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13-婚約の真実

「美晴ちゃん、急にどうしたんだ?」


 駅のロータリーにバイクを停め、玄吾は不思議そうな顔で福太郎に尋ねた。


「いえ、何か急用があるとしか……僕にもよく判りません」


 福太郎と玄吾が、福太郎の父親にお茶を届けて飼育部屋に戻った時、美晴が急に帰ると言い出したのだ。

 理由を尋ねても、急用を思い出したとしか言わない美晴。

 当然、美晴が帰るのなら真琴も帰ると言い出すわけで。

 そんな美晴を怪訝に思いながらも、福太郎たちはこうして彼女らを最寄りの駅までバイクで送りに来たのだ。


「何かあった……と考えるのが妥当でしょうが……」

「だとすると、絶対に鳴海先輩が絡んでいるな」


 苦虫を噛み潰したような顔でぽつりと零す玄吾。

 鳴海が絡んでいるとするなら、どんなに鳴海に詰め寄ったとしても、その真相を明かしてくれはしないだろう。

 今までの付き合いで、彼女の性格はよく知っている。言い出したり、やり出しりした事は絶対に最後まで貫き通す。それが沢村鳴海という女性だ。

 そしてその場合、周囲に多くを語らないということも。

 走り出したら絶対に止まらない彼女のその性格は、つい最近も周囲からは到底なし得ないだろうと思われた事をとうとう達成させてしまい、最近になってそれを聞かされた玄吾は、その時とても驚いたものだ。

 ただし、基本的に彼女は知り合いの不利益となるような事だけは絶対にしない。その点だけは福太郎も玄吾も疑う余地はない。

 ならば、きっと彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。


「取り敢えず、週明けにそれとなく美晴さんの様子を見てみましょう」

「だな。それか、真琴ちゃんを通じて何らかの情報が入ればいいけどな」


 玄吾の言葉に福太郎が頷くと、二人は共にバイクを発進させた。




 自宅に到着し、部屋に入ってしばらくした時。

 不意に携帯電話の着信音が響き、ディスプレイ上でその発信者を確かめた時、彼女の表情は見るからに不機嫌な色に染まった。


「……もしもし?」


 それでも性格上、着信を無視するようなことはせず、不機嫌丸出しの声で応答する。


『──随分と不機嫌な声ね? やっぱり嫌われちゃったかしら?』


 当然でしょうが! と叫びたくなるのを必死に押さえ、それでも刺だらけの声で用件を尋ね返す。


『協力を要請したいのよ』

「はあっ!? どうして私があなたに協力しないといけないのっ!? どっちかってぇと、私、あなたの事は敵認識しているんですけどっ!?」


 はっきりと敵対宣言をしたにも関わらず、電話の向こうから聞こえてきたのは何とも楽しそうな笑い声。

 当然、苛立ちは更に募り、そのまま一方的に通話を切ろうとした時。

 彼女のその言葉が耳に届いた。


『一応、これは彼女のためを思ってした事なんだけど……いえ、正確にはあいつのため、だけどね。結果的には彼女のためにもなるはずよ』


 彼女のため? 今更何を言い出すのか、この女は。

 苛立ちは怒りに進化し、どなりつけて通話を切ろうと決心する。

 しかし、それよりも早く、彼女は電話の向こうで更に言葉を続けた。

 そしてその言葉を聞くうちに、怒りはすっかり収まり、代わりに沸き上がってきたのは興味と好奇心。

 この時点で、すっかり電話の向こうの彼女の話術に嵌っていたと言えるが、幸いその事に気づいたのはもっと後になってから。


「それで? 私は何をしたらいいの?」

『噂を流して欲しいのよ。私が今日、あなたたちに告げた内容をそのまま噂にして欲しいの』

「いいの? そんな事して? 別に私はあなたがどんなに困っても知ったこっちゃないけど、福太郎くんに害が及ぶような事はしなくないよ?」

『その点は大丈夫よ。あいつ、無駄に学校側の信頼があるから。まあ、その点は私も信頼されていると自負しているけどね。だから私たち二人が正直に学校に説明すれば、変なお咎めは受けないでしょう』


 その後、電話の向こうから聞かされた内容に諾と答えて通話を終了させる。

 待ち受け状態に戻った携帯電話を眺めながら、思わず顔を綻ばせる。


「ふーん。こりは何となく、面白くなりそうな予感がするにゃー」




 週明けの月曜日。福太郎が登校すると、彼を待っていたかのようにクラスメイトたち──主に女子──が彼を取り囲んだ。


「ど、どうかしましたか?」


 いきなりの状況に、さすがに狼狽えつつ福太郎が質問すると、取り囲んだクラスメイトの一人が意を決したように尋ね返してきた。


「ね、ねえ、幸田くん! 三年の沢村先輩と婚約したって本当っ!?」


 思わず右手で目を覆い、天を見上げる福太郎。

 道理で学校までの道すがら、皆がいつも以上──普段から視線は常に集めている──に自分を見詰めていると思えば、そんな話が出回っていたとは。

 おそらくこの調子では、この噂は学校中に広まっているだろう。

 そして先週の土曜日の美晴の態度の急変が、これに関わっている事も容易に想像がつく。


「噂の出所は……当然、彼女ですね」


 相変わらず突飛な行動をする人だ。福太郎は内心で溜め息を一つ吐く。

 ようやく彼女がらみの例の騒動が終わって落ち着いたかと思えば、またこうして別の騒動を引き起こす。

 彼女は外見とは裏腹に、極めて行動的な人物だった。それもこちらの想像を遥かに飛び越す方向で。

 取り敢えず福太郎は、クラスメイトたちに婚約という事実はないと告げると、自分の席につきながら、さて、どうやって鳴海からその目的を聞き出そうかと、その優れた頭脳をふる回転させ始めた。




 その日、美晴は学校を休んだ。

 これまで小中を通して皆勤賞が秘かな自慢の彼女だったが、今日だけはどうしても学校へ行きたくなかったのだ。

 学校には体調不良と電話を入れ、そのまま着替えもせずにベッドの中でごろごろと過ごす。

 その脳裏に浮かび上がるのは、土曜日に鳴海から告げられた婚約という事実。

 あれ以来、事あるごとにあの時の事を思い出して夜も満足に寝られず、体調がいまいちというのもあながちでまかせではない。

 そしてそんな調子でもうすぐ昼になるという時、不意に携帯が鳴った。確認すれば、発信者は真琴である。

 おそらく、いきなり休んだ自分を不思議に思って電話をかけてきたのだろう。

 そんな真琴の心遣いにちょっぴり心が浮き上がった美晴は、ベッドの上に座り直して電話に出た。

 だが、電話の向こうから聞こえてきたのは、切羽詰まったような真琴の声。


『大変だよ、みはルン! 福太郎くんが沢村先輩との婚約騒ぎで、生徒指導室に呼び出されちゃったんだよっ!!』




 婚約の噂は当然教師たちにも伝わり、その真偽を確かめるために生徒指導室に呼び出された福太郎と鳴海。

 現役の生徒会長と副会長が揃って生徒指導室に呼び出されるという前代未聞のこの事実は、あっという間に全校生徒に広まった。

 そして今、福太郎と鳴海は生徒指導室に集まった、学年主任や生徒指導担当の教師、そしてそれぞれの担任教師らに真実を打ち明けていた。


「は……?」


 それが福太郎たちから事実を知らされた、教師たちの第一声。

 教師たちのその表情に、実に信じられないという感情がありありと浮き出ている。


「そ、それは本当なのか、沢村?」

「はい、本当です。私はこの学校を卒業したら結婚します。これは進路指導の時に担任の先生に打ち明けるつもりでしたが、この際なのでここではっきり言います。私は大学へは進学せず、結婚して家庭に入ります。もちろん、この事は福太郎──いえ、幸田くんのお父さんは当然として、私の両親も了解済みです」


 鳴海の両親も了解済み、という言葉に福太郎は苦笑を浮かべる。その両親の了解を取り付けるのに、どれだけ彼女たちが苦労したか知っているからだ。

 そんな彼の前で、鳴海と教師たちは喧々諤々と口論を繰り広げていた。

 考え直せ、結婚は大学を卒業してからでも遅くないだろう、という教師たちに対し、一歩も引かない鳴海。

 きっとこの口論は鳴海の勝利で終わるだろう。一人口論から外れた福太郎はそんな事を考える。

 そして約一時間後。福太郎の予想通り、鳴海は勝利をもぎ取るのだった。




 福太郎と鳴海が揃って生徒指導室を出ると、そこには大勢の生徒たちが集まっていた。

 その生徒たちに向かって、鳴海は隣の福太郎の腕をその胸にかき抱くと、勝利を告げるVサインを出す。

 それが意味するものを理解して悲鳴や歓声を上げる生徒たちを押しのけて、玄吾が福太郎たちの前へと進み出た。

 よく見れば、その後ろには真琴と一緒に美晴の姿もある。

 更によく見れば、美晴の髪は整っておらず、いつもの黒縁眼鏡もない。

 美晴は福太郎が生徒指導室に呼び出されたと聞き、取る物も取り合わずに着替えだけをして学校に駆けつけたのだ。

 だが、その美晴の表情は冴えない。仲睦まじそうに腕を組む福太郎と鳴海を前にして。

 玄吾も真琴も美晴の様子に気づいているが、敢えてそれには触れずに福太郎たちに呼び出された結果を尋ねる。


「どうだった? 何かお咎めはあるのか?」

「いいえ、特にありません」

私の(・・)結婚についても認めざるを得ないわよ。いくら学校だって、卒業してからの事まであれこれ口出しできないもの」


 鳴海の口から「結婚」という単語が出た時、再び周囲から悲しみの篭もった悲鳴が上がる。

 しかし、当の鳴海は嬉しそうににこにこと福太郎に一層寄り添う。

 そんな鳴海に溜め息を一つ零すと、福太郎は告げた。


「そろそろ、真相を明かしてもいいですか、鳴海さん?」

「あら、もう明かしちゃうの? もっと周りが騒ぐのを楽しんでからにしない?」

「生憎と、僕にそんな趣味はありません。それに……」


 福太郎の視線は、真っ直ぐに美晴へと向けられる。


「正直、これ以上誤解させたままにはしたくないんですよ」


 福太郎が誰を誤解させたままにしたくないのか。

 その事に気づいたのは、玄吾と真琴。そして鳴海。

 だから鳴海は、福太郎に向かってにっこりと微笑む。その微笑みを受けた福太郎は、改めて集まっている生徒たちに向けて説明する。

 いや、彼が言葉を向けているのは、生徒たちではなく唯一人。


「──今回、鳴海さん……沢村先輩と僕が婚約したという噂が流れました。確かに沢村先輩が高校を卒業したら結婚するというのは事実ですし、僕と彼女が家族になるというのもまた事実です。ですが、彼女が結婚するのは僕ではありません」


 この言葉に、周囲の喧騒がぴたりと止み福太郎に注目する。

 そしてまた、美晴も同様に、不安そうな顔を浮かべながらもじっと彼を見詰めていた。


「沢村先輩が結婚する相手は僕ではなく────」


 ここで一拍。敢えて溜を作り、福太郎はその破壊力極まりない一言を解き放つ。


「────幸田徳二郎、つまり僕の父親です」


 空白。

 まさに一同は空白となった。例外は事前にこの事を知っていた玄吾と真琴ぐらいだろう。

 当然、美晴もまた同じように空白となる。

 確かに数日前、福太郎の父親が再婚するとは聞かされた。そして、その再婚相手がかなり若い女性であることも。

 だからといってそれが、現役の女子高校生であるなど誰が想像するだろうか。

 そして、美晴は土曜日の例の鳴海の告白もまた思い出した。

 あの時、鳴海は婚約し、将来幸田家で暮らし、福太郎と家族になると言った。


(……確かに……確かに、嘘じゃないけど……)


 なぜ、そんな誤解されるような言い方をしたのか。

 そんな思いを込めて鳴海を見れば、彼女は意味有りげな笑みを美晴へと向けていた。


(────え?)


 そして。

 そして、鳴海の笑みの意味が理解できず、混乱していた美晴に、隣にいた真琴がそっと囁く。


「どうだった? 会長さんが婚約した相手が福太郎くんじゃなくてほっとした?」


 弾かれるように真琴へと振り向けば、そこには鳴海と同じような笑みを浮かべた真琴の顔。

 鳴海の意外な結婚相手を知り、先程以上に騒ぎ出した周囲を余所に、美晴は自分が抱える感情に初めて目を向けようとしていた。



 『王子と付き合う魔法のコトバ』更新しました。


 本当なら『怪獣咆哮』か『辺境令嬢』のどちらかを書こうと思っていたんですが、何となくこれが早く書きたくてこっちを優先しました。

 いや、別に、前回の話を公開した途端、お気に入りが減ったからなんて理由じゃありません。

 本当だよ?

 前回の話を公開した時、いただいた感想で「鳴海の相手は福太郎じゃないような?」と鋭い指摘を受けました。はい、その通りです。鳴海の相手は福太郎じゃありませんでした。

 今回の話を読んで「えーーーーっ」と思われた方が一人でもおられれば、きっと自分の勝ちです(←何が?)。


 さて、次は『怪獣咆哮』か『辺境令嬢』を更新したいと思います。


 では、次回もよろしくお願いします。

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