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18-美晴の過去-2



「今日は御馳走さまでした」


 伊勢家と「すたっぐ・B」の入っているマンションの前で、福太郎は明義(あきよし)聖美(きよみ)に頭を下げた。

 その福太郎の横には、ヘルメットを抱えた美晴の姿もある。

 伊勢家で夕食を御馳走になった福太郎。その後はすっかり打ち解けた明義と聖美と楽しく会話をしているうちに、かなり遅い時間になってしまった。

 伊勢家から福太郎たちの町まではかなりの距離があるので、そろそろ帰路につかないと日付が変わりかねない。


「また来てね、福太郎くん。もちろん、美晴ちゃんと一緒にね?」

「美晴も、いつでも帰って来なさい。ここはおまえの家なんだからね。もし、どうしても帰って来づらいというのなら、幸田くんが店舗に来る時に一緒に来るといい」

「うん。さすがに頻繁には帰ってこれないけど、時々は帰ってくるようにするから」


 両親に対してそう答える美晴の顔に、どこか影が残っている事に福太郎たちは気づいているが、誰も敢えてその事に触れようとはしない。


「では、行きましょうか、美晴さん」

「うん」


 福太郎は愛車であるマグザムのエンジンをスタートさせる。

 おん、とエンジンが一吼えしたところで、二人はそれぞれバイクにまたがった。

 ちなみに、本日購入した菌床ブロック五つのうち二つは、マグザムのメットインに収納してある。

 さすがに容量の大きいマグザムのメットインにも菌床ブロック五つは収納しきれず、残る三つは宅配便で発送済みであった。

 美晴の腕が自分の腰に回された事を確認しつつ、福太郎はマグザムをゆっくりと発進させる。

 背後の美晴が何度も振り返っている気配を背中越しに感じつつ、福太郎はマグザムのアクセルを徐々に開けて速度を上げて行った。




 時計の長針があと半周もすれば日付が変更する頃、福太郎たちは美晴のアパートの前に辿り着いた。

 時間が時間という事もあり、福太郎はアパートの前ですみやかにマグザムのエンジンを切る。


「随分と遅くなってしまって申し訳ありません」


 福太郎は美晴からヘルメットを受け取りながら、ぺこりと小さく頭を下げた。


「別に謝るようなことじゃないでしょ? どちらかというと、こんな時間になるまで引き止めた私の両親が悪いんじゃない?」

「ですが、女性をこんな時間に家に送り届けるというのは、やはり僕の落ち度です」

「気にしなくてもいいわよ。どうせ一人暮らしだし」

「でも、明日は学校がありますよ? こんな時間になってしまっては、明日が辛くなるでしょう?」


 福太郎の指摘に美晴は言葉を詰まらせた。

 今から入浴したり、明日の授業のちょっとした準備をしたりすれば、寝入るのは確実に日付が変更してからになる。

 となると、明日の午前中の授業は色々と厳しくなるのは明白だ。


「でも、それは幸田くんも同じでしょ? ここから幸田くんの家まで、バイクでも三十分以上はかかるし」

「僕は大丈夫ですよ。仮に徹夜したって明日の授業に差し障るような事はありませんから」


 自信たっぷりに宣言する福太郎に、美晴は呆れの含まれた溜め息を零す。

 確かに眼前の優等生は、授業中に居眠りするような真似は決してしないだろう。

 ならば。

 一つの思いが、美晴の宮中に沸き起こる。


「だったら……もう少し……私に付き合ってくれないかな?」


 躊躇いがちに。それでいて彼女の瞳の中に明確な決意の光が浮かんでいるのを、福太郎は見落とさなかった。


「構いませんよ。美晴さんが納得するまで付き合いましょう」


 ただし家に連絡だけはさせてください、と福太郎はポケットから携帯電話を取り出した。




 それは中学に上がった年の事だった。

 美晴の父親の明義は、それまで務めていた会社を辞職し、念願だった昆虫ショップを開店した。

 母の聖美はどこか呆れた風だったが、それでも明義を応援しており、明義を手伝って「すたっぐ・B」の経営を支えた。

 もちろん、父親の影響で大の昆虫好きになっていた美晴もその事を素直に喜び、土曜や日曜などにはショップの商品である昆虫の餌やりなどの世話を手伝っていた。

 そして開店から半年程が瞬く間に経ち、「すたっぐ・B」の経営も波に乗りかけた頃の事。

 ある土曜日の午後。その日、美晴は「すたっぐ・B」の商品の国産オオクワガタの幼虫の餌の交換を手伝っていた。

 その幼虫はとある有名ブリーダーから仕入れた、優良血統個体から産まれた幼虫で「すたっぐ・B」の目玉商品の一つだった。

 明義と一緒に作業する美晴。幼虫を傷つけないように慎重に菌糸ビンの菌床を崩していく。

 やがて、崩した菌床の上にぼとりと巨大な幼虫がこぼれ落ちた。


「うわぁ……」


 国産のオオクワガタとは思えない程に大きく育ったその幼虫。

 菌糸ビンに入っている時から大きいとは思っていたが、実際に取り出すとその大きさは一際だった。

 まるまると太った巨大な幼虫に顔を綻ばせる美晴。

 これだけ大きければ、成虫に羽化した時はどれぐらいの大きさになるだろう。

 売り物の個体であると承知しながらも、美晴はこの幼虫が成虫になる事を期待してやまない。

 まだ見ぬ成虫の姿を想像し、美晴は思わず笑みを浮かべる。

 だが、これがこの後の彼女に重くのしかかってくる事を、この時の美晴はまだ知らなかった。




「その時の私を、あの()が……綾花(あやか)が店の外から見ていたようなの……」


 今、福太郎は美晴の部屋で彼女の過去の話を聞いていた。

 あの後、美晴は福太郎を自分の部屋に招き入れた。

 そして美晴は、自分と福太郎の分の紅茶を淹れると、それを口にしながらかつて彼女の身に起こった事を話し始めたのだ。

 二人は小さなローテーブルを挟み、床に置かれたクッションに腰を降ろしている。

 そして福太郎は、ぽつぽつと語る美晴の話をただ黙って聞いていた。


「綾花は幼馴染で……小さい頃は仲が良かったんだけど、ちょっとした事から互いに疎遠になっちゃってね。中学に入学する頃にはもう口も利かなくなっていたわ」


 そして綾花は、その時の美晴の様子をおもしろおかしく学校で言いふらしたのだ。


──あいつってば、大きなイモムシを素手で触りながらニタニタ笑ってたんだよ? キモチ悪くね?


 と。

 その話はあっという間に学校中に広まり、いつの間にか美晴は周囲から「イモムシ」と呼ばれて敬遠されるようになっていた。


「それから……中学を卒業するまでずっと私は独りだった……。だから、私は思ったの。近くの高校に行けば──知り合いが少なからずいる学校に通えば、きっとまた同じように扱われる。それなら、知り合いの誰もいないずっと遠くの高校に通おう、と。お父さんとお母さんは渋い顔をしたけど、私が学校で孤立していた事を知っていたから、最終的には納得してくれたわ」


 そして美晴は、それまで大好きだったクワガタの飼育を止めた。もう二度と「イモムシ」と呼ばれたくないから。

 それに加えて、彼女は特定の親しい友人さえも作らないように決心した。

 親しい友人にもしも過去の事がばれたら。その友人もまた自分を「イモムシ」と呼び、傍から離れてしまうかもしれないから。

 しかしそう決心した美晴だったが、クワガタへの未練はなかなか断ち切れず、ある日偶然立ち寄った駅前の本屋で見つけたクワガタ雑誌を思わず購入してしまった。


「で、そこを幸田くんに目撃されたってわけ」


 自嘲気味に笑みを浮かべる美晴は、手の中の紅茶の満たされたカップにずっと注がれたままだった視線を、この時初めて上げて正面に座っている福太郎の様子を窺った。

 彼は──福太郎は、目の前に出された紅茶に手を出す事もなく、ただじっと美晴を見詰めたまま彼女の話を聞いていた。


「……大体、僕が予想していた通りですね」


 それまでじっと美晴の話を聞いているだけだった福太郎が、初めて零した言葉がそれだった。

 美晴が語った彼女の過去は、概ね福太郎が以前から予想していた通りの内容だった。彼は美晴が中学時代──もしくはもっと前から──に、何らかの「いじめ」に相当する被害に合っていると予測していたのだ。

 そして今日、美晴の友人だったという綾花という少女と出会い、彼女の美晴に対する態度からそれがほぼ間違いないと確信した。


「以前、美晴さんと真琴さんが小笠原さんたちに呼び出された事がありましたよね? その時にも言いましたが、僕はあなたの過去に何があったのか大体の予測をしていました。そして、今あなたから聞いたあなたの過去は、その予測から大して離れたものではありませんでした」


 それでも、と福太郎は続けた。


「こうしてきちんと話してくれた事、僕はとても嬉しく思っています」


 美晴に向かってにっこりと微笑む。


「そして、やはり小笠原さんの時に言いましたが、僕はあなたの過去に何があろうが、決してあなたを避けたりはしません。おそらく、それは僕だけではなく、玄吾や真琴さん、それに鳴海さんも同じ意見だと思います」


 福太郎と玄吾と真琴。それになんだかんだありながらも、今では良き友人だと思えるようになった鳴海。

 今福太郎が言ったように、彼らは美晴の過去に何があろうが友人として傍にいてくれる。確かに美晴にもそれは確信できていた。


「これも小笠原さんの時に言ったことですが、美晴さんは覚えていますか? 僕の理想の女性像の事を」


 福太郎の理想の女性像。それは彼と同様にクワガタが好きな女性。もしくは、例え好きではなくても福太郎がクワガタが好きだという事を理解できる女性。

 クワガタ以外に趣味的なものがない福太郎が、孝美の起こした騒ぎの時にはっきりそう言ったのを美晴は覚えていた。

 そして今、なぜ彼がそんな何を言い出したのか。その理由がなんとなくとはいえ予想できる。予想できてしまう。


──ま、まさか……ね。幸田くんが……「学園の王子」がまさか……


 美晴は内心で彼の言葉から予想される事を必死に否定する。それでいながら、彼が予想した通りの事を口にしてくれるのを期待している事実にも気づいていた。

 そして。

 そしてとうとう、福太郎はその言葉を口にする。


「僕はね、美晴さん。ガタ屋なところももちろんですが、今日聞いた過去の件も全てひっくるめて、あなたが────」


 真剣な眼差しを美晴に向けながら。それでいて柔らかな、どこか安心感を抱かせる微笑みを浮かべながら。


「────美晴さんが好きです」



 『王子と付き合う魔法のコトバ』更新です。


 な、なんとか今週中に更新できたーっ!! いや、本当に今週は仕事が忙しかった! それに加えて家に帰れば帰ったで子供が相手しろとまとわりついてくるしで、本当にいそがしかったです。

 そして本編ですが、とうとう福太郎が本心を吐露しました。

 当『王子と付き合う魔法のコトバ』も後1話か2話で完結となりそうです。もっとも、その後に何か思いつけば、散発的に後日談を加えるかもしれませんが。


 それでは、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

 では。

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