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【第9話:勝利の余韻と、新たな謎】

 雷雲がゆっくりと遠ざかり、空には星々が顔を覗かせていた。

 村の広場には、つい先ほどまで空を支配していた飛翔魔獣の巨体が横たわっている。翼は縄で縛られ、焦げた羽根から煙が立ちのぼっていた。


「やった……やったぞ!」

「俺たちが、あの化け物を!」


 歓声があちこちから上がる。子どもたちが母親に抱きつき、猟師たちが互いの肩を叩き合う。恐怖に染まっていた村に、久しぶりに笑顔と安堵が戻ってきた。


 八十郎はその様子を横目に、魔獣の体に歩み寄った。腰の革袋から道具を取り出し、羽根の破片や血液を小瓶に集める。


「八十郎さん……もう戦いは終わったのに、何をしているんですか?」


 リーナが後ろから声をかける。八十郎は振り返り、苦笑した。


「私の戦いはこれからさ。魔獣の体質や習性を調べれば、次に備えられる。科学とは、常に次の一歩を照らすためのものだからね」


 彼は翼の骨格を指でなぞり、独り言のように呟いた。


「……雷を帯びた鱗、風を切るための筋肉。地球の生物にはない構造だ。なるほど、この世界の進化は我々の常識を超えている」


 リーナは八十郎の横顔をじっと見つめた。戦えないはずの老人が、知識と勇気で村を守った。心の奥に熱いものが広がる。


「八十郎さん、本当に……ありがとうございました。私たち、あなたに救われました」


 八十郎は小さく首を振る。


「救ったのは皆の力だ。私は道を示しただけさ。……だが、君がいてくれて助かった。薬草の効果がなければ、多くの人が傷ついていただろう」


 その言葉にリーナは頬を赤らめ、視線を落とした。


「私……もっと役に立ちたいです。八十郎さんと一緒に、この世界のことを知りたい」


 八十郎はその瞳の真剣さに少しだけ胸を打たれる。


「なら、手伝ってくれるかい? この魔獣の検体調査、そして村の薬草の分析も一緒に」


「はい、ぜひ!」


 広場の隅では、長老が他の村人たちと安堵の祈りを捧げていた。だがその表情には、うっすらとした陰りがあった。


 八十郎はそれに気づき、長老の元へ歩み寄る。


「長老、何か気がかりが?」


 長老はゆっくりと頷いた。


「……今夜、森の奥で別の咆哮が聞こえた。あれはこの魔獣ではない。もっと深い闇のものだ」


 八十郎は小瓶を握りしめ、空を見上げる。星の向こうに、不穏な影が潜んでいるように思えた。


(……やはり、これで終わりじゃない。世界はまだ、私に謎を投げかけてくる)


 彼は深く息を吸い込み、決意を新たにした。


「分かりました、長老。調査を続けましょう。次に来るものに備えるために」


 その横でリーナが頷き、明るい声を出した。


「私もお手伝いします! 薬草だけじゃなく、もっともっと知りたいです!」


 八十郎は微笑む。


「なら、明日からは君を助手と呼ぶことにしようか。研究は一人より二人のほうがずっと楽しい」


 リーナの顔がぱっと輝く。村の空気が再び静まり返る中、八十郎の胸には“科学者”としての血が熱く流れ始めていた。



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