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14-新たな約束

「私と徳二郎さんの結婚が正式に決まるまでは、流石に色々あったわねぇ。特にウチの両親とか最初は猛反対だったし」


 しみじみと語る鳴海。そんな鳴海を前に、美晴と真琴はさもありなんと頷いた。

 現役の高校生の娘が結婚すると言い出し、しかもその相手が高校生の息子を持つ中年相手とくれば、反対しない両親の方が異常だろう。

 仮に、鳴海が結婚相手として福太郎を両親に紹介していたら、きっと彼女の両親もそれほど反対はしなかったのではないか、と美晴も真琴も考えた。


「──まあ、そんな訳でして。僕的には新しい『義母(はは)』というよりは、新しい『義姉あね』ができる心境ですね」


 今、彼ら──いつもの一年生四人と鳴海──がいるのは生徒会室。

 あの進路指導室前での福太郎と鳴海の衝撃発言の後、しばらくは騒然としたものの、やがて騒ぎは下火になり自然解散。

 しかし、その後で福太郎たちには新たな問題が持ち上がったのだ。

 美晴である。

 彼女は今日、仮病を使って学校を欠席している。

 その彼女がのこのこと教室に顔を出せるわけもなく。進路指導室前で彼女の姿を見かけたクラスメイトも数人いたが、彼らには真琴の方から口裏を合わせてもらうよう頼んである。

 そのため、美晴は一時的に生徒会室に隠れることになったのだ。

 もちろん、それを言い出したのは鳴海。生徒会長として生徒会室の鍵を預かっている彼女は、職権を乱用して生徒会室を美晴の隠れ場として提供した。

 そして放課後になり、美晴と真琴は今回の事件の詳しい話を鳴海や福太郎から聞かされたのだ。


「でも、会長さんと福太郎くんのお父さん、どうやって知り合ったの?」

「それはね、最初は私が彼の一方的なファンだったのよ」

「ファン?」


 首を傾げる美晴と真琴に、鳴海は傍らに置いてあった鞄から何かを取り出して掲げて見せた。


「……漫画……?」

「それも王道一直線な画風の少女漫画……会長さんも漫画なんて読むんだ」


 それは真琴の言葉通り、いかにもな少女漫画であった。

 そのタイトルは『毒薬令嬢突撃物語』。

 とある架空世界の辺境の下級貴族の令嬢が、趣味で集めた各種の毒薬と若干の汚い手段を用いて王妃の座を目指して突っ走る、変化球気味のラブコメ・ストーリー。

 ヒロインの決め台詞である「私の毒薬はとても甘くてよ?」がなぜか妙に受けて、かなりの販売数を誇るヒット作品である。

 そして作者はこれまでに何作ものヒット作を生み出した、実力派の人気漫画家「ぷれ☆あです」。


「あれ? この本、一昨日幸田くんの家に行った時、幸田くんの部屋にあった漫画だよね……?」

「そう言えばそうだにゃー……え? って、もしかして……」


 美晴と真琴の視線が福太郎に集まる。

 対して福太郎はと言えば、どことなく照れくさそうに彼女たちから視線を外しながらぽそりと零した。


「はい。お察しの通り、その漫画の作者「ぷれ☆あです」は僕の父です」

「ええええええええっ!?」




「実はこう見えて、鳴海さんは少女漫画や少女小説が大好物なんですよ」


 福太郎の父である徳二郎と鳴海が出会ったのは三年前。福太郎が中学で生徒会に入り、鳴海と出会ってしばらくたっての事だった。

 今、鳴海は幸田家のある町には住んでいない──鳴海の両親が隣町に念願の一戸建てのマイホームを購入したため、一年ほど前に引っ越した──が、三年前は彼女も福太郎と同じ町に住んでおり、同じ中学に通っていた。

 そして生徒会で会長と副会長として一緒に行動した結果、自然と親しくなり鳴海が以外と少女漫画や少女小説を好む事を知り、彼女が父親の作品を楽しそうに読んでいる姿を目にした時、思わず福太郎が零してしまったのだ。


──おや? 父の作品を読んでくれているのですか?


 と。

 それからの鳴海は凄まじかった。

 元々鳴海は「ぷれ☆あです」の大ファンであり、これまで「ぷれ☆あです」が描いて発売されたコミックは全て所持していた程である。

 その鳴海が「ぷれ☆あです」が実は福太郎の父親である事を知ったのだ。もう彼女は止まらない。

 幸田家へ訪問する約束を強引に福太郎に取り付け、鳴海は憧れの作家と対面を果たす。

 その時の鳴海の舞い上がり方は、端から見ていた福太郎の腹筋を破壊する程の威力を秘めていたとかいないとか。

 その後、鳴海は当然のように頻繁に幸田邸を訪れるようになり、次第に徳二郎とも親しくなっていった。

 そして、この事が福太郎と鳴海の関係で色々と噂と憶測が飛び交う事となったのだが、まさか鳴海の目的が福太郎ではなくその父親であったとは誰も思いもしなかった。


「まあ、その後も色々ありましたが、ようやく最近になって二人は結婚までこぎ着けたってわけです」


 美晴と真琴は福太郎の説明を二の句が継げない思いで聞いていた。

 どちらかといえば、落ち着いた印象の鳴海がそれほどまでに情熱的であったとは。

 そして漫画や小説などを好むという可愛い一面もあると知り、真琴などは以前よりも親近感を抱いたほどだった。


「なるほどねー。確かに人気作家の「ぷれ☆あです」さんなら、あの大きな家に住んでいるのも納得だにゃー」

「あれ? でも、私は幸田くんの家は大きな会社の経営者をしているって、以前真琴から聞いたけど……?」


 美晴の問いかけに、福太郎は一瞬だけおや、といった表情を浮かべた。


「それは伯父の事でしょう。僕の伯父……聖一郎(しょういちろう)伯父さんは、確かに大きな会社を経営していますから」


 そして福太郎は、美晴と真琴に「K-AS」という会社を知っているか尋ねた。


「うーん……聞いたことあるけど、どんな会社かまでは知らないにゃー」

「私も真琴と同じ、かな。テレビなんかでCMは見かけるよね?」


 コウダ・オートマチック・システム。通称K-AS。

 自動車のオートマチックトランスミッションや、カーナビなどの製造開発を手がけ、特にトランスミッションは国内シェアの六割以上を占める企業である。

 最初は福太郎の祖父が起こした町工場に過ぎなかったのだが、徐々にその業績を伸ばし、今では福太郎たちが暮らす市内に本社を置く地元でも有数の大企業に成長した。

 美晴の言うように、テレビCMや地元のスポーツチームのスポンサーなど、その名前を目にする機会は何かと多い。


「とはいえ、聖一郎伯父さんとは血縁であるという以外、我が家の家計事情には何の繋がりもありません。まあ、小学生の頃などは、人より多めにお年玉をもらっていた自覚はありますけどね」


 と、福太郎が肩を竦めながら言うと、鳴海が手首の腕時計を確認しながら続けた。


「さて、そろそろ最終下校時間よ? この辺でお喋りもお開きにしましょうか」


 気づけば太陽は随分と傾き、部屋の中までその赤い光を投げかけていた。

 福太郎たちはその言葉に従い、生徒会室を片づけ始める。

 とはいえ、ただ座って話をしていただけなので、後片付けもあっという間に終わってしまったが。

 鳴海が一番最初に部屋から出て、それに玄吾と真琴が続く。

 そして真琴に続いて生徒会室を出ようとした美晴を、福太郎が不意に呼び止めた。


「ありがとうございました、美晴さん」

「え? どうしたの、急に?」


 突然礼を言われて面食らう美晴に、福太郎はにこやかに微笑みかけた。


「僕を心配して、急いで学校に駆けつけてくれたのでしょう?」


 すっと美晴に近づいた福太郎は、その手で今日は三つ編みにされていない美晴の髪に触れる。

 普段は大きく三つ編みにされている美晴の漆黒の髪。その髪は今日、緩やかなウェーブを描きながら背中に流されていた。


「髪、こうやって降ろしている方が似合いますよ?」

「え、ええ? ちょ、ちょっと幸田くん……」

「それに今日は眼鏡もありませんね?」

「あっ!?」


 そう言われて初めて、美晴はいつもの眼鏡をかけていない事に気づいた。


「いつもかけているあの眼鏡……伊達眼鏡ですね?」

「き、気づいていたの……?」

「ええ。何となくそうではないかな、とは思っていました。確信したのは今日ですけど」


 いつもかけている眼鏡がなくとも、普段と同じように振る舞う今日の美晴を見て、福太郎は彼女の眼鏡が伊達である事を確信した。

 美晴は何となく嘘を見抜かれたような心境になり、ついと視線を福太郎から逸らす。


「美晴さんがなぜ、一人でいようとしていたのか。そしてなぜ、敢えて目立たないような格好をいつもしているのか。僕にはその理由が何となくですが判っています」


 一度は福太郎から逸らされた美晴の視線。その視線が再び彼へと向けられた。

 そして何かを言おうとした美晴を、福太郎は柔らかく遮る。


「今は何も言わなくても結構。僕もあなたが隠している事を玄吾や真琴さんに言うつもりはありません」


 ですが、と福太郎は言葉を続ける。


「これだけは覚えておいてください。いつかも言いましたが、僕はあなたを裏切りません。いえ、僕だけではなく、きっと真琴さんも玄吾も、そして鳴海さんも。僕たちはあなたを裏切ることはないでしょう」


 それだけ告げると、福太郎は美晴から離れて生徒会室の出入り口へと向かう。

 今、美晴の頬が夕日とは違う朱で染められている事に福太郎は気づいていたが、当然その事には触れない。

 そして出入り口の一歩手前まで来た時、彼はもう一度美晴へと振り向いた。


「良ければ、また僕の家に来ませんか?」

「え?」

「一昨日はあんな結果に終わってしまいましたからね。改めて、僕が育てたクワガタたちを見に来ませんか?」


 そう言われて、美晴は今更ながらに思い出した。

 一昨日の土曜日、彼の家に行ったのは彼が飼っているクワガタたちを見に行ったという事を。

 あの時は鳴海の爆弾宣言があったおかげでそれどろこではなくなり、いきなり帰ってしまって虫を見せてもらうどころではなかったのだ。

 そして美晴は、彼が育てたというクワガタに急に興味が湧いた。


「判ったわ。今度の土曜日、改めてお邪魔させてもらってもいい?」

「ええ、喜んで。美晴さんが来ると知れば、きっとまた鳴海さんが張りきってもてなすでしょうね」


 一瞬だけ互いに見つめ合い、そして微笑み合う二人。

 鳴海が福太郎の家にいると知っても、美晴の心に重くのしかかるものはもうなかった。




「……出てこねぇな、あの二人。何やってんだぁ?」


 いつまで経っても生徒会室から出てこない二人に、様子を見ようと生徒会室へと一歩踏み出した玄吾を真琴が慌てて止めた。


「ちょ、ちょっと、玄吾くん! 少しは空気読もうよ!」

「え? あ、ああ、そういう事か」

「さ、あの二人は放っておいて、私たちは帰りましょうか」

「あれ? 生徒会室の鍵はいいの、会長さん?」

「大丈夫よ。福太郎も鍵、持っているから。私もこれ以上は邪魔するつもりないし」


 と、福太郎と美晴の知らぬところで、彼らの友人たちは勝手な事を言い合っているのだった。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』ようやく更新しました。


 いや、おかしい。本当なら月曜日に更新していたはずなのに、気づけば今日はもう木曜日……そうか、これがウラシマ効果という奴かっ!!


 とりあえず、一連の騒動はこれにて決着。次から新展開となります。


 では、今後もよろしくお願いします。

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