5. 真夜中のドライブデート
※ 今回は茂と千鶴のドライブデートの思い出です。
✧─ VOL5 ─✧
こうして私の週末お泊りデートは何年も続いた。
毎週金曜の深夜、車で茂が私のマンションまで迎えにくる。茂の家までの短い真夜中のドライブデートの始まりだ。
茂の家に向かう途中にある、国道の古びたファミレスが、いつもの二人の遅い夕食だった。
『ここは僕が一番気に入っているファミレスだよ』と茂はいった。
少し古い建物だが、何とも言えないレトロ感が斬新なんだと。
そういえば茂は一流会社に勤務してるのに、ほとんど贅沢をしなかった。
私に対しても贅沢なレストランや豪華なプレゼントなど、誕生日祝いくらいでしか滅多に連れていってはくれなかった。
私も贅沢とは無縁の生まれだったので、節約を心がけて少しずつ貯金をしていた。
もしかしたら、茂は私に気を使ってたのかもしれない。
なにせ私は派遣社員で、そこそこのお給料しか貰ってないから。
さりげない茂の気配りを感じた。
──きっと、ご両親の教育がいいんだろうなぁ。
私は茂の家族の事を考えると、少しだけ胸が痛んだ。
✧ ✧
そんな気配り上手の茂でも、車中では王様だった。
『運転する者は常にリラックスが何より大事。事故防止になる』と、茂は持論を立てて、必ず自分の好きな洋楽ばかり流した。
『たまには千鶴の好きなリクエストも受けるよ』と一応いわれたが、私は音楽は無頓着だった。
強いていえば演歌歌手の歌番組をたまにTVで見るくらい。
茂みたいにクラシックからロックまで洋楽全般に精通しているなど微塵もない。
いわゆる私はミーハーだった。
それでも茂は洋楽以外にも、私の好きなアニメ主題歌をリクエストしたらかけてくれた。
本当いうと私は演歌が大好きでカラオケでよく歌う曲があった。
小川栄作の『サザンカの宿屋』や北島サブローの『祭りだわっしょい!』だ。
これを車中でかけて欲しいとはさすがに言いにくかった。
何となくだが茂は演歌は興味ないんじゃないかしら。
だってこれまで演歌の『え』の字も茂の口から聞いたためしがない。
✧
茂の洋楽好き、ロック、ポップス、ジャズ、クラシック等、多岐にわたっていたが、特にロックが好きなんだって。
それまで私は洋楽など映画音楽のBGMでしかなくて、茂のチョイスするロック音楽がとても新鮮だった。
それも茂ったら二十代と若いのに、一九六〇年代~七〇年代の古い洋楽ファンで、中でもビートルズが大のお気に入りだった。
洋楽に疎い私でもビートルズの名前は知っていた。
世界でも有名なイギリスのバンドでしょう。
確かポールやジョンともう一人、リンゴだっけ?
あ、四人いたよね。もう一人は?
あ、名前忘れた。
そうそう確かジョンの奥様は日本人のオノ・ヨーコ、それは知ってる。
この夫婦は凄く仲が良かったよね。
息子いるし。
私の知ってるビートルズの知識なんてそれくらいだった。
だがドライブする度に茂は、やたらと私に『ジョンとポールがどうのこうの』とビートルズの話を夢中で話すので、いつしか私もビートルズに関しては知識が増えていった。
✧
ある時、茂は車中で私に“ボーカリストの当てっこゲーム”をし始めた。
『千鶴、いま流れている曲はジョンとポール、どちらが歌ってるかわかるかい?』
『え、またやるの?』
『いいじゃん、千鶴まだほとんど当てられないし……』
そうだった、茂はビートルズの曲をかけて、私に二人のどちらが歌っているかを当てさせるのが好きなのだ。
私はこれが苦手だ──。
だってジョンとポールの歌う声は、良く似てるので何度聞いてもわからない。
このゲーム、何度しただろう?
かれこれ数回はしてるよね。
『千鶴、わかったかい?』
私は耳をダンボにして目を閉じた。
集中すればわかるはず!
──あっ!
『わかった、ポールね!』と私が自信満々にいうと、
『ブブー!違いま~す。ジョンで~す!』
と茂はケラケラと笑ってダメ出しをする。
『あ〜ん、わかんない!』と私は拗ねる。
『はは、千鶴は何回、同じ曲をかけても間違えちゃうんだな』
『だって二人の声、良く似てるんだもん』
『まあね、でも僕はわかるよ。』
『ふうん、茂はどっちが好きなの?』
『え、どっちが好きかって? どちらでもない。僕が一番好きなのはジョージだよ』
──ジョージ?
あ、そうだった。その人だ。
私が思い出せなかったメンバー、四人目。
以前、茂がビートルズのジャケット写真を見せてくれた時、ジョージさんは茂と雰囲気が似ていると思ったんだ。
──でも茂はこういうところが変ってるね、というか面白い。
てっきり有名なジョンとポール。
二人のどちらか好きだと思ってたのに。
茂はジョージが好きとは。
なかなか渋い選択をする。
『茂、ジョージってギター弾く人でしょう。歌も歌うの?』
『もちろん歌うよ、作曲もね。そうだな、僕が好きなのは『ヒア・カムズ・ザ・サン』だな。良かったらかけてあげるよ』
『ヒア……サン?』
『ヒア・カムズ・ザ・サン、“太陽が登る”という意味だよ。聴くかい?』
『ふーん、良いタイトルね。聞きたい』
『オッケー!』
茂は鼻歌を歌いながらジョージの曲をかけた。
車中は『ヒア・カムズ・ザ・サン』の静かなイントロが流れ始める。
うん、なんだかとても優しげなメロディー。
うん、なんだかとても優しげなジョージの声。
『この曲を聴いてると僕は、とても春らしい暖かさを感じるんだ』と、茂のビートルズ講義が始まった。
正直私はまるきり理解できず、うんうんと相づちを打つだけ。
でもそうやって隣で運転しながら茂が楽しそうに話す声がとっても好き。
助手席から見る、茂のきれいな横顔がとっても好き。
前を走る車の後部の赤いテールランプや、信号機の緑と黄と赤。
街路灯の白光が茂の横顔を色鮮やかに次々と反射していく。
ああ、このまま深夜のドライブが永遠に続けばいいのに……と何度となく私は願った。
※ 2026/1/27 一部修正済み




