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10-昼休みにて


「えっ!? 結婚っ!?」


 場所は昼休みの生徒会室。

 本来なら無人のはずのそこに、真琴の大きな声が響いた。


「ええ。と言っても、今すぐではなく、次の春以降の話ですけどね、僕の父の再婚は」


 今、この生徒会室にいるのは、最近ではいつものメンバーとなりつつある美晴と真琴に玄吾、そして福太郎である。

 もちろん、本来なら部外者立ち入り禁止である生徒会室にこうして四人が入り込んでいるのは、福太郎が現生徒会副会長としての権限を使用したからに他ならない。

 最近、というか先日の一件で福太郎の『魔法のコトバ』は全て明かされ、彼が重度のガダ屋である事はあっという間に学校中に知れ渡った。

 そして、その『魔法のコトバ』を解き明かした、美晴の存在もまた。

 だが、福太郎と美晴の関係は彼氏彼女や恋人同士というよりは、同好の士または同じ重度の虫マニアとして周囲に認知されているらしい。

 それでも、この四人で固まっていると、どうしても注目を集めてしまう。

 食堂などで一緒に昼食を摂ろうものなら、周囲から色々な視線を向けられて落ち着かないことおびただしく。

 そこで福太郎が副会長としての権限を駆使し、昼休みは無人となる生徒会室が彼ら専用の食堂となったのだ。


「で? で? 新しい義母おかあさんになる人ってどんな人? 福太郎くんは当然合ったことあるんでしょ? やっぱり美人? あ、もしかして、今福太郎くんが食べているお弁当って、その人が作ったモノだったりする?」


 玄吾はもちろん、美晴も真琴も福太郎に母親がいない事は知っている。

 美晴は他人の家庭の事情だし、根掘り葉掘り聞くのもどうかと思って詳しく尋ねようとはしなかったのだが、どうやら真琴は好奇心の方が勝ったらしく、この話題に積極的に食いついて行く。


「ちょっと、真琴。余所様の家庭の事にあまりくちばし突っ込んだら失礼だよ?」

「あ、そっか。ごめんね、福太郎くん」

「いえ、気にしないでください。でも、父の再婚に関しては色々と問題がありましたから。それらもようやく片づいて僕もほっとしているんです」

「問題? 何かあったの?──あ、ごめん」


 反射的にそう質問して、これじゃあ真琴と一緒じゃないかと内心で反省する美晴。

 そんな美晴に、福太郎は微笑みながら彼女の質問に答えてやる。


「まあ、色々とありましたね。相手の女性というのが初婚という事に加えて年齢も若い方でして、ご両親が父との結婚にあまりいい顔をしていなかったんです。ですが二人の努力の結果、ようやく結婚を許してもらえました」

「ま、それも仕方ねぇんじゃねえの? 娘が連れてきた結婚相手がかなり年上ってだけでも両親にしてみれば懸念事項だし、しかも相手は再婚で高校生の瘤までついているんじゃな」

「ほぇー、確かに玄吾くんの言う通りかも。その人の両親からすれば、高校生の子持ちが相手っていうのは厳しいよねー」


 と、真琴がそう言った時、福太郎のポケットから軽快な音楽が零れ出た。


「失礼。電話のようです」


 一言断りを入れた福太郎は、三人に背中を向けながら電話に出る。


「はい、幸田です。どうかしましたか?……ああ、その件ですか。その件なら相手の窓口は営業課の松永さんですが……え? 担当が急に変わった? 判りました。後で僕の方から直接松永さんに連絡を入れて確認してみます。ええ、お手数ですがお願いしますね、小野さん。では、放課後にもう一度連絡を入れます」


 電話を切り、再び三人の方へと振り向いた福太郎を、美晴と真琴はぽかんとした表情で彼を見ていた。


「美晴さん、真琴さん、どうかしましたか?」


 例の「魔法のコトバ」の一件以来、福太郎と玄吾は美晴を名前で呼ぶようになった。

 自分だけ名字で呼ばれている事に疎外感を感じた美晴が、二人にそう呼ぶようにと言い出したからだが、そのくせ当の美晴はと言えば、福太郎と玄吾をなぜか名字で読んでいたりする。


「……今の電話って何? なんか、仕事中のビジネスマンみたいな内容だったけど?」


 美晴がそう尋ねると、真琴もこくこくと何度も頷いている。

 そんな二人に柔らかく微笑むと、福太郎はバイト関係の電話ですよと答えた。


「バイトって何やっているの?」

「親戚で商売をしている家がありまして。そこの手伝いです。今の電話もそこで取り扱っている商品の仕入れに関してですから、確かにやっている事はビジネスマンとあまり違いはないかもしれませんね」

「へー、福太郎くんのバイトって親戚の手伝いなのかー。もし割のいいバイトだったら、私にも紹介してもらおうと思ったのににゃー」


 親戚の商売の手伝いと聞き、美晴は彼が個人経営の小さな店舗で店員をしているところを想像した。

 彼女が思わずそれを連想したのは、美晴の実家もまた個人経営の店舗を営んでいるからだ。

 福太郎の親戚がどんな商品を扱っているのかまでは判らないが、彼が店員をする時は、きっとその店は若い女性客にはこと欠かないだろうなぁと考えながら、ふとある事に思い至った。


「ねえ、今思い出したんだけど、うちの学校ってバイト禁止よね? それなのにいいの? 生徒会の副会長が率先して校則違反して」

「それなら心配はありません。学校には届け出て正式な許可をもらっています。あくまでも親戚の家の手伝いですからね。学校側としてもそれほど強く言えないようでした」


 にっこりと笑って美晴に告げる福太郎。

 それを見た美晴は、きっとこいつはこの笑顔で学校側をだまくらかしているんだろうなーと邪推する。


「ふーん、でも意外だにゃー。福太郎くんなら、どこかのクラブでピアノでも弾いているのがぴったりなのに。そういえば、福太郎くんってピアノとか弾ける?」

「ええ。叔母が楽器関連はちょっとうるさい人でして、その人に仕込まれて弦楽器の類は一通り弾けます」


 そう言った福太郎に、美晴はきょとんとした顔をする。


「弦楽器? 弦楽器ってヴァイオリンとかだよね? ピアノは違うんじゃないの?」

「ピアノは弦楽器に分類されるという考え方もあるんですよ。ピアノはピアノ線という『弦』を叩いて音を出しますからね。もちろん、そうではないという考え方もあるそうですが」

「ふーん。で、バイトして稼いだお金はどうするの? 何か欲しい物があるとか?」


 真琴のこの問いに、福太郎はくいっと指で眼鏡を押し上げて位置を修正すると、さも当然とばかりに言い放った。


「何を言っているんです? 当然、バイト代はクワガタの飼育関連に使うに決まっているじゃないですか」




「随分と楽しそうね。私もご一緒させてもらってもいいかしら?」


 突然の声に四人が一斉に振り返れば、弁当らしきものを片手に持った鳴海の姿があった。


「あ、会長さんだ。いやふー、会長さん」


 鳴海はにこにこと笑いながら手を振る真琴ににっこりと微笑むと、そのまま当たり前のように福太郎の隣の席へと腰を下ろした。

 福太郎たちが生徒会室で昼食を摂るようになってから、こうして鳴海とも一緒になる頻度が高くなっている。

 おかげで、元々人見知りしない真琴はともなく、美晴も鳴海とある程度打ち解けていた。

 今、彼らが座っているのは、生徒会室の会議用の長テーブル。窓側の席の中心に福太郎が座り、彼の左側──生徒会室の奥の黒板側──に鳴海が、反対の右側に玄吾が座っている。

 その対面、福太郎の正面に美晴。そして玄吾の正面に真琴というのが、最近の彼らの定位置。

 そして椅子に座った鳴海は、いそいそと弁当の包みをほどき、弁当箱の蓋を開けて「いただきます」と一言告げてから、その中身を食べ始めた。


「わー、美味しそう。そのお弁当って、会長さんが自分で作ったんですか?」

「ええ、私が作ったわよ。と言っても、夕べの残りをお弁当箱に詰めただけだけどね」


 真琴の言葉に釣られて美晴が鳴海の弁当箱をちらりと覗き込めば、確かに真琴の言う通り、その中身は美味しそうだった。

 だが、美晴はそれを見てちょっとした違和感を感じた。

 一体何がひっかかるのか。ぼうっと鳴海の弁当箱を眺めながら考えていた美晴がふと顔を上げれば、そこにはじっと自分を見詰めている鳴海がいた。


「……あ、あの、何か……?」

「ううん、大した事じゃないんだけど……ねえ、伊勢さん。やっぱり、あなたの部屋にもあの白いビンがたくさん並んでいるの?」

「は?」


 何を言われているのか理解しかねた美晴が首を傾げると、鳴海の隣の福太郎が質問の補足をしてくれた。


「鳴海さんが言っているのは菌糸ビンの事ですよ。僕の部屋……正確には僕の部屋の隣の部屋が飼育部屋になっていて、そこに各種菌糸ビンが並べて置いてありますから、鳴海さんはその事を言っているんです」

「そう、それそれ。その菌糸ビン? やっぱり、あなたの部屋にもあのビンがたくさんあるのかなって思って」

「い、いえ、私の部屋には菌糸ビンはありませんけど……今、事情があって一人暮らしをしていますから、ちょっと菌糸ビンを置く余裕はなくて。というより、もう私はクワガタの飼育はしていませんから」


 美晴のその答えに、えっという声が幾つも重なった。


「みはルンってクワガタ飼っていないの? 私、てっきりたくさん飼っているとばかり思っていたにゃー」

「俺もだ。俺も美晴ちゃんはコウフクと同じぐらいの数のクワガタを飼っていると思っていたぜ」

「……うん。確かに中学の頃はたくさん飼っていたけど……ちょっとした事情があって……止めたの。クワガタを飼うのは」


 長めの前髪と野暮ったい眼鏡の奥で、どこか寂しそうな眼を一同から逸らして美晴が答えた。

 そう。

 自分でそう言いながら、美晴はかつてあったできごとを思い出していた。

 もしもあんな事がなければ。きっと今頃、たくさんのクワガタを育てていただろう。

 過去の辛い記憶が美晴の胸を締め付ける。思い出してしまった記憶を必死に押さえ込もうと一人努力する美晴の耳に、ふわりと心地良い声が届いたのはその時だった。


「一度、見に来ませんか?」


 弾かれたように顔を上げた美晴の視線の先。福太郎は美晴に柔らかく微笑んでいた。


「美晴さんさえ良ければ、一度僕の家へクワガタを見に来ませんか? それに気が向くようなら幾つか個体をお分けしてもいいですし、部屋で飼うスペースがないようなら僕の家で預かる事もできます」


 最後に、ただしレアものはお分けできませんよ、と戯けたように付け加える福太郎。


「あ、はいはい! 私も! 私も福太郎くんの家に行ってみたい! いいでしょ? みはルン、一緒に福太郎くんの家に行こう!」


 真琴の勢いに押され、美晴は福太郎の家を訪問する事を承諾する。

 美晴が首を縦に振った瞬間、福太郎が一瞬だけとても嬉しそうな表情を見せたのを、玄吾と鳴海はしっかりと気づいていた。




 昼食を終え、次の授業が体育の一年生四人は、手早く後片付けを済ませると生徒会室を後にした。

 福太郎たちの一組と美晴たちの二組の体育は合同授業なのだ。とはいっても、当然男女は別なのだが。

 ばたばたと慌ただしく出ていった一年生たちを、のんびりとお茶を飲みながら見送る鳴海。


「ふーん。あの、福太郎の家に行くんだ……」


 思い出されるのは先程の会話。

 そして、美晴が福太郎の家を訪れる事を承諾した際の、彼が一瞬だけ浮かべたあの、何とも嬉しそうな表情を思い出す。


「…………ふふふ。私も、その時は福太郎の家に行かなきゃね」


 誰もいない生徒会室で一人そう呟いた鳴海は、残りのお茶を喉に流し込むと、午後の授業のために生徒会室を後にした。




 生徒会室から一度教室へ戻り、それから体操着ジャージを持って更衣室へと向かう美晴と真琴。

 その途中で、不意に美晴が足を止めた。

 不思議そうに自分を見詰めてくる真琴。

 そんな真琴も無視して、美晴は呆然と立ち尽くしている。

 今、彼女の脳裏を掠めたのは、先程の昼休みに感じたあの違和感。

 鳴海の弁当の中身を見た時に感じた、あの違和感の正体に気づいたのだ。

 それは。


──鳴海の弁当箱に入っていたおかずと、福太郎の弁当箱のそれが全く同じであったこと。


 それが美晴が感じた違和感の正体であった。



 「王子と付き合う魔法のコトバ」更新しました。


 何とか今週中に更新が間に合った。ふひー。

 今回から福太郎と鳴海の関係のお話。だいたい3,4話くらいになるかと。それから福太郎の家族に関しても触れていきたいな、と。

 その次はまだ未定ですが、今考えているのは美晴の過去に関してかなぁ。今までもちらちらとは出て来ているし、今回もちょっと描写しましたが。


 では、次回もよろしくお願いします。

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