2. きれいな茂の標準語
✧─ VOL2 ─✧
彼の家は埼玉県のO市で、私の街からだとバスと電車乗り換えで一時間半もかかった。
だが車だと約四十分くらいで行ける事が分かった。
それからというもの茂は、私の家までいつも自家用車で送り迎えをしてくれた。
まだ若いのに中古とはいえ車を所有している好青年の若者が、わざわざ私の家まで迎えに来てくれるなんて!
まるで私は “白馬の王子が馬車でみすぼらしい灰被り姫を迎えに来てくれるヒロインみたい” な気分になって心が躍った。
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私の実家は東京だが、ひとり暮らしに憧れて、高校を卒業し就職と同時に家を出た。
現在はマンション暮らしだ。
茂も同じく、ひとり暮らしだった。
彼は地方出身者だったが、東京の大学に進学し卒業後、システム関係の会社に就職した。そのまま埼玉のO市のアパートを借りて住んでいたのだ。
彼の田舎は青森の津軽だそうだ──。
最初、喫茶店で自己紹介した時に、茂がとても綺麗な標準語で話していたので、田舎が津軽だと聞いて正直驚いた。
『失礼だけど青森出身とは思えない、シゲル君は私より綺麗な標準語を話しますね。てっきり東京だと思ってました』と私はバカ正直にいってしまった。
すると茂が嬉しそうに返事してくれた。
『ありがとうございます。そういってくれて非常に嬉しいです。実家の母が東京生まれなんです』
『まあ、お母さんが?』
『はい、とても躾に厳しい人で“標準語くらい話せないと都会にいったら笑われる”と。──僕ら兄弟、子供の頃からイントネーションも徹底的に練習させられたんです。末の弟なんて、何度もビービー泣いてましたよ。だから今は標準語の方が楽です。津軽なまりで話すのは、地元に帰省した時くらいかな』
『そうなんですね。それは立派なお母さんですね。あのお、失礼だけど、お母さんはおいくなんですか?』
『母ですか? えっと確か……四十五、あれ四十六歳になったのかな? 母が二十一の時に僕が生まれたから』
『まあ、そんなに若い……』私は絶句した。
──息子が二十五歳なのに……随分、若い母親だなと。
『ええ──母と父は高校から付き合ってて、父は母の二歳上です。短大卒業後、すぐ結婚して僕が生まれた。でも二十歳で結婚は地元では珍しくないけど。──うちは三人兄弟ですべて男なんですよ。僕が長男で下に二人弟がいます。一番下はまだ高校一年です』
『まあ末の弟さんと、だいぶ離れてるんですね、だからシゲル君、とても大人っぽいのかな』
『ええよく言われます。僕は老けてるって……』
茂は少し赤くなって照れたのか、片手を頭に触れてサラサラ髪を触りだした。
『ううん、そんな事ないわ。とっても大人びて素敵よ!』
思わず私は本音を隠して全否定した。
とはいえこの時、私は茂の装いと自分の着てきた服装のチグハグさを、内心嘆いていたのだ
彼は、秋らしくグレーのトータルネックのセーターと、黒のジャケット。こげ茶のコーデュロイパンツが長い手足に良く似合っていた。
逆に私ときたら、マロン色の秋用コート&同色のベレー帽を被って茶髪の巻ロングヘアー。
まあこれはいいとして洋服が若作りだった。
十代の少女が着るような、ふわふわモフモフした白セーターに桃色のスカーフ。
スカーフと同じ、桃色のフレアースカートは立つと少し膝上だが、座ると膝小僧がまる見えだった。
靴は薄茶の踵が高いハーフブーツを履いていた。
私は標準より背が低いので、踵の高い靴フェチだった。
給料が安くても洒落たデザインの靴を、カードローンで分割してまで買っていた。
だが今はもう十一月と晩秋だ。
すでに街は秋一色。
新宿街道を歩く人々も、秋めいた地味系のコーディネートが多かった。
何やら自分だけ春色カラーで決めてきたのを後悔した。
目の前にいる茂の服装とは、明らかにそぐわない。
店内を見回しても、妙に浮いてる気がして恥ずかしかった。
さきほどから頭がポッポと火照っているのは、きっとそのせいだろう。
そんな私の心しらずか、茂は私が予想しない発言をした。
『あの……ツルミンさんちょっとよろしいですか?』
『は、なんでしょう』
『僕たちのハンドルネームなんですが、あなたが【ツルミン】さん、僕は【シゲル】君とお互い長い間、呼びあってましたが……まあ、その僕は本名は“茂”だからそのままでもいいけど……』
と茂は少し言葉を濁した後で切りだした。
『どうでしょうか、実際こうしてお会いしたのでツルミンさんでなく、実名の千鶴さんて僕が呼んでもいいですか?』
『ほえ?』と思わず茂から意外な提案をされたので、私の返事がおかしかった。
その時の茂の顔は真っ赤で、とても恥ずかしそうだった。




