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 00.4 月と夜・1

 エリリアナ・デオ・トゥルクの二年と半年目。


 異世界のとある国『アセルナード王国』は、小さくはないが大きくもない海洋国家である。

 豊かな漁場を抱える一方で、魔物を生み出す『黒穴』も多く抱える、ハイリスク・ハイリターンを地で行くその王国は、世界でも名高い魔術学校と騎士団を内包する武の国でもあった。


 そう、この世界には魔法や魔物が存在する。

 全ての人間は魔力と呼ばれるものを先天的に保持し、使うことが出来る。ただ、魔力は強くとも操る力――『操力』に恵まれない人間は、自由に魔力を変化させることができない。


 例えば、トゥルク伯爵であるアリナーデは、風の魔力を持っている。触れた物に魔力を移す特性を備え、使用方法は主に弓矢に力を付与させ、空気抵抗の低下と攻撃力の増加をもたらすこと。

 ただ彼女は操力に恵まれてはいない為、その風の魔力をつむじ風やかまいたちに変化させることは出来ない。

 ここで仮に、アリナーデが『操力』を身につけたとしよう。

 『小』の操力で、魔力はドライヤー程度のゆるやかな風を生み出す。

 『中』の操力で、魔力が続く限り、自在に風を生み出すことが出来る。リンゴを浮かせたり、かまいたちで草刈りしたり、髪を一瞬で乾燥させたり。

 そして『大』の操力で、魔力を自分の属性である風以外に変化させることが出来る。呪文を使って炎に変えたり、水を出したり、見えない壁を作ったりだ。


 あくまで小・中・大は目安だが、『大』以上の操力を持って、人は『魔術師』であると名乗ることが出来るのだ。

 この不思議な力全般や、先天的な属性を使った力は『魔法』、操力によって変化させられた力は『魔術』と呼ばれる。

 だから、アリナーデは魔法を使用することは出来るが、魔術師ではない。

 魔法として実用できる魔力を兼ね備えた人間も、決して多くはないので、魔術師は相当稀有な存在だ。

 もっとも、『魔術師=強い魔力の保持者』ではないので、アリナーデほど風の力を使える魔術師は、あまりいない。


 ――それが、異世界から来た、当然魔力など皆無のエリリアナが、アリナーデから受けた説明である。




「わぁ……!」


 長いこと乗っていた馬車が、緩やかな下り道に差し掛かったのを感じて、エリリアナは疲労感をたっぷり滲ませた顔を窓に向けた。

 そして、馬車の窓から見える景色に思わず感嘆の声を上げた。


「どう、王都ルマーレは? 白鳥の都と呼ばれるだけあって、壮美でしょう?」


 王都ルマーレは、数々の水路と白光石という美しい石で造られた壁に囲まれた王国一の都市だ。魔術学校を西、騎士修練場を東の郊外に持ち、行き交う馬車道が八方に伸びる都は、全ての始点と言われても納得できる景観をたたえている。

 水路の青と、石の白、水路周りに配置されている木々の緑が描く景観は、まさに優美と言うに相応しい。職人街もあるのか、白い煙がもくもくと上がり、都をわずかに霞がかった幻想的な雰囲気に飾り立てていた。


 そして、王城。

 白亜の城に、燦然と輝く青色の屋根。

 襲撃を警戒しているのか、シャボン玉のように七色の輝く透明な魔術の膜が、全体を覆っているのが見て取れた。


「うん……なんか本当、凄い綺麗」


 文章的に色々貴族として間違っているが、元々ただの一般市民なのだから、この中世的な美しさを持つ王都を前に、言語能力を多少破壊されるのは仕方ないと彼女は思う。


「トゥルク領って、やっぱり田舎だったんだね」

「お黙り」


 ぱこんと、アリナーデがエリリアナの頭を叩いた。

 ごく稀に異世界人が流れ着くというトゥルク領は、深い森を三つも内包する内陸地だ。これといった名産もなく、資源もない。

 唯一有名と言えなくもないのはワインだが、それも高級銘柄と言える程上質なわけではない。

 広大な二つの公爵領に挟まれている為、領地の拡大も狙えない。

 なんとも平凡な領地なのである。


「大丈夫よアーディ。私が王都でバッチリ流行を掴んで、トゥルク領に名産品なり何なり持ち帰ってみせるから!」

「……そんなことより、まずは一人前になって頂戴」


 張り切って言うエリリアナに、アリナーデは疲れたような視線を送った。


 今日から、エリリアナこと異世界人の『彼女』は、トゥルク伯爵令嬢として、後宮勤めを開始する。

 主な目的は、中枢周りの人間関係や情勢をアリナーデに流すこと。

 流すと言っても、別に極秘情報を横流しするわけではなく、王城内部の者なら誰でも知っているくらいの、やや深い程度の情報で充分なのだ。

 だがまずは、首にならないよう一人前になるのが先だろう。アリナーデにも、すぐ役に立てとは言われていない。


「そうね、まずは脱・新人よね。不幸にも若い身体も手に入れたんだし、立派な後宮メイドになって見せるわ!」


 エリリアナは、張り切っていた。


 異世界で社会人生活をしていた『彼女』が、運悪くこの世界に流された日より、一年強。

 自立した生活から、一気に居候にランクダウンした彼女は、自分のお金で好き勝手できない不満で一杯だったのだ。

 稀に起きるという異なる世界同士の“接触”に、たまたま彼女は巻き込まれ、この世界に落ちることになった。そこを保護してくれたのはアリナーデだから、彼女に恩返しする事に、なんら反論はない。


「それに、魔術学校とか、良い響き……」


 騎士修練場はさておき、王都には魔術学校が存在する。

 塔の形をした学校は城壁の外にある為、勿論見学などは出来ないだろうが、城には多くの魔術師が宮廷魔術師として勤務しているのだとか。

 魔術どころか、魔法すら使えないエリリアナにとって、魔術師を間近で見る機会は、非常に興奮ものだ。


「言っておくけれど、変なことしないでよ? 宮廷魔術師は高位貴族扱いになるから、失礼なことしたら私に文句がくるの」


 アリナーデが、エリリアナにしっかりと釘を刺してくる。


「大丈夫……多分。アーディの足を引っ張るようなことはしない予定だから」


 ね!と言えば、アリナーデが少しだけ頬を赤くして、そっぽを向いた。貴族からの美辞麗句には鮮やかな、しかし本心の見えない笑顔で受け流すのに、素直な好意にはめっぽう弱いアリナーデ。

 どこのツンデレさんだよ、とエリリアナはニヤニヤした。


 エリリアナは、元社会人。

 世界を流れた際に、身体が多少若返って、今や二十くらいの外見をしているが、中身はしっかり年を経ている。逆に老化する人もいるらしいので、エリリアナはまだ幸運な方だろう。

 なお、彫りの深いアセルナード人からすれば、エリリアナは十六くらいにしか見えないらしいので、『エリリアナの設定』は不本意にも十六歳だ。


(アラサー女になんという拷問)


 エリリアナはそう思うが、勝手に若返った体が何歳かは自分にも分からないので、諦めた。


「とにかく……無茶だけはしないように」

「うん。心配ありがとう、アーディ」


 にっこにこと笑うエリリアナに、アリナーデは苦笑した。

 昨晩あれだけ、王城は華やかだけでなく、様々な陰謀満ち溢れる魑魅魍魎――謀略どろどろの貴族達の世界だと脅しをかけたのに、エリリアナは怯えすらしない。

 単に実感がないだけなのかもしれないが、実年齢はアリナーデより年上なので、彼女にも色々あるのかもしれないと、アリナーデは自分を説得した。

 心の中で、アリナーデは呟く。


(……この外見とのギャップは、使えると思うんだけれど)


 一年の伯爵家生活で身につけ(させ)た高い教養と美しい所作、持ち前の気遣いや落ち着いた雰囲気は、アリナーデからすれば大変幼く見える外見にそぐわない。

 流れるような黒髪、非常に小柄な、しかしメリハリのついた大人の身体(コルセットに重たいドレス、間食なしの猛勉強生活で得た、唯一の宝だとエリリアナは遠い目をしながら言っていた)。

 微笑みは作られたような貴族的な笑顔ではなく温かみのある自然な笑顔で、声は少女というには少し低い落ち着いた音。

 エリリアナが平凡だと自称する顔は、アリナーデからしてみれば逆に不思議な魅力があると思う。

 伯爵家令嬢というのに気取らない態度も、王城では稀有だろう。


(これらのアンバランスさが、貴族達にとって不快と映るか、魅力と映るか)


 実はアリナーデとしては、エリリアナが高位貴族の誰かしらと良い感じになって、人脈を強化出来ればという副目的も期待しているが、そんなことを口にすれば、この義妹は不自然な態度を取ってしまうだろう。

 非常に大きな賭けではあるが、アリナーデは必要最低限の教育だけして、あとはエリリアナ自身の性格に任せようと決めた。


(元々無かった駒だもの。失敗しても仕方ないわ)


 彼女がやりたいようにさせ、失敗したら精一杯フォローしよう。それが唯一無二の友人であり妹である彼女への、せめても償いだ。

 改めて、アリナーデは決意を固めた。


「アーディ?」


 黙ったアリナーデに、『エリリアナ』が心配そうに声をかける。

 アリナーデは、小さく首を振ってエリリアナを見つめた。微笑む。


「――万が一でもトゥルクに被害がくるよう事をしたら、ただじゃおかないわよ」

「え、ア、アーディ?」


 優しく微笑んだアリナーデに対し、エリリアナは顔を真っ青にする。

 あわあわと挙動不審になる『妹』に、アリナーデは朗らかな笑みを向けた。



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