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幸田徳二郎

 美晴の前に現れたのは、三十代前半ほどの年齢の男性だった。

 だが、事前に聞いたその男性の年齢は四十代だったはずであり、細身の長身と整った顔立ちが彼を実年齢以上に若々しく見せているのだろう。


「初めまして。福太郎の父親の徳二郎です。ウチの愚息がご迷惑をかけていませんか?」

「こ、ここ、こちらこそ初めまして! 伊勢美晴です! め、迷惑だなんてとんでもないっ!! 私の方こそ福太郎……あ、いえ、福太郎くんにはお世話になって……」


 あまりの緊張に上手く呂律が回らない。それでも何とか自己紹介を終えた美晴は、目の前の男性──福太郎の父親に勢いよく頭を下げた。




 幸田徳二郎。彼は紛れもなく福太郎の父親だった。

 息子同様の落ち着いた物腰や雰囲気は、確かに同じ遺伝子を持っているのだと納得できる。

 顔つきもまた福太郎と同じくとても整っており、息子と似通った箇所が多々見受けられる。

 しかし。

 しかし、なぜか徳二郎のその目つきだけは、息子とは全く似ていない。

 いつも自分へと向けられる穏やかな福太郎の視線を美晴は思わず思い出す。だが、徳二郎のそれは全く逆のベクトルを持っていた。

 冷たいと言うか、ヤブ睨みと言うか。彼の視線には見た者を震え上がらせるような何かが含まれている。

 あり大抵に言えば、彼の目つきはとても悪いのだ。

 その目つきの悪さは、なまじ顔つきが整っているものだから必要以上に妙な迫力を生み出し、仮に「これまで数多くの人間を殺してきた」と言われてもすんなりと信じてしまいそうなほど。

 もしも事前にこれが福太郎の父親であると知らされていなければ、絶対にそうとは信じられないだろう。

 しかもそんな徳二郎がびしっとしたスーツ──どことなく品が感じられないスーツだった──などを着ているものだから、一見すると「スジ者の幹部」のようであった。

 これで先ほど出会った少々ガラの悪いアシスタントたちを従えていれば、誰もが「スジ者の幹部とその部下」と勘違いするだろう。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、美晴さん。確かに僕の父親の見てくれはこんなですが、これで善人には違いありませんから」

「福太郎。実の父親を前にして随分な言いようですね。確かにボクは悪人顔かもしれませんが、そこまで言われる筋合いはありませんね」

「それを自覚しているのなら、もう少しまともな格好をしてください。何ですか、その趣味の悪いスーツは? 大体、どうして今日に限ってスーツなんて着ているのですか? いつもはもっと楽なスタイルを好んでいるのに」

「当たり前でしょう。仮にも息子の恋人と初めて会うのです。フランクな格好で対面などできるはずがありません」


 ぽんぽんと目の前で繰り返される憎まれ口の応酬。

 普段の福太郎からは考えられない辛辣な言葉の数々に、美晴は言うに及ばず真琴までが目を白黒させている。

 唯一、この二人を良く知る玄吾だけは、実に楽しそうに笑みを浮かべていたが。


「担当の編集者が変わる度、いつも初見の編集者は決まって逃げ出すか泣き出すじゃないですか。先ほども言いましたが、そのスーツは何ですか? 趣味が悪過ぎです。それ、ご自分で選んだスーツでしょう? どうして鳴海さんに選んでもらわなかったのですか?」

「鳴海さんならまだ寝ているので、起こすのは忍びなくて。夕べは彼女まで徹夜で仕事を手伝ってもらったし、明け方は二人で……おっと、若い娘さんたちの前で言うことではありませんでしたね。失礼しました」

 徳二郎と鳴海が明け方に二人で何をしていたのか。

 何となく想像がついた美晴と真琴。おそらく二人で肉体言語を用いて愛を確かめ合っていたのだろう。

 思わず赤面した二人に向けて、徳二郎はぺこりと頭を下げた。




「しっかし、福太郎くんとお父さん、声もそっくりなら喋り方もそっくりだねぇ」

「本当。声だけ聞いていると、まるで福太郎が二人いるみたいだったわ」


 一通りの対面と挨拶を終えた美晴と真琴は、福太郎と玄吾と共に福太郎の部屋へとやって来ていた。 徹夜明けである徳二郎はこれから少し仮眠をとるとの事なので、それまでいたリビングでは迷惑をかけるという判断からだ。


「なんせ、父はあの見た目でしょう? 少しでも相手に悪い印象を与えないように、昔から丁寧な言葉使いを心がけていたそうです。僕の場合は、一番身近な存在である父の喋り方がいつの間にか染み付いてしまいまして。声に関しては、人間の声質というのは顎の形や頭蓋骨の形に影響を受けるという説があるそうですよ。その説が本当ならば、親子である僕たちのそれらが似ていても不思議はありません」

「なるほどー。それで声も似ているって言いたいんだ?」


 真琴の言葉に、福太郎はその通りですと答えて微笑んだ。

 福太郎たちがそんなやり取りを交わしている間、美晴は福太郎の部屋の中を見回していた。

 これで二度目となる彼の部屋。ぱっと見た目、前回と変化した所はなさそうだ。

 その時、壁にコルクボードが掛けられているのが彼女の目に入る。

 前回来た時は、そんなコルクボードはなかったはず。そのコルクボードに興味を引かれた美晴は、そのままその前まで歩を進めた。

 そのコルクボードには写真が貼り付けてあるようだ。

 神無月高校の校門前で、玄吾と共に真新しい制服を着た福太郎。どうやら、高校の入学式の時に撮ったらしい。

 他にも福太郎と玄吾がバイクに跨った写真、先程面会した徳二郎と鳴海のツーショット、福太郎、玄吾、鳴海のスリーショットや、美晴たち四人と写った写真などなど。

 福太郎の高校入学以後の思い出と思しき写真たちで、そのコルクボードは埋まっていた。

 そんな彼の思い出の写真を見ていた美晴は、次第に笑みを深めている事に自分で気づいていない。

 写真たちの多くに自分が写り込んでいるのが、美晴には嬉しいやら気恥ずかしいやらで。知らず笑みが深くなってしまうのだ。

 だが、とある写真を目にした途端、彼女の顔から一瞬で笑みが消え、変わりに焦ったような表情が浮かぶ。顔色も一気に赤く変化した。


「ちょ、ちょっと、何よ、この写真っ!? こんな写真、いつの間に撮ったのっ!?」


 福太郎たちへと振り返った美晴が、その写真を指差しながら焦ったような声を上げる。

 その声に何事かと思った福太郎たちは、美晴の背後から彼女が指し示す写真へと目を向けた。


「ああ、この写真なら、先日真琴さんが撮った写真ですよ。それを()()で譲っていただきました」


 美晴の視線が、ゆっくりと真琴へと向けられる。

 確かにここ最近、彼女はデジカメを手に入れたとかでそのカメラを学校にまで持ってきており、何かある度にぱしゃぱしゃとシャッターを切っていた。

 カメラのレンズは時に風景、時に友人である美晴たちへも向けられ、この写真もそんな一枚なのだろう。

 美晴から視線を向けられた真琴は、彼女の追及を笑って誤魔化そうと必死に笑みを貼り付ける。


「え、えへへへー。だ、だって、思いの外、いい写真だったんだもん。福太郎くんに見せたら有償でもいいから是非欲しいって言うから、つい……あ、因みに、その写真の報酬は福太郎くんのお父さんの直筆サイン色紙です」

「真琴ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ごめんなさーいと叫びながら、真琴は福太郎のベッドの中へと素早く逃げ込む。美晴はそんな真琴を、逃げ込んだ布団の上から枕でばふばふと叩いている。


「ああ、もう、それぐらいで勘弁してあげてください、美晴さん。僕のベッドが滅茶苦茶になってしまいます」


 苦笑を浮かべながら、福太郎が二人の仲裁に入る。

 玄吾もまた、仲良く喧嘩する二人の様子に苦笑を浮かべながら、問題の写真へともう一度目を向ける。そこには四角い印画紙の中で、極自然に寄り添った福太郎と美晴が互いに幸せそうな笑みを浮かべている姿があった。




 数時間後。時刻は午後一時を少し過ぎた頃合いか。

 仮眠から起き出した徳二郎と鳴海を交え、福太郎たち四人は再び場をリビングへと移していた。

 今、彼らの昼食を食べているところだ。この昼食は徳二郎より少し早目に起きた鳴海と福太郎による合作である。


「ほんっと、福太郎くんの料理って美味しいにゃー」


 提供された料理を全て平らげ、真琴が心底感心した声を出しながら憧憬の視線を福太郎へと向ける。

 だが、次の瞬間にはその視線は悪戯っぽいものへと一瞬で変化し、向ける先も福太郎からその隣に座っている美晴へと変化した。


「こりはみはルンはかなり頑張らないと、福太郎くんに料理の腕で追いつけないよ?」

「う……」


 きしししと意味有りげな笑みを浮かべる真琴を、美晴は黙って睨み付けることしかできない。

 真琴の言う通り、少なくとも現時点では料理の腕で美晴が福太郎に勝つ要素はないだろう。

 料理以外でも彼女が彼に負けている点は多々あるというのに。主に勉強とかスポーツとか。


「本当に、福太郎は料理の腕もいいのよねえ。でも、安心してね、美晴ちゃん。私でもまだまだこいつには及ばないから」

「伊達に小さな頃から主婦業をしていたわけではありませんからね。でも、鳴海さんもかなり料理が上達しましたよ?」

「あら、それは師匠がいいからじゃない?」

「……父親であるボクの立つ瀬が全くないです……面目ない」


 しょんぼりと肩を落とした徳二郎に、一同が笑い声を上げる。


「次の春からは、その主婦業は私が代わってあげるから。あなたは自分の時間は自分のために使いなさい。いいわね」


 未来の義母(はは)の言葉に、福太郎は柔らかく微笑んで頷いた。

 そんな彼らを見て、美晴は改めて実感する。

 彼らは──徳二郎と福太郎、そして鳴海はもう「家族」なのだ、と。

 福太郎たちを見ていた美晴の脳裏に、実家の両親の事が思い浮かぶ。


──次の休みには、もう一度帰ってみようかな?


 きっと、その時は福太郎も同行を申し出るだろうし、両親もそんな福太郎を歓迎するだろう。

 そんな事を考えながら、美晴も福太郎のような優しい笑みを浮かべながら静かに一同を見詰めていた。




 時間は更に過ぎ、美晴と真琴が帰宅するために腰を上げた。

 徳二郎と鳴海は彼女たちに夕食も一緒にと勧めたが、一人暮らしの美晴はともかく、家族と暮らしている真琴は家族と一緒に食べるからと、その申し出を辞退した。

 もしかすると、真琴もまた幸田家の人々を見ていて自分の家族を思い出したのかもしれない。

 駅まで美晴と真琴をバイクで送る福太郎と玄吾は、ガレージまでバイクを取りに先行した。

 玄関先に残った美晴と真琴は、改めて徳二郎と鳴海の二人に今日一日の事で礼を言って頭を下げる。


「仕事明けのところをお邪魔してしまって申し訳ありませんでした」

「お邪魔しましたー」

「いえいえ、気にしないでください。あなたたちに会いたいと言ったのはボクの方ですから」


 そう言った徳二郎の微笑みは、やはり福太郎と良く似ていた。例の鋭すぎる視線以外は。

 最後に別れの挨拶を済ませた美晴と真琴は、徳二郎たちに背を向ける。

 だが、そんな美晴の背中に、もう一度徳二郎の言葉が飛んだ。

 何事かとゆっくり振り向いた美晴の視線の先で、徳二郎はゆっくりと低頭する。


「何かと手のかかる息子ですが、あいつはあなたの事をかなり気に入っているようです。もちろん、クワガタという趣味以外でも、です。不器用な奴ですが、あなたさえ良ければこれからもあいつをよろしくお願いします」


 徳二郎に突然頭を下げられ、最初こそ狼狽した美晴だったが、彼の言葉が染み込むと同時にゆっくりと落ち着いていった。

 そして徳二郎に頭を上げるように告げると、頭を上げた徳二郎に微笑んで見せた。


「私の方こそ、よろしくお願いします。福太郎に比べると色々と劣っていますが、私もこれから努力していきますから」


 美晴はそう言いながら徳二郎へと右手を差し出した。徳二郎もその意味を悟り、彼女の手を取り柔らかく握り返す。

 門のところで、バイクのエンジン音が聞こえた。

 それを合図に手を放し、もう一度互いに笑みを浮かべて美晴は今度こそ踵を返して門へと歩き出す。

 その途中。

 隣を歩く真琴が悪戯っぽい笑みを浮かべている事に、幸か不幸か美晴は気づいてしまった。


「な、何よ。気味の悪い笑い方なんかして?」

「くひひひ。みはルン、自分でも気づいていないのかにゃー? さっきのみはルンと徳二郎さんのやり取り、まるで嫁入りする花嫁と花婿の父親みたいな会話だったよん?」


 そう言われた瞬間、美晴の顔色は。

 薄暗くなり始めた中でもはっきりと判るほど、赤く染まっていた。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』番外編第二話投稿です。


 今回、本格登場の福太郎パパこと徳二郎氏ですが、いかがなものだったでしょうか?

 それはさておき、当『王子と付き合う魔法のコトバ』は、現在開催中の「青春小説大賞」にエントリー中です。

 お陰様を持ちまして、なかなかの好スタートを切れました。

 閲覧、投票などの支援を下さった皆様、本当にありがとうございます。感謝してもし足りません。

 番外編はもう少し続きますので、暫しの間お付き合いください。


 では、次回もよろしくお願いします。


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