女装男子の困惑
我が国では四年前、重大な事件が起こった。
貴族社会を揺るがすような大事件だ。
我が国の元王太子である第一王子が、『真実の愛』とやらで、王家が主催する夜会で、公爵令嬢との婚約を破棄すると宣言してしまったのだ。
公爵令嬢には何の瑕疵もなかったのに、だ。
馬鹿としか言いようがない。
王家と公爵家の契約を無断で破棄したとして、第一王子は王太子の座をおろされることになった。
そして、王位継承権を剥奪された。
かろうじて、王籍だけは残っている状態になっている。
また第一王子の側近も、主人を止められなかったとして、後継者から外されたと聞く。
そのせいで、貴族の勢力図が書き変わってしまったのだ。
あの時は、国が割れるのではないかと言うほど、大変な事件であった。
そして我がミューファ伯爵家も、婚約破棄事件のとばっちりを受けるハメになった。
第一王子の『真実の愛』は、もちろん受け入れられてない。
つまり第一王子の婚約者がいない状態なのだ。
馬鹿な第一王子が、変な派閥や貴族に取り込まれないように、信頼できる婚約者が必要になってくる。
そこで白羽の矢がたったのが、我がミューファ伯爵家というわけだ。
高位貴族には断られるか、信頼できない家しかなく、下位貴族では力が弱すぎる。
ミューファ伯爵家はちょうど良い位置にいて、かつ王の信頼が厚いために選ばれた。
ただ一つ問題があった。
ミューファ伯爵家は、男子が3人しかいないのだ。
そこで王家は、王命を出して、期間限定の婚約者を演じるように要求してきたのだ。
は?と、思うだろう?
僕もそう思う。
ふざけるなって、話だ。
けれど父も母も王家に忠誠を誓っている。
怒るどころか、信頼されて喜んでいた。
で、第一と年齢に釣り合うのが長男と次男。
長男は嫡子としての教育を受けれいるので、差し出せない。
となると、次男しかいない。
つまり僕、アレクシスが女装して、アレクシアとして期間限定の婚約者のふりをすることになったのだ。
当時の僕は11歳。
幸いなことに、公的にも私的にもほとんど表に出ていない。
貴族の交流は12歳からとなっているからだ。
その点も、誤魔化しやすかった。
それからの四年間、僕は家でも外でも女装を強要された。
14歳になる年から入学する貴族学園。
貴族社会の縮図であるそこで、人脈を広げたり婚約者を見つけたりするのだが、僕の事情でそれが一切できない。
高位貴族の一部は僕の事情を知って、僕を避ける。
高位貴族が避けているなら何かあると勘潜られて、他の貴族からも避けられている。
婚約者どころか友人すらできない状態なのだ。
愚痴を言い合える友人がいないので、いつも防音の効く音楽室で、一人寂しく悪態をつくのが日課になった。
そして今日もまた、不満をぶちまけるために、音楽室に来ていた。
「ボンクラ王子のバカヤローー!!何で伯爵家の次男坊の僕が女装しなきゃいけないんだ!王命でなければしてないんだぞ!お前の『真実の愛』のせいでこっちは婚約者どころか友達すら出来ないんだ!女性を傷つけるのはいけないって言うなら、僕が傷ついてもいいってか!?そんなわけあるかーー!」
「……っ!?」
「女の子の婚約者が欲しいんだよ!気軽に話せる友人だって欲しいんだよ!一生、友人も妻もいない独り身なんて嫌だー!僕の将来を返せー!」
「……くっ、はは!あはははーー!」
「うえ!?」
フゥと意気を吐き出した時、笑い声と共にパチパチと鳴り出す拍手に、僕が慌てて振り向く。
そこには男装の麗人として人気がある、我が国に留学中の帝国の第一皇女ロザリンデ・セーディン様が笑みを浮かべていた。
「いや。実に面白い話を聞かせてもらった。ああ、君が男性だという事は初対面から知っていたよ。ま、趣味は人それぞれだから。と、思ってたら……実に面白い。」
「お耳汚しをして、申し訳ありません!」
「いやいや、面白いのも才能だぞ。それだけでなく、君は全ての科目で首席を譲ったことがないそうじゃないか。実に、素晴らしい。」
何だろうか?
褒められているのに、褒められている感じがしない。
何と言うか、肉食獣に狙われた小動物みたいな……
なんか、ゾワッときた。
「顔よし、家柄よし、成績よし、ユーモアよし。うん、決めた。近いうちに会おう、アレクシア・ミューファ。」
そのまま嵐のように去っていった第一皇女に、僕は嫌な予感が拭えなかった。
そしてその予感は、数日後に、第一皇女との婚約と言う形で実現するのだった。
……なんで??
僕が現実に追いつけないまま、あれよあれよと言う間に、婚約式を迎えていた。
……なんでぇぇぇぇぇ!?
そこには困惑の表情を貼り付け、婚約式用の豪華なドレスを着た僕が、同じく婚約式用の豪華な男性服を着た第一皇女にお姫様抱っこされていたのだった。




