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結婚式


 教会に所属する合唱隊が、見事なハーモニーで讃美歌を歌い上げる。

 その讃美歌をBGMにして、一人の男性と一人の女性が互いの瞳を見つめ合っていた。

 神の使徒たる神父が立ち会う中で、その二人の距離は徐々に近づいていき──やがて、互いの唇同士がゆっくりと触れ合う。

 途端、彼らの背後の参列者たちから割れるような拍手が沸き上がる。

 そう。

 今日は結婚式である。

 新郎は幸田徳二郎。新婦は沢村鳴海。いや、たった今、誓いの接吻を交わしたので幸田鳴海と呼ぶべきだろう。

 年の差はかなりあれど、新郎と新婦はとても幸せそうに微笑んでいる。

 参列者の列に並んだ美晴には、距離は少々あれどもそれがとてもよく分かった。




 年が明け、春を間近に感じられるようになった三月。三年生であった鳴海は、神無月高校を無事に卒業した。

 そして、かねてより予定していた通り、彼女は進学も就職もせずに家庭に入る事になる。

 式こそまだだが、卒業式が終わるとその足で徳二郎と鳴海は役所へと赴き、婚姻届を提出したのだ。鳴海は今日からこのまま、幸田邸で福太郎とも一緒に暮らすことになっている。

 結婚式に先駆けて、卒業式の日の夕方から幸田邸ではちょっとした鳴海の卒業と結婚を祝うパーティが行われていた。

 参加者は福太郎に玄吾、そして美晴と真琴のいつもの四人。それに主賓である徳二郎と鳴海、それに加えて、玄吾の恋人──正確には婚約者──の夏菜も加わった七人。本当に内輪だけの小さな祝いの席であった。


「ついに鳴海さんも結婚かぁ。いいなぁ」


 ジュースの入ったコップを両手で包むように持ちながら、結婚というものに憧れがあるのか羨ましそうにそう呟いたのは夏菜だ。

 その彼女の視線は、若干の熱を帯びながらちらちらと隣に腰を下ろしている玄吾へと向けられている。親同士が決めた許婚とはいえ、その関係は相変わらず良好のようだ。

 鳴海と夏菜は、以前より面識があった。当然、福太郎と玄吾を介しての事であるのは言うまでもない。


「これで、鳴海先輩も晴れてコウフクのお袋さんかぁ」

「お母さんって言えば、この前の三者面談、あれはおもしろかったよねぇ」


 しみじみと玄吾が語れば、真琴がにししと笑みを浮かべる。

 三学期の頭にあった生徒と担任、そして保護者で進路に関しての相談する三者面談。その時の周囲の様子を思い出したのだろう。

 もちろん、それには福太郎も出席した。問題だったのは、彼の保護者として出席した者だった。

 その日、父親である徳二郎は〆切前の修羅場の真っ最中で、とてもではないが三者面談に出席することは不可能。

 そこで当初は伯父である聖一郎(しょういちろう)の妻……つまり、伯母が彼の保護者として出席するはずだった。

 しかし、その伯母までもが急用が入り、三者面談に出席することが不可能になってしまった。

 ちなみに、伯母はかつては世界的なピアニストであり、現在では引退しているがそれでもあちこちに引っ張り出されている。福太郎にピアノを初めとした弦楽器を教えたのも彼女である。

 大企業の社長を勤める伯父に、そんな暇があるはずもなく。

 結局、福太郎の保護者として、将来の義母(ははおや)である鳴海が三者面談に出席したのだ。

 福太郎の保護者として出席した鳴海の顔を見た時の、福太郎たちの担任の顔は実に複雑そうだった。

 いや、複雑そうな顔をしていたのは担任だけではない。周囲にいた生徒やその保護者たちもまた、実に不思議そうな顔で福太郎と鳴海を見ていたものだ。

 生徒と保護者が同じ制服を来て三者面談に出席するなど、これまでなかった事に違いないだろう。


「そうそう、三者面談って言えば、結局どうなったの?」


 福太郎の隣に腰を下ろしていた美晴が、彼の顔を見上げながらそう尋ねる。

 学校側としては、福太郎に進学して欲しいようだ。しかし、彼に進学の意志はない。

 結局、福太郎もその保護者の鳴海も納得している事であり、学校側もそれ以上は強く出る事はできなかったようで、卒業後の福太郎の進路は就職という方向で決まったのだ。もちろん、就職先は伯父の秘書であり、ゆくゆくは伯父の跡を継ぐことになるだろう。


「じゃあ福ちゃんは、芸能界からのお誘いは受けないんだ。あのテレビCM、私の学校でも凄く評判だったんだよ?」


 夏菜が残念そうにそう語れば、福太郎は苦笑を浮かべるしかない。

 彼女の言葉通り、福太郎──と美晴──が出演したK-ASのテレビCMは大反響だった。

 特に主役を演じた男優が実は素人の高校生だったという事実は、あちこちの芸能事務所を騒然とさせてさっそくスカウトたちが動き始めた。

 モデルや俳優など、様々なジャンルで福太郎を獲得しようと動く芸能事務所のスカウトマン。

 しかし、福太郎はこの誘いを受ける事はしなかった。

 芸能界に興味などない事に加えて、伯父の跡を継ぐ事は彼の長年の夢の一つでもある。その夢を蹴ってまで芸能界入りする必要などどこにもない、というのが福太郎の結論だったのだ。

 後ろ髪を惹かれつつも、退散するしかないスカウトマンたち。結局跡に残ったのは、山となったスカウトたちの名刺だけ。


「いいんですよ。将来僕は伯父の跡を継ぎ、休日はのんびりとクワガタと戯れて過ごすつもりなのですから」

「あれぇ? 福太郎くぅん? 将来みはルンとは戯れないのかにゃー?」


 にしししと意味深な笑みを浮かべながら言う真琴に、言われた福太郎ではなく美晴の方が真っ赤になる。


「何を言っているのですか? 僕はクワガタと戯れると言ったはずですよ? 僕がクワガタとの触れ合うその場に、美晴さんの姿がないはずがないでしょう」


 きっぱりとそう言い切る福太郎。

 そのあまりにも断然とした言葉に、ぽかんとした表情を浮かべる真琴。

 徳二郎と玄吾は苦笑を浮かべ、鳴海と夏菜は楽しそうに笑いを噛み殺している。

 そんな中で、美晴だけが更に顔を赤くしておろおろと周囲を見回していた。




 結婚式は滞りなく終了し、場は次の披露宴へと移る。

 美晴と真琴もその宴には出席し、新婦の友人席に座っていた。

 福太郎は当然新郎の家族席であり、玄吾と夏菜は一般参加者の席である。

 一般参加の席には徳二郎のアシスタントたちの姿もあり、新郎の刃物のような鋭い目つきと相まって、彼らの事をよく知らない新婦側の出席者などは、新郎がそのスジの者ではないのかと疑ったほどである。

 美晴の周囲には、真琴を除けば見知らぬ者ばかり。彼女が座っているのは新婦の友人席であり、当然そこには鳴海の友人たちがいるわけだが、見知らぬ女性に囲まれて少々肩身の狭い思いの美晴。

 次々と美味しそうな料理が出てくるも、結婚式に合わせたフォーマル系の装いと見知らぬ人たちに囲まれている緊張のため、味などよく判らない有り様だ。

 そんな美晴とは正反対に、真琴は実に美味しそうに料理を楽しんでいた。それに加えて、周囲の鳴海の友人たちともあっと言う間に打ち解け、楽しそうに会話を交わしている。

 そんな美晴を見かねたのか、鳴海の友人の一人が笑みを浮かべながら声をかけてくれた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だからね? それとも、隣に王子がいないと駄目なのかな?」

「あ、い、いえ、そんな事は……」


 鳴海の友人たちに暖かく微笑まれて、美晴は顔を赤くして恐縮する。

 その後は徐々に周囲とも打ち解け、披露宴が半ばを過ぎる頃にはそれなりに緊張も解けて、料理や場の雰囲気を楽しみ始めていた。

 披露宴の方も友人知人たちによる各種挨拶や余興、新婦のお色直しなど順調に進行している。

 そして今、新郎と新婦はキャンドルサービスで各テーブルを回っている所だ。


「大丈夫、美晴ちゃん? 私の友だちたちにいじめられていない?」

「あ、いえ、大丈夫です。とっても良くしてもらっています」


 新婦友人席の蝋燭に点火した際、徳二郎と並び立っている鮮やかな黄色のドレス姿の鳴海が尋ねる。


「ちょっと、あなたたち。彼女は将来、私の娘になるかもしれないんだから、いじめたら承知しないわよ?」


 冗談めかした鳴海の言葉。その言葉に彼女の友人たちは笑って頷いていたが、美晴は改めてその事実を突きつけられて呆然としてしまった。

 このまま福太郎との関係が続き、将来彼と────ともなれば、鳴海は自分にとっても義母という事になる。なってしまう。

 これまで折に触れて福太郎を、「若いお義母さんができて嬉しい?」などと言ってからかってきたが、それが自分の身にも降りかかってこようとは。

 これまで一度たりとも考えた事のないその事実──将来、自分に二歳しか違わない義母ができるかもしれないという、普通では考えられない可能性。

 その可能性を前にして、美晴の視線は少し離れた席にいる福太郎をいつの間にか追っていた。




 披露宴も終盤に差しかかり、終盤最大のイベントであるブーケトスに差しかかった。

 ブーケを投げるのは、もちろん新婦である鳴海。

 会場の中心へと背中を向けて立った鳴海の背後に、彼女の友人たちを始めとした独身女性たちが集まる。

 さすがに新婦が高校を卒業したばかりという事もあり、この宴には独身女性が多かった。

 その内の殆どが年齢的に結婚には程遠い者たちばかりだが、それでも新婦の投げるブーケと受け取ろうと集まった女性たちの目は結構真剣だ。

 ちなみに、美晴はその中に入らずに福太郎の隣に立っていたが、真琴はしっかりと混じっている。周囲がカップルばかりであると知ってから、彼女もそれなりに焦っているらしい。

 披露宴の司会者の合図で、いよいよ鳴海がブーケを投げるという時。

 なぜか、鳴海はくるりと会場の方へと向き直った。

 普通、ブーケトスは背中越しに後ろへと投げられる。それは多くの者が投げられたブーケを拾うチャンスを得るためだ。

 しかし。

 この時、鳴海は会場へと堂々と向き直り、にやりと含みのある笑みを浮かべて、その手のブーケを放り投げた。

 放られたブーケは、緩やかな放物線を描いて宙を飛び、とある人物の手の中にすぽりと収まる。

 途端、会場中──特にブーケを虎視眈々と狙っていた女性たち──から「えーっ?」という声が上がる。

 出席者全員が、いや、会場の司会者も含めたスタッフ一同までもが、呆然としながら投げられたブーケとそれを受け取った人物を見詰める。

 すなわち、福太郎を。

 当の福太郎もまた、困惑して手の中のブーケを眺めていた。

 一体、何を考えて鳴海は自分へとブーケを投げたのか。

 その意図を探るために彼女へと目を向ければ、そこには意味ありげな笑みを浮かべる鳴海の姿。

 そして、その口が小さく動くのを福太郎は確かに見た。


──あなたから、手渡しなさい。


 声なき声で、鳴海が言う。

 これは彼女なりの心遣いなのか。それとも単なる悪戯なのか。

 判断に迷うところだが、それでも福太郎は鳴海の意図を悟る。

 福太郎がブーケを手渡せば、それはある意味でプロポーズとなる。いや、それ以外の意味を持たないだろう。

 それを知り得ながら、鳴海はブーケを福太郎に投げ渡した──いや、押しつけたのだ。

 余計な事をして。

 内心で義母となった女性に文句を言いながらも、福太郎は隣に立つ少女へと向き直る。

 見れば、彼女も鳴海の意図に気づいたのだろう。顔を真っ赤にしながら福太郎の顔とその手のブーケを何度も見比べていた。

 そんな彼女に優しげに微笑むと、福太郎はその少女へとその手のブーケを差し出すのだった。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』は、これを持ちまして改めての完結となります。

 アルファポリス様にて開催されている「青春小説大賞」に合わせての番外編の掲載でしたが、どうにかこうして最後までこぎ着けました。

 現在の順位はお陰様をもちまして12位と大健闘! 予想以上に多くの方からの投票をいただいた模様です。ひょっとすると、「ファンタジー大賞」の時の『魔獣使い』よりも多かったかもしれない(笑)。

 最終的にどう変動するのか判りませんが、できれば少しでも上を目指したいところです。

 当作をお読みになられ、万が一お気に召しましたならば、是非、アルファポリス様にて投票をお願い致します。


 最後に、お気に入り登録や、投票、評価点の投入など、各種支援をいただきました方、そして今日まで当作をお読みくださった全ての方々にお礼申し上げます。


 本当にありがとうございました。


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