第4話 心は一つに
「それなら、あたしも一つ伺いたいわ」
手元に引き寄せた控えを覗き込み、ダリア様が言う。
「この運搬費、削るように言われていたのに急に認められたの。殿下が考えを改められたのだと聞いたけれど」
「荷車の借賃と荷運びの人件費を、二重請求だと突き返された件かしら」
ダリア様の疑問に、ローゼ様が即座に応じた。
「ええ」
「借賃と人件費は別の費用ですから、当然別々に支払う必要があります。三度、ブラハム様に説明を出し直しました」
「三度も?」
「三度ですわ。それで納得されないなら、殿下に直接ご説明します、とも」
変わらぬトーンで告げ、ローゼ様はカップを持ち上げた。
ダリア様が唇を噛む。
「あれを削られたら、運び人に約束した額を支払えなかった。あたし、業者から感謝されたのよ」
「支払われたのなら何よりです」
「……誤魔化さず、包み隠さず、率直に申し上げれば考えを改めて下さる器の持ち主だと、殿下を見直したのは間違いだったようね」
ダリア様が、フッと微笑んでローゼ様を見詰める。
「お礼は、あなたに言わなければいけなかったのね」
ローゼ様は、持ち上げたカップを口元へ運ばなかった。
一度置き直し、眼鏡の奥の目を伏せる。
私は、かつて自分の書いた予算案の控え――そこに記された赤い訂正を見ていた。
「私の予算案を直して直して下さった時も……」
「そのままですと、北の村に約束した支払日を守れませんでしたから」
そう答えてから、ローゼ様は付け加えた。
「書面に残したのなら、約束は守らなければ」
あの訂正を突き付けられた時、私はミスをしてしまったと、自分のことしか考えていなかった。
誰にお金が届けないといけないのか。
誰が、約束した私を信じて待っているのか。
ローゼ様はちゃんと見ていたのだ。
「ありがとうございます」
私はお礼を述べる。
今更の言葉に、ローゼ様は困ったように目を伏せた。
「北の村との約束を取り付けたのは、ヴィオラ様でしょう」
「でも、私はお話を伺っただけで……」
「こ、工事の日程を、収穫の後にずらしてくださいました」
アイリス様が言った。
「あれで、図面を当初の予定通り使えるようになったのです」
私達は、互いの顔を見る。
一年も同じ場所にいながら、今日初めて、この方達とちゃんとお話ができている気がした。
殿下が誰を褒めたか、誰が誰より評価が高いか、そんなことばかりを考えていた。
そしてそれはきっと、四人も一緒だったのだろう。
「……お菓子を、一ついただいてもいい?」
小さな声が聞こえた。
私は顔を上げる。
ジャスミン様が、焼き菓子の皿を見詰めている。
「ええ、もちろん。どうぞ」
「ずっと、気になってた」
真剣な顔で焼き菓子を選ぶジャスミン様を見て、ダリア様がふっと息を漏らした。
「ずっと?」
「うん」
「早く召し上がればよかったのに」
「お話が終わるまでは我慢、と」
「それでは、この一年と同じですわ」
ローゼ様が、焼き菓子の大皿を少しジャスミン様の方に押した。
今度は、私も笑ってしまった。
冷めたお茶を淹れ直す。
皆が、自分の好きなお菓子を選んで手を伸ばす。
それを見て、この一年、誰が何を好んで食べる方なのかさえ、私は知らなかったのだと気付かされた。
「皆さんは、やりたい事はありますか?」
皆を理解したい――そう思った。
だから、私から口火を切った。
仕事のこと、未来のこと。
そんな話題を出してみた。
「あたしは、今と同じお仕事を続けたい」
頬張っていた焼き菓子を飲み込んで、ジャスミン様が言った。
「せっかく、既存のものに比べて燃料の少ない、新しい魔法灯を考えたのに、事業長からはもっと明るく照らせる魔法灯を開発しろって言われた。お金がなくて、使いたいのに魔法灯を使えない人もいるはずなのに。あたしは、多くの人達が使える魔法具開発したい」
「わ、私も、図面を描きたいです」
アイリス様は、先程の計算書を見ていた。
「王妃になるには引っ込み思案過ぎる、口数が少ないと、何度も注意されました。でも、水の流れや配管、水路の構造であれば、いくらでも喋れます」
「ええ。昨夜の図面のご説明、私にも分かりました」
私が言うと、彼女の頬がわずかに緩んだ。
「戻ったところで、全てが良い方向に進むとは限らないわ。むしろ、茨の道」
ダリア様は、空の皿を見詰めている。
「でも、ここに残って働き続けても、手元のお金は増えないのよね」
自分で自分に確かめるように、彼女は言う。
「はい」
「それは最悪ね。あたしは、お金が欲しいの」
ダリア様は笑った。
「顔の知れた業者はいるわ。王家の名を使わなくても、請け負える仕事があるか聞くくらいはできる」
「その条件を書面にするお手伝いなら、わたくしが」
ローゼ様が言った。
ダリア様は顔を上げ、ゆっくりと頷く。
「それは心強いわね」
私達の心は一つになっていた。
誰がハッキリと言うでもなく、けれど自然に、未来の話が始まっている。
ふと、招待状の文面を思い出す。
【妃の座を争う前に、お茶を飲みながら私達の仕事の話をしませんか?】
望みが叶った。
「……あ、明日の最終選考、皆さんは、どうお答えしますか?」
アイリス様が、膝の上で指を絡めながら問う。
ちょうど、私も同じ質問を皆にしようと思っていたところだった。
改めて、私達の行く先をハッキリさせておかなければならない。
私は、アイリス様に向き直る。
「アイリス様は?」
「わ、私は……お母様には、自分で話します……私は、妃付きの補佐にはなりたくありません」
「あたしも、辞退する」
ジャスミン様が続く。
ダリア様は小さく息を吐き、それから私を見た。
言わなくてもわかるでしょ? という風に。
「今度は、条件をよく確かめてから進まなくてはね」
「その為に、皆さんもこちらを」
ローゼ様が鞄から薄い冊子を取り出した。
【花嫁試験】に参加する際、各家へ渡された取り決め書だった。
「ヴィオラ様からの招待状が気になり、念のため持ってきていたのです。選考の確定前なら、妃候補の辞退は認められています」
ローゼ様の細い指が、取り決め文の羅列の中に紛れた、ある一行を辿る。
「婚姻準備金も、選ばれた場合にのみ王家へ納める約束です。辞退する場合は精算と返還を求められます」
そこで一度言葉を切り、ローゼ様は私達を見た。
「ただ、殿下のお気に障らない保証はありませんわ。各家には、きちんと事情を伝えるべきかと」
「では……」
私はもう一度、四人の顔を見た。
今はもう、誰も視線を逸らさない。
「皆様、準備に取り掛かりましょう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこからは、するべき作業を一つずつ片付ける時間となった。
最終選考に立ち会うため、各家の当主及び関係者は王都に来ている。
私達はそれぞれの家族に、事情を伝えに出た。
滞在先の父上に、私は此度の内情を全て伝える。
【花嫁試験】は嘘だった。
自分達は技能と家の資金を利用するために集められていただけだった、と。
シルクロード家当主である父上は、私が子供の頃からずっとそうであったように、私の話を真剣に、どれだけ時間が掛かっても聞いてくれた。
そして、話が終わると、静かに尋ねた。
「辞退したいのだな」
「はい」
「妃になれないからか?」
私は、膝の上で手を握った。
「約束と違うことを、これからも受け入れ続けたくないからです」
父上はしばらく黙っていた。
やがて、手にした配置案を私へ返す。
「それなら、明日はその意思をきちんと伝えなさい。準備金の件は気にするな。今は私に任せておけ」
私は深く頭を下げた。
王宮へ戻り、約束の小客間で待っていると、四人も順に帰って来た。
アイリス様の目元は、少し赤かった。
けれど、彼女は自分の席に座ると、「お母様にもご納得いただきました」とハッキリ言った。
誰の家でも、簡単な話ではなかったはずだ。
それでも、五人とも決心を変えずに戻ってきた。
次に、私達は業務の引き継ぎを確認する。
最終選考の判定要素として提出するために、一年分の仕事内容を整理してあった。
そこへ、進行中の案件と、次に必要な手続きを書き足す。
「こ、この工事は、着手前に村へ連絡が必要です」
「担当の方のお名前も添えましょう」
「業者の連絡先もね」
「これ、必要な道具」
「保守の日程はこちらに記載しますわ」
誰かの言葉を、別の誰かが滞ること無く引き取る。
こんな風に話せていたら、この一年はどれほど違っていただろう。
そう思いながら、私は口元を緩めた。
何も後悔する必要は無い。
今は、話せるのだから。
やがて、引き継ぎの準備も完了した。
それぞれの担当部署へ資料を納め、受領印のある控えを受け取った頃には、窓の外は明るみ始めていた。
さて、最後の仕事だ。
無論、殿下から頼まれた配置案の清書などではない。
取り出した白い紙に、私は自分の名前を記す。
向かいでは、アイリス様がゆっくりと筆を置く。
ダリア様が書き終えた紙を持ち上げ、乾いたかどうかを確かめている。
書き上げられた書面を折り畳み、白い封筒の中にしまう。
封の上に書かれた文字は、【辞退届】。
私の両隣にアイリス様とダリア様の封書が。
ジャスミン様の小さな字と、ローゼ様の整った字が、更にその両隣に並ぶ。
明日の最終選考会へ持参する、五通の辞退届が完成した。
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