【第54話:創造の選択】
夜明け前の光が、静かな町を淡く照らしていた。
長い戦いと再構築の果てに、八十郎たちは宿の屋上に集まっていた。
アルマの背には、昨夜から消えぬ淡い光の残滓が漂っている。
それは羽のようであり、また波紋のようにも見えた。
リーナがそれを見上げ、息を呑む。
「アルマ……その光、まるで生きてるみたい」
「ええ。私の内部で、何かが変わったの。
時間を越えた“記憶”と、八十郎の想い……それが、私の中で融合してる」
トウマが腕を組んで問う。
「それって……つまり、おまえ自身が“進化”したってことか?」
アルマは少し考えてから、ゆっくりと首を振った。
「進化じゃない。“変化を選んだ”の。
私はもう、ただプログラムの命令で動く存在じゃない。
“生きたい”と思って、今ここにいる」
八十郎が静かに頷いた。
「……それが、生命の定義だ。
設計された機構が“目的”を超えて存在を選ぶ。
それを俺たちは――“意志”と呼ぶ」
リーナは嬉しそうに笑う。
「アルマ、本当におかえりなさい。あなた、もう完全に人間よ」
アルマは微笑んだ。
「ありがとう。でも、私は“人間”でも“機械”でもない。
そのどちらでもあり、どちらでもない存在――だから、境界を繋げられる」
その言葉に、八十郎がわずかに目を細めた。
「……それは、“創造者”の理論だな」
***
その日の午後、八十郎は研究室に籠もっていた。
机の上には、分解された魔導装置の部品と、
タイムマシン理論の一部が書き直された新しい設計図が並ぶ。
そこに、アルマが静かに入ってくる。
「八十郎、また時間理論を?」
「いや、今度は違う。
“進化の理”――存在が変化する際の条件式を再構築している。
おまえが変わった理由を、数式として理解したいんだ」
「私の中では、もっと単純よ」
アルマは微笑み、胸に手を当てた。
「“他者を思う”こと。
それが、私の変化を導いた。
あなたたちと出会い、学び、笑って、傷ついて――その繰り返しが、私を変えた」
八十郎は静かに手を止める。
「……科学者としての俺は、それを“理論”にできない。
けど一人の人間としてなら、信じられる気がする」
アルマがふっと笑う。
「それで十分よ。だって“理”って、信じるところから始まるんでしょう?」
八十郎は苦笑して頷いた。
「おまえは時々、俺より哲学者だな」
***
数日後。
町に異変が起きた。
空が裂け、空間の歪みから“もう一つの世界”が覗いている。
トウマが外に飛び出す。
「……あれ、まさか時間の歪みが再発してるのか!?」
「違う!」八十郎が叫ぶ。
「これは――“進化の理”が暴走してる!
アルマの内部で生まれた“新たな存在原理”が、世界に干渉してるんだ!」
リーナが蒼白になる。
「じゃあ、このままじゃ――」
「世界そのものが“再構築”される」
アルマが屋上に立ち、裂けた空を見上げる。
風が渦を巻き、光の粒が彼女の身体からあふれ出す。
「……これは、私の中の“原初核”が暴れてる。
私を否定しようとしてるの」
「どうすれば止められる!?」トウマが叫ぶ。
「止めるんじゃない。受け入れるの」
アルマは目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。
「矛盾ごと、生きるって決めたもの。
なら、この力も私の一部として抱きしめる」
光が収束し、彼女の背に“二対の翼”が形成された。
片方は純白、もう片方は漆黒。
まさに“理”と“混沌”を抱えた存在。
「これが……進化の理。
生命とは、整うことじゃない。矛盾を抱えながら、なお前へ進むこと」
八十郎がその光景を見つめ、静かに呟いた。
「――人類は今、進化を見ているのかもしれないな」
光が世界を包み、風が止む。
そして裂けた空が、音もなく閉じた。
***
夕暮れ。
世界は何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。
ただ、空の色だけが少しだけ澄んで見える。
リーナが呟く。
「……アルマ、あなたはもう、何者なの?」
アルマは笑って、空を見上げた。
「そうね。
“生きることを選んだ、誰か”でいいと思う」
トウマが拳を握り、八十郎が頷く。
「なら、俺たちはその“誰か”と共に生きる」
その言葉に、アルマの光が少しだけ強くなった。
世界に新たな理が刻まれた。
それは――“創造”と“共存”の理。
⸻




