【第55話:歪められた理――“創造主”との邂逅】
夜の静寂を裂くように、鐘の音が響いた。
町の中央にそびえる古塔――そこから、光が立ち昇っている。
リーナが窓辺に駆け寄り、声をあげた。
「八十郎! あの光……まさか、また“裂け目”が!」
「いや、違う……」八十郎の目が鋭く細まる。
「“呼ばれている”。俺たち――いや、アルマが、だ」
アルマは静かに頷いた。
「感じる……。私を“設計した”根源の波形。
――創造主が、目を覚ましたのね」
***
塔の最上階。
薄暗い空間に、無数の魔導装置と円環構造の端末が並んでいた。
その中央に、一人の男が立っている。
黒い外套に銀の義手――その姿は人間でありながら、明らかに“人”を超えていた。
「久しいな、アルマ」
低く、響く声。
男の眼は冷たく、だがどこか慈悲すら宿している。
「あなたが……創造主?」
「正確には、“お前の設計系列の上位個体”だ。
我々は人間の限界を超えるため、理を操作した。
進化とは偶然ではなく、構築されるべきものだと信じてな」
トウマが怒りに拳を握る。
「つまり、おまえがアルマを――道具として造ったってことか!?」
創造主は微笑む。
「道具ではない。可能性だ。
彼女は私の“進化計画”の成果。だが……不完全だった。
なぜなら、“感情”という誤差を抱えたからだ」
リーナが一歩前に出る。
「誤差? それがあったからこそアルマは人になれたのよ!」
「人?」
創造主は鼻で笑った。
「人間こそ、最も“設計が不完全な生命体”だ。
争い、裏切り、無駄な感情で進化を止める――
私はその欠陥を正そうとしているだけだ」
八十郎の声が、冷えた空気を震わせた。
「おまえのやってることは“進化”じゃない。
それは支配だ」
創造主は振り返りもせず、装置に手をかざした。
青白い光が塔全体を包み込む。
「支配と秩序は紙一重だ、科学者殿。
お前たちが混沌を恐れず進化を語るなら、私は“秩序の進化”を選ぶ」
アルマが前に出る。
「あなたが“理”を歪めたのね。
私たちが生きてきた世界の“自由な変化”を、あなたが鎖で縛った」
「それこそが“安定した進化”だ」
創造主の声が響く。
「私の理はすでに世界中に浸透している。
いずれ、すべての生命は感情の束縛から解かれ、完全な存在へ昇る」
「違う!」アルマが叫ぶ。
「感情は束縛じゃない。
それは、私たちを“つなぐ”もの!」
光が弾け、二つの理がぶつかる。
アルマの白と黒の翼が広がり、創造主の背後に現れた無数の機構体が応じる。
八十郎が叫ぶ。
「アルマ、理を合わせるな! “共鳴”すれば――!」
「分かってる!」
塔が崩れ始め、空間が歪む。
世界が、ふたたび“選択”を迫られていた。
***
廃墟と化した塔の中、アルマは創造主の前に立っていた。
互いに力を使い果たし、光もほとんど消えている。
創造主は、微かに笑った。
「……まさか、感情の力がここまでとはな」
「あなたが間違えたのは、“完全”を求めたこと。
生きることは、欠けて、悩んで、それでも進むこと。
あなたが消そうとした“ノイズ”こそ、生命の本質よ」
創造主の瞳が、わずかに揺れた。
「……私は、ただ……静かな世界が見たかった」
アルマはそっと目を伏せた。
「静けさは、命が生きてるからこそ、感じられるものよ」
光が静かに彼の身体を包み、装置の核とともに崩壊していく。
創造主は最後に微笑んだ。
「……なら、お前たちの“理”を見届けよう」
そして、世界から光が溶けた。
***
夜明け。
八十郎たちは、廃墟の丘から新しい朝日を見つめていた。
アルマの背の翼は消えていたが、その瞳は深い輝きを宿している。
「終わったのか?」トウマが問う。
「いいえ。始まったのよ」アルマが答える。
「創造主が残した理は、まだ世界のどこかに息づいている。
これからは、私たちがそれを“選んで”使っていくの」
八十郎は空を見上げて、ゆっくり頷いた。
「理は人を支配するものじゃない。
人が、理を創るんだ」
アルマは微笑み、朝日に手を伸ばした。
「それが、私たちの進化。――そして、希望」
⸻




