プロローグ
時は大正から昭和へと、元号が移り変わっていた。
短い絢爛の時代が幕を閉じ、大震災の復興があり、世界恐慌があり、そして――新たな戦争の足音が迫ってくるような、そんな時代だった。
四方を山に囲まれ、森に抱かれるように建つ、緑深きその学園にも、時代の足音はたしかに聞こえていた。きな臭い空気が、気づかぬうちに身のうちを侵食していく――。
そんな不穏な気配のなかで、その学園に、一つの清新な風が吹いた。
旋風は学徒たちの目を醒まし、奮い立たせ、ある理想を胸に抱かせた。
当時にはとても無謀と思えるような、それは高い、高い理想だった。しかし、夢を見るに十分の価値があると、彼らに思わせるほどの力があった。
その旋風を起こした者を、学徒たちは学園の王として讃え、“獅子”と呼び慣わすようになる。
“獅子”が掲げた理想は、時代の流れに翻弄され、奮闘も虚しく叶えられることはなかった。
だからこそ、後世に継ぐことを、彼らは望んだ。
いつか、希望が叶う日を夢見て。
そして“獅子”は継承された。その性質上、秘匿され、絶対の守りを受けながら。学徒たちの間で、長く静かな継承がおこなわれ続けるようになる。
伝統のはじまりだった。
歴代の“獅子”たちは、彼らの間だけに君臨し、泡のように消えていった。“獅子”が“獅子”であることを示すものは、ただ一つだけ。それ以外は決して後に残さずに。
秘め隠し、その存在を、誰にも明かさないこと。
それこそが、学び舎の王の、王たるゆえんであった。
そんな孤独な“獅子”が受け継ぐ、ただ一つの王の証明がある。
人はそれを、『獅子の系譜』と呼んだ。