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12 下見と忍耐・1

※現時点の年齢

エリリアナ(外見22)、アリナーデ・トゥルク(28)

カールハイツ宰相(48)、エーベルハルド王太子(27)、

クラエス護衛騎士(27)、ミレニカ高等書記官(27)、

ユアール・エランディア隊長(29)、マックス兄さん(28)


 王太子の選んだ『旦那候補』のうち、二人と初遭遇してから三日後、エリリアナは再び騎士団棟に来ていた。


 普段は魔術陣の研究に費やしている午前中。本当なら彼女だって、魔術棟にある図書館で魔術書を数冊参照したかった。

 しかし先日、『城壁の魔術陣強化案件』を、ただの予備人員――もしくは成り行きと言い換えてもいい――とはいえ、任されたのだ。これは是非とも、生で現物を見ておくべき。彼女はそう思い、上司であるカールハイツに念のため確認を取った。

彼は資料の束を彼女に渡しながら、勤務時間を使ってもらって構わないと、現場まで行く足まで手配してくれたのだ。


(足の手配とか、本来は私の仕事よね……いやはや、何から何までありがたい)


 さすがカールハイツ様……と心の中で拍手していると、すぐ目の前に騎士団棟広場に続く扉が見えてきた。

 本日は権力のある人間と共にいる訳ではない為移動陣は使えず、徒歩で此処まで来るのに、時間を取ってしまった。

 メイドや女官等の女性勤務者の居住区は西棟に集中しているので、東の端にある騎士団棟へは距離があるのだ。六年間の侍女生活――主にやんちゃな王子を追いかける仕事――で身に付けたスタミナがなければ、まだ何もしていないのに体力消耗するところだ。


「おはようございます」

「おはようございます!」


 先日も会った少年騎士に会釈すると、子犬のように親しげな笑顔を見せ、挨拶を返してくれた。エリリアナは顔をほころばせて、彼が開けてくれた扉をくぐる。


(ああ……今日はなんとなく良い日になる気がするわー)


 爽やかな少年の笑顔に見送られ、エリリアナは広場へと降りてきた。


「待ち合わせ場所は此処で良いのよね? カールハイツ様は騎士の方二名が付き添って下さるっておっしゃってたけれど……」


 ただの下見に何故騎士の同行が? そう首を僅かに傾けた時だった。

 ふと、視界に影が差し、背後に熱を感じる。


「!?」


 咄嗟に後ろを振り返れば、視界に広がる白い鉄板。


「何こ――」

「おはよう、エルルゥ嬢」

「!?」


 何なんだこれはと口を開いた直後に、エリリアナの文字通り頭上から、人を食ったような低い声が降ってきた。


「エ、エランディア様?」


 身を充分に引いて見上げれば、そこにはつい三日前に顔を合わせたばかりの騎士が立っていた。鉄板だと思ったのは、騎士の甲冑だったらしい。彼は何が面白いのか、唇は既に弧を描いている。


「つれないな、エルルゥ嬢。気軽にユアールと呼んでくれ」

「……おはようございます、エランディア様。本日は内勤でございますか?」


 エランディアの言葉を流して尋ねれば、彼は不快に思った様子も無く、ただ笑みを深めただけだった。


(……やっぱりこのお方、ちょっと苦手)


 軽いというか、掴めないと言った方が正しい性格をしているようだと、エリリアナはエランディアを改めて評価する。

 少し乱暴な言葉遣いとおどけた態度とは裏腹に、エリリアナに正式に騎士の礼を取った時の彼は、彼女に貫くような鋭い視線を向けていた。

 顔は笑っているはずなのに、その視線に、ある種の畏怖とも言える感情を覚えたのは確かで、エリリアナは少し彼に対し身構えてしまう。


(マックス様のお友達なんだから、悪い人じゃないと思う……カールハイツ様も庇ってらしたし)


 そんな彼女の複雑な心情を知ってか知らずか、エランディアは白い歯を見せてニカッと笑う。


「いや、今日は外勤」


 先日とは異なり、白い騎士の甲冑を身につけたエランディアは、左手に持った長槍を持ち上げた。

 銀色の不思議な文様が、乳白色の柄から矛先に向けて彫られたその槍は、素人目にも分かるほど使い込まれており、彼がどれだけそれを手に戦いに赴いているのかが窺い知れる。

 城の中にしかいないエリリアナは、さらりと提示された物々しい現実に、軽く罪悪感を覚えた。


(軽いとか考えて、失礼だったかな)


 やや逃げ腰になっていた姿勢を正し、エランディアにきちんと向かい合う。


「そうですか……お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 彼女は本心からそう言って、軽く頭を下げた。

 王城の騎士団棟に居を構える騎士は、王城警備の精鋭のみ。内勤である王城敷地内勤務の他騎士と異なり、機動力に長ける第一騎兵隊だけは、王都内外への見回りも任務に含まれる。それだけ、危機に遭遇する割合が高いということだ。

 それを考慮して見送りの言葉を口にしたエリリアナに、エランディアは眉を上げて口を閉じ、何かを考えているような素振りを一瞬見せた。


「――ああ、充分気をつける」


 しかし、彼はすぐに笑顔を浮かべて、槍を肩に乗せた。

 槍を持ち、甲冑に身を包んだエランディアは、持ち前の長身に加えて体躯も恵まれている為、かなりの迫力がある。変な偏見を捨てて観察すれば、さすがは騎兵隊隊長と言った威風だった。

 思わず「おおぅ」と言いかけたエリリアナを、すんでのところで、当の本人の言葉が止めた。


「なんせ今日は、エルルゥ嬢とのデートだしな」


 神妙な顔をしていたエリリアナの頭が、ぷすんと音を立てて活動を休止する。


「………………はい?」


 たっぷりと間を空けて、エリリアナは言った。

 そんな彼女の反応をからかうように、エランディアは目を細めて口元を吊り上げる。


「城壁の魔術陣を確認しに行くんだろ? お供するのは俺だから」


 あっさり、彼は言った。


「何を馬鹿な――ではなくて、わ、私は既に他の方と約束しておりまして」

「そいつらに代わってもらった。二人も必要ないだろうしな」

「いや、いやいやいや……エランディア様は隊長でいらっしゃいますでしょう? 一部隊の隊長様が突然抜けられたら、部下の方々が困りますよ」

「大丈夫だ。俺は普段からこんなもんだから、あいつらは慣れてる」

「それは堂々とおっしゃって良いものでしょうか……」


 エリリアナが何と言っても、エランディアは面白がる表情を変える気配がない。


(どれだけ時間がかかるか分からないけど、エランディア様と二人っきりになるのは避けたい)


 エリリアナは何とか突破口を見つけるべく、言葉を探す。

 王都は広い。

 カールハイツからは、今回の件に関わる城壁とは王城の周囲の壁ではなく、都を取り囲む外城壁の方だと聞いている。これから移動して見学の後帰ってくるとなると、下手すれば一日がかり。その間ずっとエランディアと二人きりだなんて。


(エランディア様の性格的なこともだけど、エーベルハルド様の笑い声が聞こえてくるようでなんかヤダ……!)


 変なところでエリリアナは意固地だった。彼女はどうにか抵抗すべく言葉を搾り出す。


「そ、それに……本当にただの様子見ですから、隊長様にご同行頂くなんて恐れ多いですし……他の隊員の方々にも恨まれてしまいますので!」

「俺が好きで引き受けたんだから、そんな遠慮必要ないだろ。部下は俺の性格なんて分かりきってるしな」


 エリリアナが情に訴えかけようとした作戦は、あっさり切り捨てられた。

 目に見えて肩を落としたエリリアナに、エランディアは腰を屈めて顔を近づける。


「!?」


 先日の記憶のせいで、思わず及び腰で後ずさりしたエリリアナの目に、エランディアがにたりと笑う姿がドアップで映り込む。


「俺がいれば外城壁にある駐屯所への移動陣も使えるし、案件に関しても警備の立場から説明できる。よっぽど効率的だろ?」

「う」


 正論で攻められれば、エリリアナは言葉を失う。元々、言い負かす材料など彼女には無かったのだから、手の打ちようがない。

 彼女から諦めのようなものを感じ取ったのか、エランディアが素早く一歩前に出て、エリリアナの耳元で囁いた。


「逃げられなくて残念だったな」

「っ!」


 僅かではあったが、熱い吐息が左耳にかかり、エリリアナは咄嗟に耳を手で押さえた。同時にエランディアが身体を起こし、騎士団棟へと向き直る。


「では、出発と行きますか、エルルゥ嬢?」


 一瞬顔だけ彼女に向けてそう言い、歩き出したエランディアは、エリリアナが見た中で一番愉快そうに――そして性格が悪そうに笑っていた。

 エリリアナは唇を噛み、怒りか何かで熱くなる耳元を押さえたまま、心の中で絶叫した。


(絶っ対、コイツだけは嫌です、エーベルハルド様!!)


 目の前を歩くエランディアの肩が間違いなく笑いから震えているのを見ながら、エリリアナは頭の中で何度も『ユアール・ド・エランディア』の名前を塗りつぶした。



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