが、この王子なら問題ない。


「おお、久しぶりだな」


 案の定エーベルハルドは、全く意に介せず、貴族ならば『こんな粗末な物を』と不敬扱いに憤る物を、悠々と手にする。

 内心ほっとしながらカールハイツに目をやれば、彼の湖面のような瞳とかち合った。


 宰相業務は激務である。完全な休養日など、月に一度取れるか否かというくらいだ。

 だがそれ以上に、あと数年で王位を引き継ぐであろう、エーベルハルドの業務は厳しい。

 そんな彼が、たかが小話の為に足を運ぶか。


(今度は一体何を……)


 それが、カールハイツとエリリアナ共通の心の声である。


 彼の弟殿下であるイシュワルト第三王子の侍女をしていた手前、エーベルハルドとは個人的にかなり親しい部類のエリリアナは、彼が非常に優秀な王子であり、そしてかなり“良い”性格であることを知っている。

 生来の『従わせる者』としての才能をいかんなく発揮する彼は、用事があれば相手の都合かまわず呼びつけるはずだ。

 その彼が、わざわざ『天敵』の住処に足を運ぶとは……。


「ふむ、やはりエルルゥの茶は美味い。この茶菓子も変わっていて面白い。こんな所ではなく私の執務室付きになったらどうだ?」

「ええと……それはいかがでしょうか。副メイド長には到底敵いませんので」


 今年齢五十を迎える副メイド長は、王太子殿下の執務室を担当し、エーベルハイドが指を動かすだけで全て察知するという、エリリアナ達王城で働く女性全ての憧れ的存在だ。


「エリリアナは私の秘書ですので、何かある際は私をお通し下さい、殿下」


 そこに、再度腰をかけたカールハイツが言葉を重ねる。


「そんなけち臭いことを言うな、カールハイツ。元々秘書などいらぬ身だろう」

「本来ならば。最近どういう訳か業務が増しましてね」

「……」


 宰相に仕事を押し付けられる人間は、この国に二人しかいない。

 国王陛下と、王太子殿下だ。

 原因がどこにあるかは、黙った目の前の美丈夫の様子で、明らかである。


「エルルゥ、何故この狸と半年も付き合っていられるのだ?」


 エーベルハルドは、半目でエリリアナに話を振ってきた。

 カールハイツは現国王の右腕であり、王太子が子供の頃からずっと成長を見守ってきた第二の父でもある。エーベルハルドが国王以外で強気に出られない唯一の人間であり、何を言っても正論で返してくる『天敵』でもあった。


「カールハイツ様にはとても良くして頂いておりますよ」


 エリリアナがそう答えれば、面白くなさそうに――しかしやや満足そうに――鼻をならした。


「そうか。この狐に飽きたら、いつでも訪ねて来い。エルルゥならば引く手数多だろう」

「それは褒めすぎでございますわ、エーベルハルド様」


 肯定も否定も出来ず、とりあえずエリリアナは微笑んだ。

 困ると笑う、日本人の悪いクセだという自覚はある。


「さて、カールハイツのことはどうでもいい。……クラエス」

「はい」


 エーベルハルドが背後のクラエスに顔を向けると、黒髪の騎士は何処からか一枚の紙を取り出し、エリリアナに手渡す。

 エリリアナは、話が変わったことに安堵しつつ、紙を覘いて小首をかしげる。


「殿下、こちらは……?」


 紙の内容は簡潔に、以下のようになっている。


『ユアール・ド・エランディア……騎士団

 エリック・デオ・ミレニカ……中央書記室

 ノルディ・ド・リンクス……魔術棟

 レグナンド・ルノ・クリスベル……クリスベル領

 (クラエス・ド・ハイロッド?)』


 紙にはそれだけ書かれ、詳細は一切ない。


「男性のお名前のようですけれど」


 書かれているのは五人の名前。

 全員が全員、爵位持ちの貴族だ。『ド』は子爵、『デオ』は伯爵、『ルノ』は侯爵である。

 なお、嫡子以外の男子からは、成人後に上記のタイトルは外れるので、全員爵位持ちが確定していると考えて間違いない。勿論、子供でなければ、だが。

 また、その家が複数の爵位を持つ場合は、当主の子息や兄弟が別の爵位を名乗ったりする為、記載された二人の子爵も、実家は高位貴族だ。僅かに頭の片隅に残る貴族の家名リストが、そう告げていた。


(でも、何故クラエス様の名前まで?)


 侍女として仕えたイシュワルト王子は、エーベルハルド王太子に非常に懐いていた。だから、護衛騎士であるクラエスとも接点が多く、エリリアナは親しいと言える。

 その彼の名前が、何故ここに。

 他の人物には一切聞き覚えが無い為、推測もできない。


 しかし何故だろう。

 エリリアナには、あまり良い予感がしなかった。

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