【第6話:未知の魔獣、羽の謎】
南の森に向かった狩人たちは、夕暮れ前に戻ってきた。
手には布袋がひとつ。中には黒ずんだ羽のようなものと、焦げた草が入っている。
「八十郎さん、これが現場に落ちてたものです!」
「ご苦労だった。すぐに調べよう」
八十郎は小屋に狩人たちを招き入れ、机の上に標本を広げる。羽は手のひらほどもあり、金属のような光沢を帯びていた。
「ふむ……鳥の羽にしては硬すぎる。鱗に近い……いや、これは“羽鱗”か」
八十郎は小刀で羽を薄く削り、香草と一緒に煮てみる。煮汁が淡く青く光り出した。
「やはり……電気を帯びている」
「電気……?」
「そうだ。骨背狼のように物理で襲うタイプじゃない。放電や高熱を使う“飛翔魔獣”の可能性が高い。焦げた草もその証拠だろう」
村人たちが顔を見合わせる。
「そんなの、俺たちじゃ戦えないぞ……」
「戦わなければいい」
八十郎はにやりと笑った。
「敵の性質が分かれば、対策も立てられる。たとえば、導電性のある鉱石や水を利用して、放電をそらす罠を作れるかもしれない」
彼は羊皮紙を取り出し、さらさらと構造図を描き始めた。
「……“避雷網”みたいなものを設置できれば、飛ぶ奴でも近づけなくなる」
「そ、そんなことできるんですか?」
「やってみなければ分からないさ。だが、観察と記録、そして試行錯誤が答えをくれる」
八十郎の目は、久しく感じなかった興奮に輝いていた。
──未知の魔獣との知恵比べが、また始まる。
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八十郎は村の広場に長い縄を広げ、鉱石や金属片を点々と並べていた。村の男たちが槌や鋤を手に、土に杭を打ち込み、木の柱を立てている。
「よし、次はこの銅鉱石を柱の間に吊るせ。ここが“避雷網”の骨格になる」
「はい!」
若者たちが慣れない手つきで金属線を張っていく。その脇で、八十郎は簡単な計算をしては地面に図を描き、指示を飛ばす。
「……もっと右だ、そう、電気は高いところに逃がす……そうすれば村は守れる」
そのとき、後ろから澄んだ声がした。
「あなたが、あの“骨背狼”を退けた八十郎様ですか?」
振り返ると、麻の衣をまとった若い娘が立っていた。栗色の髪を後ろで束ね、腕には薬草の束。瞳は真っすぐ八十郎を見つめている。
「私はリーナ。この村の薬師の孫です。祖父が病で倒れて……今は私が代わりをしているのですが、あなたの知識をどうしても見てみたくて」
「薬師の……」八十郎は微笑んだ。「なるほど、君があの子か。薬草の束、ずいぶん揃えたな」
リーナはうなずき、八十郎の図面に目を落とす。
「こんなものを作っているのですね……雷を受け流す罠なんて、初めて見ました」
「俺も初めてだよ。だが、やってみなければ分からない。君も手伝ってくれるか?」
「はい、ぜひ!」
リーナは薬草の束を下ろし、金属線を持って若者たちの輪に加わった。
彼女の手際のよさに村人たちが驚く。
「草のことだけじゃなく、手も早いな」
「薬師の家ですもの」リーナは笑った。
八十郎はその笑顔を見て、ふっと胸の奥が温かくなるのを感じた。
──弟子か、それとも……この世界で初めて、自分が頼りにできる存在かもしれない。
夕陽に照らされた広場で、避雷網の骨格が少しずつ形になっていく。
そして八十郎の第二の人生にも、ひとつの光が差し込んだ。
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