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14 下見と忍耐・3

 大丈夫、私にはプロが付いてるからと、無理矢理自分を納得させて、乾いた笑いを浮かべたエリリアナに、エランディアが苦笑しながら付け加える。


「毎日騎士団が見回りしてるし、此処は割と騎士鍛錬場も近い。そこまで魔物と出くわす頻度は高くねーから、そんな不安そうな顔するな」


 彼はそれだけ言うと、白馬の手綱を御者席の手すりに結びつける。何度か引っ張って結び目の強度を確認すると、エランディアはエリリアナの前にある御者席に乗り込んだ。御者席の足元少し上の部分にある、二点の引っ掛けに槍を置くと、彼は手綱を掴んだ。


「んじゃ、出発するぞ」

「……はい、お願い致します」


 正直な話、エリリアナはかなり意気を削がれていた。

 魔物の出没地帯にこれから向かうと聞いて、「きゃっ」なんて喜べる非戦闘員がいたら、是非とも連れてきて欲しいと彼女は思う。


(魔物って……ゲームに出てくるようなやつかしら……)


 彼女が以前見た魔物は、一匹はアリナーデに出会った日に見た鹿もどき。もう一体は足が六本ある子犬大のネズミだった。


(……可愛い奴ならいいけど、そんなわけないのは分かりきってるし)


 だから、騎士団がわざわざ見回るほどの凶悪性を持つ魔物など、まだ出会った事がなく、不安で堪らない。


(だからカールハイツ様は騎士を二名も頼んで下さったのか。結果的に一人になったけど)


 大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせ、両手を祈るように胸の前で合わせる。


「少し揺れるから、落ちないように座ってろよ」

「が、頑張ります」

「……」


 一声エリリアナにかけた後、エランディアは「よっ」と呟いて大きく綱を鳴らす。

 栗毛の馬が一つ嘶き、足を動かし始めた。綱で繋がれた白馬も、同じ速度で歩き出す。視察官が来ることも多いだろうから、きっと慣れた馬たちなのだろう。

 パドックを大回りして城門近くに来ると、両脇に立っていた甲冑の騎士達がエランディアに頭を下げ、兜に赤い房のついた騎士が鉄扉の中心に埋め込まれた石を撫でる。石が淡く光を灯したかと思えば、分厚い鉄の扉がゆっくりと左右に開き始めた。


(そういえば、城門の扉の鍵には魔宝石を使ってるって、昔マックス様が言ってたっけ)


 魔宝石はその名の通り、魔法や魔術を閉じ込めることが出来る宝石だ。

 石の質によって閉じ込められる魔法の力が異なり、大掛かりな術を宿せる容量のある石ほど、値段が張るもの。

 貴族が身につける装飾品のうち一つは、魔宝石だと言われている。


(うちの領地にも、魔宝石の鉱山とかあれば良かったのになぁ……いや、そしたら私、こっちに来た瞬間に不審人物として捕まった可能性が高いから……うん、トゥルクが平凡領で良かったわ)


 アリナーデが聞けば怒りかねないことをエリリアナが考えている間に、馬車は門を抜け、舗装されていない道路に出ていた。

 王都の周りは草原に覆われているが、外壁沿いの部分は様々な目的の馬車などが通るせいか、踏み固められた剥き出しの地面が続いている。

 コトコト進んでいく馬車は、馬の歩みに合わせて多少は動いても、それが逆に心地よく感じるほどの揺れしか生じさせていない。

 心地よい揺れに、エリリアナの緊張が少しずつ和らいでいく。


「――此処からだと、騎士鍛錬場は見えないのね……」


 しばらく後で、エリリアナはぼそりと呟いた。

 円状に広がる巨大な外壁が邪魔になって、王都の東にある大多数の騎士が所属する騎士鍛錬場は拝めなかった。

 古城のようだとも言われる騎士鍛錬場を一度は近くで見てみたかったのだが、それはまた別の機会にしなければいけないらしい。


「あそこは東よりやや南寄りだからな。北東門からじゃ見るには多少無理がある」


 馬の歩みと馬車の進む音で聞こえないと思ったが、しっかりエランディアの耳には届いていたらしい。


「古いお城みたいに荘厳だと聞いていますけれど、どうなのでしょう?」

「ん? ああ……いや、ありゃ城と言うよりは要塞だな」

「よ、要塞?」


 いきなりエリリアナの鍛錬場に対するイメージが、城という何処かロマン溢れるものから、血なまぐさいものに変化した。


「そりゃ、王都内とその周辺、要請次第で別領地にも出征する王国騎士団員の大半がいるんだ、外見よりもまず機能性重視だろ」

「ああ、なるほど」


 確かに、見た目を優雅にするよりも、まず騎士団員全てを収容し、倉庫や各施設を整える方が優先されるに違いない。


「しかも『黒穴』が何故か割と高い頻度で発生するから、常に物々しい警備もされてるしな」


 黒穴というのは、魔物が生み出されるとされる闇色の穴なんだとか。突如空中に現れるというそれは、必ず核となる魔物を一体持ち、その魔物が倒されるまでは稼動し続ける。

 アリナーデにその説明を受けたとき、『魔物が先か黒穴が先か』という問いは、現代における『卵ニワトリ論争』と同様、明確な答えの出ないものだと言われた。


「見たいのならいつか案内してもいいが……」

「いえ、折角ですけれど遠慮致します」

「ま、そうだよな」


 そんな魔物がじゃんじゃん出てくるモノが度々発生する場所には、あまり近づきたくない。


「俺もあそこは、血を吐きそうになるほど訓練させられた記憶があるから、あんまり近寄りたくねえしな」


 うんざりといった声音で、エランディアがそう言った。

 昔、マックスに騎士鍛錬場について尋ねた時も、「ああ、あそこはなー……ははははは」と無表情で笑って明確な答えが返ってこなかったなあと、エリリアナは思い出す。


「エランディア様はマックス様と同期でいらっしゃるのですよね? もしかしてクラエス様ともですか?」


 王太子の護衛騎士である、黒髪無表情のクラエスはマックスの一つ年下だが、マックスと同じ時期に入団したと以前聞いた覚えがある。


「何でクラエスの事……ああ、イシュワルト殿下付きなら、クラエスとも接点があっておかしくないか」


 自己解決したエランディアは、ふと宙を見上げて逡巡し、口を開く。


「確かに俺達とクラエスは同期だ。マックスがやけにアイツの事構うもんで、割と一緒にいた方だな。と言っても、クラエスの奴はあの通り何考えてんのか分かんなかったが」


 その評価に、エリリアナはくすりと笑う。


「まあ……クラエス様は、少々感情が表に出ずらい方ですよね」

「少々か? あいつとはもう二十年近くの付き合いだが、今でも何を考えてんのか俺には理解できねーぞ」


 重ねて言われれば、エリリアナはもう笑うしかない。

 護衛騎士クラエスは、一言で言えば無表情だ。

 カールハイツのように表情が崩れないのではなく、感情が顔に全くでない。真面目顔がデフォルトで、変更になるときは殆どない上、無口でもある。

 彼女がイシュワルトの侍女として勤めていた六年間でも、彼の表情に変化があった回数は両手で足るくらいだ。


(落ち着く方なんだけどなあ)


 こう言っては失礼どころの話ではないが、エリリアナは彼といると、ご年配のお爺様と一緒にいるような、謎の落ち着き感を覚えたものだ。

 エランディアとクラエスの反りが合うようには思えなかったが、エランディアの口ぶりからは親しげなものが感じられるので、実際に仲は悪くないのだろう。


「良かったです」


 引っ込み思案の知り合いが、ちゃんと人付き合い出来ているか心配する気分だ。

 しかし唐突にそんな事を言われたエランディアは、頭に疑問符が浮かんでいる。


「クラエス様とエランディア様が仲良そうで」

「……今の会話から、そんなもん伝わったか?」

「はい、とても」

「……」


 彼女が自信を持って頷けば、エランディアからは沈黙が返ってくる。後姿からでも、彼が呆れている様子なのが見て取れた。

 明らかに不服そうだが、この年の男性に「だろ? 俺たち仲いいんだぜー」とか言われても、彼女は引く。盛大に引く。

 だから、彼のこの反応を自然なものとしてエリリアナは受け取った。


「そういえばエランディア様、これから向かう場所は――」


 どのくらい離れているのでしょうか、とエリリアナが聞こうとした時だ。


 馬が、突然大きくいななき、前足を振り上げて後ろ足で立ち上がった。


「わあ!?」


 急に静止された衝撃で、エリリアナの身体が前に転がりでそうになる。慌てて両脇の幌が掛かる鉄枠を掴んで事なきを得たが、馬が暴れるせいで車が激しく揺れる。


「――っ、落ち着け!!」


 エランディアが手綱を操作して、馬を落ち着かせようとする。


(ひ、いああああ……っ)


 その間もがくがくと車は揺れ続け、エリリアナは振り落とされないように足を踏ん張り、鉄枠を握り締めるしか出来なかった。

 しばらくすると、鼻息が荒いながらもどうにか馬が落ち着き、馬車が安定する。


「エルルゥ嬢、無事か?」


 真っ先に、エランディアは彼女を振り返ってそう尋ねた。

 心臓が、まだバクバクしている。

 エリリアナは胸の辺りを押さえながらも、どうにか頷いた。


「だ、大丈夫です。エランディア様は大丈夫でございますか?」

「ああ。しかし、何でいきなり――」


 眉間に皺を寄せて前を向いたエランディアが、言葉を切って突然立ち上がる。


「まさか」


 進行方向を直視して固まったエランディアは、信じられないような様子で、呟いた。

 エリリアナが、彼の背中を避けるように横に身を乗り出すのと、エランディアが言葉を続けるのは同時だった。


「黒穴だ」


 エリリアナ達の進行方向――その空中に、晴れやかな青空に墨をこぼしたように、ぐにゃりと揺れ動く闇が、浮かんでいた。


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