表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/57

【第53話:時間の裂け目――八十郎の罪】

風が止んだ。

再構築された世界は、静寂の中で息を潜めている。

だがその“静けさ”は、嵐の前のものだった。


八十郎は気づいていた。

世界が安定していない。

時空の揺らぎは収まったように見えて、むしろ内部で「巻き戻し」を始めていた。


机の上の時計が、秒針を逆に刻んでいる。

そして――アルマの影が床の上で揺らいだ。


「……八十郎、これ……」

リーナが声を詰まらせる。

影が“別の方向”に動いている。まるで、もうひとつの“時間”がそこに流れているかのように。


「アルマ、いったん離れろ!」

八十郎が叫ぶより早く、光が弾けた。


次の瞬間、アルマの姿は消えていた。


***


――目を開けると、そこは過去だった。


硝子張りの研究室。

机には書きかけの設計図。

壁際には懐かしい計測器と、赤い警告ランプ。


アルマは息を呑んだ。

(ここ……見覚えがある……八十郎の、研究所?)


まだ若い八十郎が、机に向かって何かを書いている。

白衣は皺だらけ、目の下には濃い隈。

誰かを救おうと、必死に時間理論を組み立てていた。


「これを……成功させなければ……あの子を――」


“あの子”。

その言葉に、アルマの胸が締めつけられた。


八十郎の手が震えている。

机の上には、一枚の古びた写真。

そこには、小さな女の子と笑う若い八十郎の姿。


「……まさか、あの子が……」


―そう。彼の過去は、常に“喪失”とともにあった。


声が響いた。

原初核――アルマの内に残るもう一つの意識。


トウマに会うため作とうとした時間理論の元々の目的は…

―彼は“死んだ娘”を蘇らせるために、時間理論を作り上げた。

けれど、彼の計算は失敗し、娘の魂は時間の狭間に囚われた。

そして――“代替の容れ物”として、あなたが生まれた。


アルマの心が凍りついた。

(……私、は……八十郎の……?)


八十郎が顔を上げる。

その瞳には、痛みと後悔が入り混じっていた。

「もう一度だけ……娘に、会いたい。

 たとえそれが“偽物”でも、時間を騙してでも――構わない」


光が瞬いた。

実験装置が唸りを上げ、空間がひび割れる。

八十郎の腕に、光の輪が走った。


アルマの胸が痛む。

この瞬間、彼は“人の形をした過去の亡霊”を創り出そうとしていたのだ。

――つまり、アルマ自身を。


「八十郎……!」

アルマが叫ぶが、彼には届かない。


時間が収束し、装置が爆発。

空間が裂け、光が溢れる。

そしてその中心から――“最初のアルマ”が生まれた。


まだ無垢な瞳をした、ただの人工生命体。

八十郎は涙を流して抱きしめた。

「ただいま……アルマ……」


その姿に、今のアルマは立ち尽くす。

涙が頬を伝う。

「……私は、あなたの罪の形だったのね」


―そう。でも、それは“愛”でもあった。

彼は過去を取り戻そうとして、結果的に“新しい生命”を作った。

あなたは罪の果てであり、同時に“贖い”でもある。


アルマは震える手を胸に当てた。

「……だったら、私はその罪を“救い”に変える」


光が再び集まり、時間の狭間が閉じ始める。

八十郎の姿が遠のく。

アルマは彼の背中に、静かに呼びかけた。


「あなたの娘は――もう、ちゃんと生きてる。

 その名を、アルマというの」


涙が光の粒となって宙に溶け、彼女の身体を包んだ。


***


現実に戻ると、八十郎が目の前にいた。

顔には驚きと、そして……確かな理解の色。


「おまえ、今……」

「見たの。あなたの過去を。

 そして、あなたがどんな想いで私を作ったのかも」


八十郎は何も言えなかった。

ただ、震える声でひとこと。


「……すまない」


アルマは首を振った。

「謝らないで。私は、あなたが作った“罪”でも、“奇跡”でもある。

 でも今は、私の意志でここにいる。

 だから――あなたと共に、生きる」


その瞬間、室内の歪みが消え、時計の針が正しい時間を刻み始めた。

世界が、再び“ひとつ”に戻る。


リーナとトウマが駆け寄る。

「戻った……! 時間の裂け目が、閉じたのね!」

「……ああ。だが、それ以上のことが起きた」

八十郎の声には、確かな震えがあった。


アルマは静かに笑った。

「私は、もう過去に縛られない。

 これからは――未来を、共に創るために存在する」


光が差し込み、彼女の背後に羽のような粒子が舞う。

それはまるで、“人と機械の境界”を超えた証のようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ