09-明かされた魔法のコトバ
「えーと……なに、それ? オウゴン……オニ? 金鬼? 赤鬼とか青鬼ならよく聞くけどにゃー」
「その鬼ではなく、オニクワガタです。今言ったオウゴンオニクワガタはマレー半島からインドネシアにかけて分布している、その名の通り金色の外殻を持ったクワガタです。日本にもオニクワガの仲間は棲息していますよ。とはいえ、日本に棲息している種は金色ではありませんが」
福太郎は口でいうより写真を見た方が早いですね、と携帯電話のメモリーを操作して、そのクワガタの写真を表示する。
真琴が興味津々といった顔で覗き込めば、携帯のモニターには確かに金色をしたクワガタらしき虫が写っていた。
艶のある上羽は文字通り金色。体長に比べるとやや短めの上顎は、体側の方にむかって「く」の字に湾曲している。
「一口にオウゴンオニクワガタといっても、大きく分類すると二種類あります。ローゼンベルグ種とモーレンカンプ種ですね。そしてこのモーレンカンプ種には更に亜種が存在し、原種のモーレンカンプの他にモセリ、ババという二亜種がいて合計で三種。ですが原種とされるモーレンカンプも、棲息するスマトラ島とボルネオ島では別種であるとして計四種に分類するという学説も存在します。ちなみに、この写真の個体はローゼンベルグ種です」
立て板に水とばかりに蘊蓄を垂れ流す福太郎。
彼のその嬉々とした表情に、さすがの真琴も若干引きぎみである。
もちろん、それは真琴に限った事ではなく、この場に集まっていた少女たちもまた同様。
玄吾に至ってはまた始まったかとでも言いたげに辟易とした表情であった。
唯一の例外は、目を輝かせて携帯の写真を覗き込んでいる美晴ぐらいのものだ。
「この個体って、もしかしてブリードもの?」
「いいえ。さすがにこれだけの大歯形はまだブリードできていません。この写真の個体は種親として購入したワイルドものです」
「へえ。その言い方だとブリードの成功はしているんだ?」
「ええ。霊芝材とカワラ材に産卵させてから成虫の羽化までなんとかこぎ着けましたが、小歯形の雄が一匹と雌が二匹しか成功例はありませんね」
「幼虫の飼育はやっぱり菌糸ビンで? それとも材飼育?」
「菌糸ビンです。菌種はヒラタケ」
「え? どうしてヒラタケ? オウゴンオニならカワラが常識でしょ?」
「当時は今ほどカワラ菌糸は出回っていなくて、入手できなかったんですよ。ですから、ヒラタケ菌糸にあれこれと添加剤を工夫して育てました。ですが、今はカワラ菌糸の菌床も手頃な値段で出回っていますからね。また今度オウゴンオニを入手して試してみるつもりです」
興味のない者には全く理解できない、何ともマニアックな会話をぽんぽんと交わす福太郎と美晴を、真琴を始めとした一同はぽかんとした表情で見詰めるばかり。
そんな周りの反応に気づいた美晴は気不味そうに福太郎から視線を逸らすが、最早遅すぎるというもの。
そんな美晴の様子に、福太郎は嬉しそうな笑みを浮かべると更に質問を続けた。
「では改めて。『Mesotopus tarandus』は?」
「タランドゥスオオツヤクワガタ。アフリカに棲息する大型のクワガタで、最大の特徴はその名の通りエナメルを塗ったような独特の強い光沢があること」
「『Lamprima adolphinae』は?」
「パプアキンイロクワガタ。オセアニアに分布する小型のクワガタ。名前に「キンイロ」とあるけど、金色のみならず赤、緑、青、紫など様々な体色バリエーションがある事で有名ね」
「『Phalacrognathus muelleri』?」
「オーストラリアに生息するニジイロクワガタ。日本の玉虫のような緑や赤の金属光沢のあるとても綺麗なクワガタ。その体色から女性にも人気があるわ」
「では最後に。『Dorcus hopei binodulosus』とは何ですか?」
「日本のオオクワガタ。海外のオオクワガタの仲間と区別するために国産オオなんて通称で呼ばれている事もある」
美晴は観念したのか、福太郎の質問に全てすらすらと答えて見せた。
もっとも、彼女の視線は一度たりとも福太郎へと向けられる事はなかったが。
そして次々に明かされていく「魔法のコトバ」の正体に、一同は相変わらず呆けたような表情のまま、二人のやり取りを眺めているのだった。
「皆さん、これで納得していただけましたか?」
福太郎のその一言に、呆然としていた少女たちが我に帰る。
彼女たちの建前は、美晴たちが「魔法のコトバ」の試しもなく福太郎と親しくなった事にあった。
例え、その大元の心境が八つ当たりまがいからの行動だったとしても、当の美晴が「魔法のコトバ」の意味をすらすらと答えた以上、彼女たちの言い分はなくなった事になる。
少女たちもそれが判らぬ程愚かではないようで、それぞれにばつが悪そうに視線を逸らしたり、足元をじっと見詰めたりしていた。
もちろん、孝美もまたその例外ではなく。
彼女は一度だけ厳しい視線を美晴に向けると、後はずっと足元に視線を落としたままだった。
「で? 取り敢えずこの場は収まったっぽいけど、これからどうするよ?」
「そうですねぇ。正直困っています。彼女たちに対してどう対処したらいいのか……」
福太郎と玄吾は顔を寄せ合わせて小声で相談する。
取り敢えず集まっている女子生徒たちの正当性は失われたが、だからといって彼女たちもこれですんなりと納得はできないだろう。
例えこの場は解散したとしても、後になってまた美晴や真琴がこうやって呼び出されでもしたら目も当てられない。
どうすれば彼女たちを納得させられるのか。
顔を近づかせて相談する福太郎と玄吾を、何を勘違いしたのか顔を赤らめて潤んだ眼で二人を眺める女子生徒が何人かいたが、幸いな事に当の二人はまるで気づいていなかった。
さて、本当にどうしたものかと二人が途方に暮れた時、彼らの背後から救いの手を差し伸べる者が現れた。
「簡単な事でしょ? 福太郎があの娘たち全員と友達になればいいのよ」
その澄んだ声に二人は驚きながら振り返る。そしてそこには、二人が予想もしていない人物の姿があった。
「な、鳴海さん? どうしてあなたがここに?」
福太郎の、いや、この場にいる全員の視線の先で、神無月高校現生徒会長、沢村鳴海が不敵な笑顔を携えて立っていた。
「要はあなたたちは極端過ぎるのよ。何もいきなり彼氏彼女の関係にならなくても、まずは友達として付き合ってみるのもありじゃない?」
全員の視線を集めながら、鳴海は臆する様子もなく堂々と語る。
「福太郎が虫マニアだと判った時点で、あなたに幻滅した娘だっているでしょ? 反対に、それでもあなたと親しくなりたいと考える娘だっていると思うわ。なら、福太郎が虫マニアだという事を踏まえた上で、まずは友達として付き合ってみなさい。それで互いに理解を深めた後、改めて福太郎と付き合いたいと思う娘が現れたら、それはそれで福太郎の希望に叶った結果でしょ? もちろん、あなたが誰と付き合おうとあなたの自由。この場にいる娘だけに限定する必要なんてないわ」
それでどう? と少女たちに鳴海が尋ねると、殆どの少女たちの顔が輝いた。
どうやら、一部には福太郎が虫マニアと知って興味を失ったり、生理的に虫を受け付けない者もいるようだが、それはそれで仕方のない事だろう。
「そ、それじゃあ幸田くん……友達として……け、携帯のメアド交換してくれる?」
女子生徒の一人がおずおずとそう切り出すと、次々とそれに便乗する少女たち。
福太郎もその申し出を快諾する。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。僕も女性の友達が増えるのは大歓迎ですから」
そう告げながら福太郎はにっこりと微笑む。
その微笑みに当てられて頬を染める少女たちに苦笑しながら、玄吾も自分の携帯片手に進み出た。
「なあなあ、ついでに俺もメアド交換いいかい? 俺だってコウフクじゃないけど、女の子の友達は嬉しいからさ」
当然この申し出を断る女生徒は存在せず、彼女たちは玄吾ともアドレスの交換をする。
その中に留美までもがちゃっかりと混じっていたのはご愛敬。
福太郎と玄吾の周囲で嬉しそうにはしゃぐ少女たち。そして気づけば、孝美だけがその輪から外れて一人立ち尽くしていた。
今回、この騒ぎを起こした張本人は孝美だった。
偶然弟の昆虫図鑑で「ホペイ」というクワガタが中国にいる事を知り、そこから「魔法のコトバ」がクワダタに関するものだと悟った孝美。
そして「魔法のコトバ」の意味を知った自分が、学校中で憧れる者も多く自分もまた憧れていた福太郎の隣に立てると夢想した。
だが、勇んで福太郎に告白したところ、「魔法のコトバ」を出される事もなく彼に断られてしまった。
加えてそのすぐ翌日に、彼が他の女生徒と親しそうにお茶していたという噂を耳にする。
冷静に考えてみれば、福太郎なら学校帰りに一緒にお茶する女友達ぐらいいても不思議ではないだろう。
だが、怒りで冷静さを欠いていた孝美の中で、いつの間にか自分がふられたのはその女生徒のせいだと思い込んでしまったのだ。
孝美はその日のうちに、使える伝手を全て使って過去に福太郎にふられた女生徒にコンタクトを取った。
「図々しくも王子に擦り寄っている身の程知らずがいるみたいだからさ、ちょっと懲らしめてやらない?」
その誘いかけに応じたのが、今集まっている少女たちだった。
彼女たちもまた、福太郎と親しくしていたという女生徒がいると聞きおもしろく思っていなかったのだ。
幸い、偶然にも福太郎と美晴たちが一緒にいるところを直接目撃した者がその中におり、しかもそれが美晴たちと同じクラスだったので、噂の女生徒が誰なのかはすぐに判明した。
そして早速その日の放課後に美晴と真琴を呼び出したのだ。
最初は少し泣かせるぐらいのつもりだったが、真琴の気が予想外に強く機転も利く事が災いし、この場に福太郎や玄吾が現れてしまった。
更に生徒会長の鳴海の登場で、自分の味方だった筈の者はほぼ全員が福太郎と親しそうにメアドの交換などをしている。
当然、彼女たちの口から今回の騒ぎの張本人が自分である事はすぐにばれるだろう。
だから他の皆が福太郎と楽しそうに友達になっても、自分だけはその輪に加わる事はできない。
そう思い一人立ち尽くしている孝美に、ついに福太郎が視線を向けた。
自分を彼が見据えた瞬間、思わず身を縮こまらせる孝美。
そして福太郎は、女子生徒たちの輪から離れて孝美へと歩み寄る。
「小笠原さん」
もう彼はあの輪の中の誰かから、今回の張本人が自分である事をきいたのだろうか。
孝美は彼に断罪される事が怖くて仕方がなく、福太郎と目を合わせる事ができない。
だが、例え目を合わせなくても、気配で彼が今目の前にいる事は判る。
「あなたさえよければ、僕と友達になっていただけませんか?」
「────え?」
弾かれるように顔を上げ、孝美は福太郎へと目を目を向ける。
彼は今、自分の目の前で穏やかに微笑んでいた。
この時、背後の少女たちの何人かが何か言おうとしたが、それを鳴海が目だけで押し止める。
「だ……だけど私は……」
「今回の件は僕にも責任があります。一概にあなただけを責めるのは筋違いですよ。ですから、改めて友達として僕に色々と教えてください。お願いできますか?」
そして差し出される福太郎の右手。
俯いたままの孝美がその右手に自分の右手を重ねた時、彼女の足元に一つ二つと雫が落ちたのに福太郎は気づいたが、彼は敢えてそれを見ていない事にした。
「それで? どうして鳴海さんがあそこに現れたのですか?」
ようやく全て丸く収まり、鞄を取りに教室へと戻る事にした福太郎たち。
その道程、彼の傍には玄吾と美晴と真琴と留美、そして鳴海の姿があった。
孝美を始めとした他の少女たちは、今頃それぞれ帰路についているだろう。
「生徒会室に体育館裏で数人の生徒が集まっているという話が舞い込んでね。更にその直後に福太郎と玄吾が大急ぎでそちらに向かって走って行ったなんて情報もあったし? それで私もあそこに行ったってわけよ。もしかして余計なお世話だったかしら?」
「いえ、そんな事はありません。お陰で助かりました」
「いや、ほんと、鳴海先輩のお陰で上手く収まったようなもんだよな。それに女の子の友達もたくさんできたし」
なんとも嬉しそうな顔をしっぱなしの玄吾は、携帯の電話帳をしきりなしに眺めていた。
どうやら携帯のメモリーに女の子の名前が増えたのがよほど嬉しいらしい。
その玄吾に呆れたような表情を一瞬だけ浮かべた鳴海は、次に美晴へと目をやる。
「ふぅん……あなたが例の女の子ね」
「は? 何の事ですか?」
「いえ、こちらの事よ。それより、あなたも災難ねぇ。とんでもなく面倒な奴に目を付けられて」
そう語る鳴海の視線は、数歩先を行く福太郎の背中へ。
その視線に単なる親しみ以上のものが含まれている事を、美晴は敏感に感じ取る。
その事に一瞬だけなぜか胸に苦しみを覚える美晴。
どうして? と自問するより早く差し挟まれた真琴に言葉に、美晴は改めてそれを確認する機会を失ってしまった。
「だいじょーぶですよ、会長さん!」
そして真琴は満面の笑顔で鳴海に告げた。
「だってみはルンも福太郎くんと同じガタ屋なんですから! きっと二人はばっちり気が合うと思うにゃー」
『王子と付き合う魔法のコトバ』更新しました。
はい、今回で全ての「魔法のコトバ」の正体を明かになりました。その正体に意外だったと感じてくれた人がいたら、それだけで自分は有頂天です。いや、もう結構な人がそれに気づいていたようですが(笑)。
作中でやたらと専門的な用語が出てきましたが、これは完全に仕様です。福太郎と美晴の突き抜けたマニアっぷりを演出するための。
ちなみに、福太郎のオウゴンオニのブリード結果は自分のブリード結果と同じです。
後、前回この辺で切ろうかななどと言っていましたが、もう少し続けてみようかと思います。
引き続き、当作をよろしくお願いします。