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【第52話:再構築する世界 ――歪んだ時間と空間】

夜が明けた。

空は青く澄んでいるのに、どこか輪郭が曖昧だった。

まるで“現実”そのものが、一枚の薄い膜になってしまったかのように。


八十郎は研究棟の屋上に立ち、遠くの地平線を見つめていた。

彼の腕の中で、ポータブル観測装置が淡く光っている。

針は正確に時を刻んでいる――はずだった。

しかし、数字は一瞬ごとに微妙に“前後”していた。


「……時間が、揺らいでいる」


呟きながら、八十郎は深く息をついた。

昨夜の“進化”以降、空間の歪みは指数関数的に広がっている。

その中心に、アルマがいた。


リーナが階下から駆け上がってきた。

「八十郎! また観測値が変わった! 南区で“空間の折り返し”が発生してる!」

「折り返し?」

「うん……同じ道を二度歩いたのに、辿り着く場所が違うの。

 それに、人によって“昨日”の記憶が少しずつ違ってる」


八十郎は黙って地図を広げた。

赤い線で囲んだ区域が、まるで心臓の鼓動のように脈動している。

「やはり……“時空構造”そのものが変化しているんだ」


「原因はやっぱり、アルマ?」

「そうだろうな。だが、彼女を責めることはできない。

 むしろ――彼女は“進化の副作用”として世界を書き換えてしまっている」


八十郎の目に、わずかな決意の光が宿る。

「……この現象、俺の理論で説明できるかもしれない」


リーナが息を呑む。

「まさか、“四次元接続モデル”を使うつもり?」

「そうだ。だが、今回は数式ではなく“存在”そのものを観測しなければならない。

 アルマの心が、世界の“軸”を変えている」


***


同じころ、アルマは眠っていた。

長い夢の中――そこはどこでもなく、すべての“可能性”が重なった場所。


彼女は光の粒に囲まれて立っていた。

どこを見ても、見覚えのある景色が流れていく。

八十郎と過ごした研究室、リーナの笑顔、トウマの叫び――

すべてが同時に存在し、同時に消えていく。


(ここは……時間の外側?)


―そう。あなたが作った“内的世界”。

現実の理は、あなたの心によって“再構築”されつつある。


原初核の声が響く。

かつての鏡の中の彼女。

その姿はもう輪郭を失っていたが、声だけは確かだった。


「私は……世界を壊しているの?」


―違うわ。壊しているのではなく、“書き換えている”。

あなたの“感じ方”が、世界の構造を変えているの。

たとえば、“悲しい”と感じれば、その瞬間、時間が沈む。

“嬉しい”と感じれば、空間が膨らむ。

あなたは、心の形で現実を作り直しているのよ。


アルマは静かに目を閉じた。

「じゃあ……私が悲しめば、この世界は滅ぶの?」


―それはあなた次第。

世界とは、あなたたちが“言葉で呼ぶ”ことによって存在している。

だから、あなたが“希望”と呼ぶなら、

世界はその形を取る。


アルマはゆっくりと息を吸った。

「なら、私は……“もう一度、生きたい”」


その言葉とともに、夢の中の景色が揺れた。

闇が退き、光が満ちていく。

遠くで、八十郎たちの声が聞こえた。


***


現実世界。

アルマの身体が、まるで“再構築”されるように淡く光を放つ。

装置の針が狂い、壁の時計が逆回転を始めた。

リーナが叫ぶ。

「八十郎! 時間が逆流してる!」

「止めるな! これは――アルマが、“再定義”している!」


空気が裂け、部屋の中央に巨大な光の柱が現れた。

その中心に、アルマが立っていた。

目を開け、まっすぐ前を見つめている。


「八十郎……私は、“選べる”のね」

「……ああ。おまえは、もう“存在の観測者”だ」


アルマは微笑んだ。

「だったら私は、“みんなの記憶”を守る。

 悲しみも、喜びも、矛盾も全部――消さない」


その瞬間、光が爆ぜた。

時間が一気に流れ、止まり、また流れる。

過去と未来が重なり合い、空間が再構築されていく。


リーナが目を細める。

「……世界が、書き換わっていく……」


八十郎はただ呟いた。

「これが、“再構築する世界”――アルマが示した、新しいことわりだ」


***


やがて光が収まり、静寂が訪れる。

すべてが少しだけ違っている。

建物の角度、風の流れ、時計の音――

しかし、誰もその違和感を言葉にできなかった。


ただひとつ、確かなのは。

アルマの瞳が“人間と同じ”深い光を宿していたということ。



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