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19-心境



 休みが明けた月曜日。その日、美晴は一日中沈みがちだった。

 そんな美晴を心配した真琴と留美は、学校帰りに半ば強引に彼女の部屋へ立ち寄る事にした。

 そしてそこで、どうして今日一日彼女が沈みがちだったのかを聞き出す事に成功する。

 すなわち、美晴は福太郎から告白された事を二人に告げたのだ。


「お、王子に告白されただとぉっ!?」


 その予想外の事に思わず声を上げる留美。

 だが、そんな留美に反して真琴は落ち着いたものだった。


「あー、ようやく福太郎くん、みはルンに想いを告げたんだねぇ」


 やれやれと言った風の真琴。そんな彼女を、美晴と留美は驚いた顔で見詰める。


「ちょ、ちょっと真琴! あ、あんたもしかして王子の気持ちに気づいていたのっ!?」

「うん、まーねー。ってか、あれは誰でも気づくと思うけど? 気づいていないのはみはルン本人ぐらいでしょ? 玄吾くんや会長さんだって絶対気づいていると思うにゃー」

「いや、私はあんたほど王子と親しくないからよく判らないけどねぇ。あんたは何の心当りもなかったの、美晴?」


 いつの頃からか、留美と美晴は名前で呼び合うようになっていた。そんな留美の質問に美晴は、先程よりも更に顔を赤くしながらぶんぶんと何度も首を振る。


「そ、そりゃあ、随分と親しくしているとは思っていたけど……ま、まさかあの幸田くんがわ、わわわわわわ私をす、好きだなんて……ど、どうしたらいいと思うっ!?」

「どうしたらって、私なら何も迷わずに王子と付き合うけどねぇ。あんたは?」


 留美がそう尋ねた先は美晴ではなく真琴である。


「んー、正直言って、福太郎くんは友達なら最高の友達だと思うけど、実際に付き合うとなるとなぁ……私、あのディープなクワガタマニアには付いていけそうにないもん」

「なるほどねぇ。確かに私もあのガタ屋だっけ? あれには付いていけそうもないわ。と言うより、あれに付いていけるのは美晴だけでしょ?」


 再び二人の視線が美晴に集中する。


「な、何よ? そりゃあ、私だって自分が相当なガタ屋だとは思うけど……」

「福太郎くんにとって、そこが最も重要なポイントなんだろーねー。なんせ福太郎くんの理想の女性は、『クワガタに興味がある人』だからにゃー」


 真琴の言葉に合わせて、留美は腕を組んでうんうんと何度も頷いている。

 クワガタに興味のある女性は皆無ではないだろうが、それでも少数であるのは間違いないだろう。その中でも美晴のマニア度は、決して福太郎に劣らないようなレベルなのだ。彼にとって、美晴は理想を実現したような存在に違いない。

 留美はそんな事を考えていた。


「それで? みはルンはどうするの?」

「どうするって、何が?」

「もちろん、福太郎くんと付き合うか否か、だよ」




「そうか……とうとう言ったのか」

「ええ。美晴さんに僕の気持ちを伝えました」


 幸田邸の福太郎の部屋。玄吾は今、福太郎のベッドで腹這いになり、彼の父親の最新作のコピーに目を通している。

 もちろんそれは彼の父親から頼まれた事であり、いつの頃からか原稿が仕上がると真っ先に目を通し、忌憚ない意見を述べるのが福太郎や玄吾の役目となっていた。


「今回の徳二郎さんの原稿、一段とおもしろいな。こりゃあれか? 鳴海先輩との事が片づいたせいで変なプレッシャーがなくなったからか?」

「いえ、鳴海さんとの結婚が本決まりになって、単に浮かれているだけでしょう。確かに、諸問題が片づいて仕事に集中できるようになった、というのもあるでしょうが」


 福太郎と玄吾は顔を見合わせて笑う。

 父の再婚は素直に祝福するし、嬉しそうな鳴海を見ていると微笑ましく思う。

 今日も鳴海は、幸田邸で夕食の準備の真っ最中である。


「それで、美晴ちゃんの返事は?」

「それが……」


 それまでにこやかだった福太郎の表情が陰る。




「断ったぁっ!?」


 再び留美の声が美晴の部屋に響く。

 真琴も留美のように声こそ上げないものの、その表情には驚愕が浮かび上がっている。


「だ、だって、私なんかが幸田くんと釣り合うわけないじゃない……」

「……釣り合うとか釣り合わないじゃないでしょうが……」


 片手で顔の半分を覆い、あちゃーといった表情の留美。

 確かに留美も、福太郎と美晴が並べば「似合いのカップル」とは言えないと思う。

 あれだけ見た目が整っている福太郎と、あくまでも人並の外見でしかない美晴。誰が見ても美晴では福太郎の隣は役不足と感じるだろう。

 しかし。


「そんな事はどうでもいいんだってっ!! 言いたい奴には好きなように言わせておきなよっ!! 問題なのは、あんたが王子をどう思っているかでしょうがっ!? あんた、もしかして王子の事嫌いだなんて言わないわよねっ!?」


 福太郎と美晴が楽しそうに会話しているところを、留美は何度も見かけている。

 あの様子を見る限り、美晴も福太郎の事はまんざらではないと留美は感じていたのだ。

 例えその会話の内容がクワガタに関するディープなものであっても、当の二人が楽しければ何の問題もないではないか。それが留美の意見だった。


 美晴の事を思いって声を荒げる留美。美晴の心情を推し量り何も言わない真琴。

 二人が見詰める中、思わず俯いた美晴の顔の下にぽとりぽとりと何かが滴る。


「ちょ、ちょっと美晴……っ!? あんた泣いて……っ!?」

「ねえ、みはルン。みはルンが福太郎くんの告白を断ったのは、何か理由があるからだよね? その理由を福太郎君には言ったのかな?」


 優しく諭すような真琴の言葉に、美晴は涙を流しながらこくりと頷いた。




 あまり他人の事情を勝手に言うのは誉められた事ではありませんが、と前置きし、福太郎は美晴の過去を玄吾に語った。

 昆虫が原因で中学時代は周囲から浮いていた事、そしてその原因となったのが、かつて仲の良かった友達であった事を。


「……つまり、美晴ちゃんは怖れているのか? 仲良くなった友達がちょっとした事で離れてしまう事を」

「ええ、そのようです。ですから、高校に入学しても親しい友人を作ろうとはしなかった」

「だけど、おまえに目を付けられて、そこから俺や真琴ちゃんとも関わっちまった、か」

「頭では彼女も理解しているでしょうね。僕や玄吾、真琴さんは決して美晴さんを裏切らないと。でも……」

「心情的にはまだ、割りきれていないってトコか。それで、おまえはどうするんだ?」

「ここで押しても逆効果ですからね。取り敢えずは、彼女が落ち着くのを待つつもりです」


 玄吾から父親の原稿を受け取り、それに目を通しながら福太郎は返答する。

 告白を断られたというのに、実に平然としている親友を見て、玄吾は思わずぽつりと零す。


「……ったく、可哀想になぁ」

「僕が美晴さんに振られたことがですか?」

「違ぇよ。一度目を付けたら絶対に諦めない、どこかの誰かさんに目を付けられちまった美晴ちゃんが、だ」


 呆れたような玄吾の台詞に、福太郎はにやりとどこか含みのある笑みを浮かべた。




「…………そんな事があったんだ……」


 思わず零れた真琴の言葉。それに美晴はいまだに涙を流しながら答える。


「……もぅ……嫌……な……ぉ……友達が離れてい……のは……ったら……だった……最初から……いらな……」


 ごしごしと両手で目を擦り、ぐしぐしと鼻をすすり上げながら。子供のような姿を二人の友達に晒して、美晴はその心境を吐露していく。


「みはルンの気持ちは判らなくもないけど……その心配はいらないと思うな」

「何よ、それ? 王子は絶対に美晴を裏切らないって?」

「ちょっと違うにゃー。私が思うに、福太郎くんってあれで結構しつこく拘るタイプだと思うんだ。その福太郎くんに目を付けられちゃったからね、みはルンは。逆に福太郎くんが見逃してくれるとは思えないんだにゃー」

「ど……ど……いう……こと……?」


 涙と鼻水で汚れきった顔をテーブルの上にあったティッシュで拭いながら、美晴は真琴へと顔を向ける。


「一度告白を断ったからって、それで諦めるような彼じゃないよ? きっと何度も何度も福太郎くんはみはルンにアタックするだろーねー。それこそ、みはルンがどれだけ逃げようが離れようが、彼の方から追いかけてくると思うな、私は」

「あの王子にそんなしつこいイメージはないけどね、私は。現に今日は王子は美晴のところに現れなかったじゃない?」

「そこはあれだよ、あれ。取り敢えず時間を置いているんじゃないかな?」

「なるほどね。しっかし、あんたはよくあの王子を理解しているねぇ。まさかと思うけど、あんたこそ王子に想いを寄せているなんて事はないでしょうね?」

「だーかーらー、福太郎くんはいい友達ではあるけど、彼氏にするのは私の方から遠慮するってばさ」


 探るような留美の視線を、真琴はからからと笑い飛ばす。


「だからさ、みはルン。もう一度よく考えてみよ?」


──過去の事でもなく、周りの事でもない、みはルン自身の今の気持ちをさ? みはルンは福太郎くんの事をどう思っているのかな?


 と、言葉を続けながら、真琴の真摯な瞳が真っ直ぐに美晴を貫いた。




 真琴と留美が帰った後、美晴は電気もつけずに暗い部屋の中で一人で先程の真琴の言葉を思い出していた。

 自分の福太郎への気持ち。

 いつだったか、過去に福太郎に告白した少女たちに体育館裏に呼び出された日。

 それまで一人だとばかり思っていた自分を、福太郎や玄吾、そして真琴といった友達たちが色々な意味で助けてくれたあの日。

 その中でも特に、福太郎があの時に自分に向けて言ってくれた言葉。


──僕はあなたを避けたりはしない。


 それと同時に思い出されるのは、あの時の福太郎の瞳。

 自分に対して真っ直ぐで、しっかりとした信念の込められた視線。

 ひょっとすると、あの時からもう、自分の気持ちは決まっていたのかもしれない。

 その事にようやく思い至り、誰もいない真っ暗な部屋の中で、美晴はなぜか顔を赤く染めながら携帯電話を操作し始めた。




 翌日の放課後。

 福太郎は昨夜送られて来た美晴のメールに従い、一人体育館裏へとやって来た。

 辺りに人影はなく、美晴はまだ来ていないらしい。

 体育館の壁に背中を預け、福太郎は何気なく空を見上げる。

 まさか昨日の内に、美晴の方からアクションがあるとは思ってもいなかった。嬉しい誤算に、思わず福太郎が笑みを浮かべる。

 そして、なにげなく青い空を見上げていた福太郎の耳に、かさりと土を踏む音が届く。

 そちらを振り向いた福太郎の視線の先に。

 真っ赤な顔で緊張気味に微笑む、美晴の姿があった。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』更新です。


 取り敢えず、あと一回続きます。そこで完結の予定。

 とはいえ、突発的に思いついた後日談を書くかもしれませんが。


 ともかく、あと一回だけお付き合いいただけると幸いです。

 では。

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