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07-ガタ屋



 福太郎と玄吾は困り果てていた。

 互いの顔を見合わせて首を傾げる二人。そんな二人を遠くから眺めていたクラスメイトの女子たちから、なぜか小さく黄色い歓声が上がるが、幸いにもそれは二人の耳に届く事はなかった。


「どういう事だ、これ?」

「さあ? 僕にもさっぱり」


 二人の視線の先にはとある福太郎の所有物。それ自体は不思議でも何でもなく、普段から福太郎が使用しているものに間違いない。

 問題は今、ソレが置かれている情況だった。

 先程不意にそれが起動したかと思えば、そこからは実に聞き取りづらい音声が途切れがちに流れ出るばかりで、こちらから呼びかけても一向に応答はない。

 二人して腕を組み、首を傾げていると、彼らを訪ねて見知らぬ女子生徒が教室にやって来た。


「あ、あのー、王子と騎士──じゃない、幸田福太郎くんと中山玄吾くんはいますか……?」


 その声に二人が振り向くと、その少女は安堵の表情を浮かべつつも緊張した面持ちという複雑な顔で遠慮がちに福太郎と玄吾の元へとやって来た。


「わ、私、真琴の知り合いで浅尾あさお留美るみと言います、そ、それで……」

「真琴さんの知り合い……ですか?」

「あ、じゃあ、もしかして、コレと何か関係ある?」


 玄吾が指差すのは、例の福太郎の所有物。それを確認した留美は深々と頷き、彼女がやって来た訳を説明し始めた。




 小笠原おがさわら孝美たかみと名乗った少女の背中を、美晴みはる真琴まことは追って歩く。


「ねえ、どこまで行くの?」


 口を開くこともなく、振り返る事もなく。黙々と歩く孝美に、真琴がなぜか大きめな声で尋ねた。


「黙ってついて来ればいいのよ」


 孝美はやはり振り返る事さえせず、そう言い放って更に歩を進める。


「うーん……このまま行くと体育館の方かにゃー? もしかして、体育館裏へ呼び出して私たちに告白? うにゃー、私そっちの趣味はないんだけど? みはルンもそうだよね?」

「え、え? う、うん……」


 いきなり話を振られて戸惑う美晴。それよりも、美晴にはなぜ先程から真琴が必要以上に大声をだしているのかが不思議だった。

 そんな緊張感のない二人の態度が気に触ったのか、黙々と歩くだけだった孝美の足が止まり、二人へと振り向いた。


「ふざけているの?」


 あきらかに苛立ちを浮かべた孝美に、美晴はたじろいで思わず足を止める。

 だが、隣の真琴はまるで気にした風も見せず、のほほんとそれに応える。


「別にー? 呼び出した用件の詳しい内容も聞いてないのに、どうしてふざける必要があるの?」


 その真琴の言葉に、孝美の苛立ちは更に深まる。


「気に入らないわね。それとも何? 余裕見せているつもり? もしかして、幸田くんや中山くんと知り合って、のぼせ上がっているんじゃない?」

「確かに福太郎くんや玄吾くんとは友達になったよ? でも、友達になるぐらい普通な事でしょ?」

「…………」


 真琴の台詞に舌打ちを一つした孝美は、再び黙って歩き出す。


「ま、真琴……あまり彼女を刺激するような事は言わない方が……」


 すっかり怯えてしまっている美晴は真琴にそう提言するが、当の真琴は相変わらず気にした風をみせない。


「どうして? 私、間違った事言った?」

「う、ううん。でも、間違ってなくても、相手は気に入らないって事があるでしょ?」

「そんな事、当たり前だよ?」

「え?」

「あの孝美って人や私、そしてみはルンは個別の人格を持った人間だもの。意見の食い違いがあるのは当然だにゃー」


 そして真琴は、美晴に向かって不突然にんまりと笑う。


「ど、どうしたの? 真琴? 急に気味の悪い笑い方して……」

「えへへ、嬉しいのさー」

「な、何が?」

「だって今、みはルンが私の事を真琴って呼んでくれたからねー」




 その後、孝美の後をついていった二人が辿り着いたのは、やはりというか体育館裏。

 だが、美晴と真琴の予想外だったのは、そこに数人の少女たちが待ち構えていた事だった。


「あ、あの、これは一体……」


 数人の少女たちから一斉に視線を向けられ、このような視線の集中砲火にまるで慣れていない美晴は、再び怖じ気づいて思わず二、三歩後ずさる。

 そんな美晴の耳に、少女たちが聞こえよがしに囁く声が届く。


「なにあれ。どっちもすっげー普通じゃん。ってか、眼鏡の方むっちゃ地味だし」

「あいつらのどっちかが本当に王子の本命なわけ? だとしたら王子って実は趣味悪いんじゃね?」

「本当に王子の趣味が悪いのなら、私たちがきちんと矯正してあげなきゃねー」


 きゃいきゃいと姦しく悪意ある言葉を振りまく女子生徒たち。

 彼女たちの声を聞いているうちに、美晴の顔は段々と俯いていく。

 自分の容姿が平均的かそれ以下なのは美晴自身がよく理解している。下手をすれば、この場にいる誰よりも外見的には劣っているかもしれない。

 だが今、美晴を傷つけているのは、外見を無遠慮に貶す言葉の刃ではなく、この情況そのものだった。

 それはかつて美晴が経験した事。

 遠くから悪意のある言葉や笑みを美晴にわざと気づくように向ける。しかも、それまで彼女が友達だと思っていた者までもが一緒になって。

 それに耐える事ができなかったから、美晴は今、一人暮らしをしながら実家から遠く離れたこの学校に通っているのだ。

 だが。

 だが、かつてとは違う事があった。

 それは彼女の隣に立つ少女の存在。


「それで? 私たちを呼びつけたのは、そうやって目の前で陰険な悪口を言いたかったから? だとしたらこれでもう気が済んだでしょ? 帰ってもいいよね?」

「ふざけないで!」


 そう叫んだのは孝美ではなく、ここで待ち構えたいて少女の一人だった。


「私が……私たちの誰もがどれだけ勇気を振り絞って王子……幸田くんに告白したか判るっ!? それなのに、例の『魔法のコトバ』の意味が判らないってだけでふられたのよっ!? それなのに……それなのに、あなたたちは何もしなくても王子と仲良くなって……あなたたちだけそんな特別扱いみたいに……そんな事、許せないわっ!!」


 その少女の主張に、周囲の女子生徒たちもそうだとばかりにしきりに頷く。

 今、この場に集まっているのは、その殆どが孝美のようにかつて福太郎に想いを打ち明け、そして玉砕した少女たちである。

 もちろん、この場にいるのが玉砕した者の全てではないし、中には友人知人から頼まれて協力者としてここにいる者もいる。


「で、でも、それはふられた事に対する八つ当たり……」


 だがそれは美晴の言葉通り、彼女たちからしてみれば言いがかり以外の何者でもない。


「何だってぇっ!? もう一回言ってみろっ!!」

「ひっ────っ!!」


 思わず反論した美晴だが、恫喝するような大声に竦み上がってそれを中断させてしまう。

 怯えて知らず震え出す美晴の手。だけど、その震える手をそっと握り締めてくれる存在があった。


「あ……」


 それだけで、手の震えが止まったのを美晴は自覚する。


「大丈夫だよ、みはルン」


 それはかつて、美晴がもういらないと思った存在。いつか裏切られるのなら、最初からいない方がましだと思ったその存在。

 「友達(まこと)」という存在が、美晴の内側に根強く巣くっていた恐怖を払拭した。


「みはルンの言う通りでしょ? 今、あんたたちがしてる事って丸っ切り八つ当たりじゃん」


 真っ正面からきっぱりと言い切る真琴。しっかりと大地に足をつけて立ち、真っ向から群れる女子生徒たちを睨み付けるように見据える。


「福太郎くんの趣味が悪い? じょーだん! 彼の趣味は極上だね! なんたって、こんなことしかできない陰険女たちの本性をしっかり見抜いていたんだからね!」


 面と向かった真琴の挑発に、集まった女子生徒たちから剣呑な雰囲気が生まれる。


「ま、真琴……」

「大丈夫だって、みはルン。」


 どうして真琴はそこまで強気でいられるのだろう。

 そんな美晴の疑問を見抜いたかのように、真琴は美晴に振り向くといつものような笑顔を浮かべた。


「さっきも言ったよね。一応保険はかけてあるって。自分でどう思っているのか知らないけど、みはルンは決して一人じゃないんだよ?」


 そして。

 美晴は改めて思い知る。

 美晴を友人と認識している者は、隣に立っている少女だけではなかったという事を。




「これは一体、どういった情況でしょうか?」

「女同士の場に男の俺たちが乱入するのもどうかと思うが……友人として黙っていられねぇから口挟ませてもらうぜ?」


 美晴と真琴と対峙する女子生徒たちに向けて。

 福太郎と玄吾は静かに、だが威圧するような雰囲気を巻き散らせながらその場に現れた。


「幸田くん……中山くん……どうしてここに……?」

「いやー、さすが王子と騎士。登場のタイミングばっちりだにゃー」

「いえいえ、真琴さんの機転のお陰ですよ。それから彼女の助けもありましたしね」


 福太郎が視線を背後に向ければ、そこには物陰からこちらの様子を心配そうに窺っている留美の姿が。


「……真琴の機転……?」

「ええ。これです」


 そう言って福太郎がポケットから取り出したのは、彼自身の携帯電話だ。


「真琴さんからかかって来たのはいいのですが、聞き取りづらい会話が一方的になされているだけで、最初はどういう事なのか全く理解できませんでしたが──」

「つまり、真琴ちゃんは自分の携帯とコウフクの携帯を通話状態にしたまま、自分や美晴ちゃんの置かれている情況を俺たちに教えようとしていたんだな」


 それを聞いて美晴も合点がいった。どうして真琴が必要以上に大声を出していたのか。それはポケットにでも入っている携帯電話越しに、少しでも彼らに聞こえるようにしていたからだろう。

 しかしよく咄嗟にそんな事考えたよなーと呟いた玄吾に、真琴はえへへーと笑って右手の人差し指と中指を立てたまま元気よく突き出した。

 そして、そんな二人を横目に見ながら、さて、と一息おいた福太郎は、改めてこの場に集まっている少女たちに視線を移す。

 気不味そうに視線を逸らす者、気丈にも真っ向から視線を受け止める者、こそこそと他者の背中に隠れる者など、様々な反応を示す彼女たちに対し、福太郎は溜め息を一つ零すと美晴の横に並び立ち、集まった少女たちに向けて告げた。


「先程聞こえてきたのですが、確かに僕にも非があったのは認めます。いくら僕が付き合う女性に理想を求めたとしても、それをはっきりとあなたたちに説明しなかったのは僕の落ち度です」


 申し訳ありません、と少女たちに対して福太郎は頭を下げた。


「ですが、この際ですから僕も言わせて貰います。僕はあなたたちが考えているような……あなたたちが幻想しているような人間ではありません。僕は──」


 頭を上げた福太郎は、ゆっくりと集まっている少女たち一人ひとりを見詰め、そして告げた。


「──僕はガタ屋なんです」



 『王子と付き合う魔法のコトバ』今年最初の更新です。


 今年最初といいながら、はや1月も後半になってしまいましたが(笑)。お待たせして申し訳ありませんでした。

 今回、書いていて思った事。

 それはどうして真琴があそこまで男前になってしまったのか、という事です。

 いや、彼女はほんのちょい役だった筈なのになー。おかしいなー。


 では、次回も遅くなりそうな予感がひしひしとしていますが、よろしくお願いします。

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