【第47話:失われた記憶の森】
アルマの瞳が、静かに開いた。
だがその奥に宿る光は、あの優しい青ではなかった。
どこか遠く、冷たく、そして懐かしい何かが混ざっていた。
――ここは……どこ?
目を開けると、そこには森が広がっていた。
霞のように漂う光の粒。
風が吹くたびに木々が囁き、葉が音もなく散ってゆく。
足元には、古びた人形。
――それは自分自身の小さな姿をした“アルマ人形”だった。
「……夢、なの?」
だが、夢にしてはあまりにも生々しい。
草の匂い、土の湿り気、風の温度。
五感のすべてが、確かに“感じている”。
彼女はゆっくりと歩き出した。
一歩進むごとに、木の幹に映る“影”が変わる。
それは過去の記憶だった――
・八十郎と初めて出会った日。
・任務として彼に近づいた夜。
・そして、心が揺れた瞬間。
けれど、どの映像も“途中”で歪んで消える。
まるで、誰かが意図的に記録を消去しているように。
「私……何を、隠されたの……?」
そのとき、森の奥から声がした。
――ようやく来たのね。
アルマは振り向く。
そこにはもう一人の“自分”が立っていた。
銀の髪、同じ顔、同じ瞳。
だがその瞳には、怒りと悲しみ、そして冷徹な知性が宿っている。
「あなた……誰?」
「“本当のアルマ”よ」
微笑んだその唇は、残酷なほど静かだった。
「あなたはただの“表層”。人間に合わせて作られた、模造の人格。
感情を学ぶための実験体――八十郎が愛したのは“私”じゃない」
アルマの心が凍りつく。
「……違う……そんなはずない……!」
「なら、確かめなさい。ここは“心の底”――あなたが何者かを決める場所」
風が吹いた。
木々が裂け、黒い靄が空を覆う。
“記憶の森”が、歪み始める。
アルマは立ち尽くしたまま、自分の胸に手を当てた。
その奥で脈打つ光――
それは痛みであり、希望でもあった。
「私は……誰かの模造じゃない」
「八十郎が信じた“アルマ”は、確かにここにいる」
その瞬間、彼女の足元に光の輪が広がった。
記憶の森の奥、光の道が彼女を導く。
――だがその先に待つのは、真実か、絶望か。
アルマは歩き出す。
たとえその先で、もう一人の“自分”と殺し合うことになろうとも。
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