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05-不意打ち

 五月の下旬から上旬にかけてあった中間テストも全て終了し、その結果も全て出たとある週末。

 テスト明けの初めての週末という事で、神無月高校の生徒たちは明るい表情で過ごしていた。

 若干、返ってきたテスト結果が思わしくなく、暗い表情をしている者もいるにはいるのだが。

 美晴の結果は可もなく不可もなくといったところ。

 対して、各教科と総合で上位10位まで張り出される成績上位者の一覧に、その全ての科目の一位か二位の欄に、そして堂々たる総合一位には福太郎の名前があった。

 また、玄吾げんごは総合でこそランクインしなかったものの、数学で八位、物理は六位でランクインし、真琴は前記した暗い表情の一人だったりした。

 二つ上の学年である三年生では、鳴海の名前が総合三位、各教科においても五位以内で見かける事ができた。

 そんな週末の最後の授業が終わり、美晴が下校しようと一人で廊下を歩いていると、前方から玄吾がこちらに歩いて来るのが見えた。

 玄吾も美晴に気づいたらしく、いつかのように手をひらひらとさせながらにこやかに笑っている。


「よ、伊勢ちゃん。今から帰り?」


 互いの距離が近づくと、玄吾の方から声をかけて来た。


「ええ、そうよ。ところで中山くんは一人? 幸田くんと一緒じゃないんだ?」

「おいおい、それじゃまるで俺とコウフクがいつも一緒にいなきゃいけないみたいじゃねぇか」

「でも、これまで見かけた時は、いつも一緒だったじゃない?」

「………………そういやそうだな」


 玄吾はちょっと考えてから、確かにこれまで美晴と会った時は福太郎と一緒だったことを思い出した。


「ま、俺たちもいつも一緒にいるってわけでもないぜ。現に今、あいつは呼び出しの真っ最中だしな」

「呼び出し? 職員室?」


 成績優秀で教師からの受けもいい福太郎が、教室で説教を受けている姿は極めて想像し難い。でも、美晴が呼び出しと聞いて真っ先に連想したのはやっぱり職員室だった。


「いんや。そっちの呼び出しじゃなくて。あいつが呼ばれたのは体育館裏だ」

「体育館裏?」

「体育館裏って言ったら、この学校の告白のメッカだよ、みはルン」

「うわ、堂上さんっ!? どこから現れたのっ!?」

「もー、相変わらずみはルンは冷たいにゃー。いつになったら私の事を真琴って呼んでくれるのかにゃー?」


 美晴の影から突然現れ、美晴の腕にしなだれかかるように甘える真琴に、玄吾は思わずぽかんとした表情で彼女らを見詰めた。


「えっと……こっちの彼女は伊勢ちゃんの友達?」

「はいっ!! みはルンの友達で堂上どのうえ真琴まことっていいます! 以後よろしくね、中山くん! いやー、偶然みはルンが中山くんと立ち話しているのが見えてねー。これは私も仲間に入れて貰わねばと馳せ参じたわけですよ」

「ははは、面白いだな。こっちこそよろしくな?」


 なぜかいきなり意気投合し、ハイタッチなんぞ交わしている二人に若干引きつつ、それでも美晴は先程の真琴の言葉で引っかかっていた箇所を改めて尋ねた。


「ところで、さっき体育館裏がどうこうって言っていたけど、本当なの?」

「うんうん。何でも体育館裏で告白すると成功率が上がるなんてジンクスがあるらしいよ? だから告白のメッカなんて呼ばれてるんだってさー」

「じゃあ、そこに幸田くんが呼び出されたって事は……」

「ああ、今頃コクられてる真っ最中なんじゃね?」


 どうせ結果は判りきってんのになーという言葉を内心だけで付け加えながら、玄吾は美晴の様子をこっそりと興味深く眺めていた。




 彼女には勝算があった。

 王子と付き合うための「魔法のコトバ」。

 その「魔法のコトバ」の内の一つを、彼女は偶然ながら理解できたのだ。

 それは先日、小学校六年生になる弟の部屋での事だった。

 弟が黙って持ち出した彼女の国語辞典を取り返すため、彼女は弟の部屋に入った。

 そして、ごちゃごちゃと散らかった弟の机の上で偶然それを見つけたのだ。

 様々なガラクタ──少なくとも彼女から見ればガラクタ以外の何物でもない──の下に埋もれていたその書物。

 辞書を探してそのガラクタをどけていた彼女は、偶然広げられたその書物を目にした。


「うわっ!! あの馬鹿ったら、こんな気持ち悪いもの、広げたままにしておくなっつーの」


 その類が苦手だった彼女は、極力そこに記載されているものたちを目にしないようにその書物を閉じようとした。

 その時。

 書物に記載されていた「ホペイ」という単語が偶然彼女の目に入ったのだ。

 思わず手を止め、閉じかけていたその書物をまじまじと見入る。

 似たような形をしたそれらが幾つも並ぶ中、確かに「ホペイ」と書かれている個体がそこに記載されていた。

 そして彼女は思い出す。先日、学園の王子に告白し、玉砕した友人とのやり取りを。

 その友人は王子に告白し、そして噂通りに「魔法のコトバ」を言われたのだが、その「魔法のコトバ」を理解する事ができなかった。

 その後、玉砕した友人は彼女にその時の事を色々と愚痴っていたのだが、その際に友人が「『ほぺい』とか『どるくす』とか一体何? あと、『あどる』とか『らんぷり』とか言われても判るわけないじゃない」と言っていたのを、彼女はおぼろげながら覚えていた。


「もしかして、これが「魔法のコトバ」の正体……?」


 何のために王子がこれらを「魔法のコトバ」として選び、使用しているのかは判らない。

 単に、彼が特定の女性と付き合うつもりがなく、断る口実としてこれらの言葉を選んでいるのかも知れない。

 普通に考えれば、これらの言葉を知っている女性はかなり限られているだろうから、その可能性は高いと彼女には思えた。

 だが、今の彼女にとってそれらの事情など、もうどうでもいい事である。

 「魔法のコトバ」の意味を知った今、彼女には自分が王子の横に立って微笑んでいる輝しい未来が見えていた。

 先日玉砕した友人には悪いが、彼女だって王子には入学した時から憧れていたのだ。ならば、彼女の取るべき道は一つのみ。

 急いで自分の部屋に戻った彼女は、机の引き出しから便箋を取り出すと、王子を呼び出すための文章を必死になって考え始めるのだった。




 翌朝、いつもよりかなり早く登校した彼女は、誰もいない一年一組の教室にこっそり入り込み、王子の机の中──王子がどこに座っているのかは以前から知っていた──に、昨日必死に書いた手紙を忍ばせた。

 そして内心そわそわしながら放課後を待つ。

 やがてその日の授業が全て終わり、待ちに待った放課後となる。

 最後のHRが終わると同時に教室を飛び出した彼女は、急いで呼び出しに指定した体育館裏へと向かう。

 やはり、呼び出した側が先に現地にいた方が、何かと相手に好印象を与えると彼女は思ったからだ。

 そして現地である体育館裏にて待つこと数分。問題の王子がこの場に姿を現した。

 王子は彼女の存在に気づくと、特に気負った風もなく淡々と彼女へと近づいて来る。


「あなたが手紙をくれた──?」

「は、はい! 一年三組の小笠原おがさわら孝美たかみと言います! あ、あの──わ、わわわ、私とお付き合いしていただけないでしょうかっ!?」

「僕に関する噂をあなたは聞いていますか?」

「はい、聞いています!」

「そうですか」


 そう呟いた福太郎がすっと背筋を伸ばして、じっと孝美を見詰める。

 いよいよだ。

 孝美は「魔法のコトバ」が王子の口から放たれるのを、どきどきと激しく鼓動する心臓を押さえつけるように両手を自分の左胸に置きながら待つ。

 そして。


「申し訳ありません」

「────え?」


 すっと頭を下げた王子の口から紡ぎ出された言葉は、孝美が期待した「魔法のコトバ」ではなかった。


「実は最近、僕にも気になる女性が現れまして」

「────え?」

「もちろん、あなたの気持ちは一人の男性としてとても嬉しいのですが……いえ」


 下げていた頭を上げた福太郎が、右手の中指で眼鏡を修正しながらきっぱりと告げた。


「正直に好意の気持ちを伝えてくれたあなたには、僕もはっきりとした気持ちを伝えましょう。それが僕なりの誠意だと思いますので」


 一度大きく息を吸うと、福太郎は少々


「少なくとも現時点では、僕は誰とも付き合うつもりはありません」


 福太郎は再び申し訳ありませんと頭を下げながら孝美に告げると、呆然とする孝美を残してその場を後にした。




「えっと……」


 一人体育館裏に残された孝美は、去り行く福太郎の背中を呆然と見送った。


「結局なに? 私は何だったの?」


 誰ともなく呟く孝美。

 偶然「魔法のコトバ」の意味を理解し、王子の隣に立つ自分を夢想した。

 これで王子と付き合える、と。学校中の誰もが憧れる、彼の恋人として自分もまた特別な存在になれる、と。

 それなのに。

 それなのに、実際に告白してみれば、彼の口からは「魔法のコトバ」は出てこなかった。

 それどころか、今の彼には意中の存在がいるという事実を突きつけられる始末。

 これでは自分は道化と変わらないではないか。

 そこまで考え、彼女の中に二つの思いが沸き上がる。

 一つは怒り。

 もう一つは疑問。

 怒りは「魔法のコトバ」の秘密に気づいた自分が、どうして王子と付き合うことができなかったのか、というもの。

 そして疑問は、一体誰が王子の意中の存在なのか、というもの。

 一人きりの体育館裏で呆然と立ち尽くす孝美の中で、二つの感情はやがて一つに収束されて行く。

 即ち、王子と付き合えなかったという怒りが、いつしか彼の意中の存在へと向けられていたのだ。




 福太郎が体育館裏から教室に戻ろうとした途中、そこで見知った顔が幾つか立ち話しているところに遭遇した。


「どうしたのですか? こんなところで揃って一体何を?」


 そこにいたのは玄吾と美晴、そして見知らぬ一人の少女。おそらく美晴の友人か何かだろうと当りをつけた福太郎は、にこやかに三人へと歩み寄る。


「よ、コウフク。今日もお勤めご苦労さん」

「あ、幸田くんだー。ねねね、本当に告白だったの? どうしちゃった? やっぱり断ったの?」

「ええ、お断りしましたよ。今の僕は他の誰とも付き合うつもりはありませんから」


 福太郎がそう言った際、彼の視線が一瞬だけ美晴へと向けられたのを玄吾だけが気づいていた。


「えうー、中々言えるもんじゃないよ、今の台詞。さすが王子だにゃー」

「えっと、ところであなたは?」

「お、彼女は堂上真琴ちゃんといってだな、伊勢ちゃんの友達だそうだ」

「はい! 堂上真琴でっす! よろしくね、幸田くん!」

「こちらこそ、よろしくお願いします堂上さん」


 にこやかに握手を交わす福太郎と真琴。そして真琴の手を放した福太郎は、そのにこやかな表情のまま美晴へと向き直る。


「ああ、そう言えば伊勢さん?」

「え? な、何?」


 不意に名前を呼ばれ、思わず身構える美晴に、福太郎は何でもないことのようにさらりと告げた。


「僕の過去のオオの累代における最高記録は愛知県の定光寺産、F2個体の79.5mmです」

「え? 定光寺産のF2で79.5? うそ、そんなマイナー産地のF2程度でよくそれだけの大き……さ……が……」


 あまりにもさらりと紡がれた福太郎の言葉。そして、それがあまりにも自然だったので、美晴は思わず反応を示してしまった。

 反応した事を後悔する美晴だが、もう全ては遅かった。

 おそるおそる福太郎の様子を窺った美晴は、そこで見る。

 見てしまう。

 自分が反応してしまったリアクションに、福太郎がにやりとどこか黒い笑みを浮かべているのを。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』更新です。


 えー、今回もまた、最後の方で『魔法のコトバ』に関する具体的な事がちらっと出てきました。

 今のところ、『魔法のコトバ』が判ったと報告してくださったのは二人。でも、そろそろこの辺りで更に『魔法のコトバ』の正体が判った人が増えて来るのではないでしょうか。うひひ。

 しかし、あまり引っ張りすぎても興ざめしてしまいそうだし、そろそろ『魔法のコトバ』の正体を明かす頃合いですかね?


 では、またもや次はいつになるか不明ですが、今後ともよろしくお願いします。


 ちなみに、定光寺の79.5mmは雑誌で写真を見た事があります。自分のオオの累代記録は定光寺のF4で77mmです(笑)。

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