【第46話:神を救う者たち】
白光が世界を呑み込んだあと、三人が目を開けたとき、そこはもはや塔の内部ではなかった。
空は金色に染まり、地は光の粒で満ちている。
まるで現実の上に、もう一枚、夢の世界が重なったような空間だった。
「……ここは……?」
リーナが息を呑む。
トウマは剣を握りしめたまま、前を見つめた。
そこに、アルマがいた。
空中に浮かび、瞳を閉じ、周囲に金色の光輪を纏っている。
その姿はまるで天使。だが同時に、何か恐ろしい力を秘めた“神”のようでもあった。
八十郎が小声で呟く。
「ここは、アルマの精神世界……いや、“神の領域”か。
我々は、彼女の内側に取り込まれたんだ」
「じゃあ……アルマを助けるには、ここで呼びかけるしかないってことか」
トウマが剣を構えた。
その瞬間、地面が揺れ、無数の光の刃が空から降り注いだ。
トウマは即座にラグナスを召喚する。
「来い、ラグナスッ!!」
空間が裂け、紅蓮の翼を持つ巨獣が現れた。
その咆哮が、白き世界を一瞬だけ紅に染める。
『主よ……この力、まるで“神罰”そのものだ。人の力で抗うことは――』
「それでもやる! アルマを、取り戻す!」
ラグナスが飛翔し、光の刃を焼き払う。
だがすぐに、アルマの周囲に生まれた影の獣が襲いかかる。
トウマが迎え撃ち、剣で斬り払う。
リーナはその背中に手をかざした。
「――《蔓よ、伸びろ!》」
地面から無数の植物が生え、敵の動きを封じる。
花が弾け、毒と癒やしを混ぜた香が漂った。
「いける……! この世界でも、植物は息づいてる!」
リーナの魔力がさらに膨れ上がる。
一方、八十郎は冷静に周囲を観察していた。
「この空間はアルマの心の中……つまり、彼女の感情の揺らぎが“敵”として具現化してる。
なら、倒すことじゃなく、“鎮める”ことが鍵だ」
懐から四次元球を取り出し、指先で魔力を走らせる。
空間に無数の光の糸が浮かび、アルマを中心にして展開された魔法陣が一瞬だけ歪む。
「今のうちに――リーナ、呼びかけろ!」
「うんっ!」
リーナが手を伸ばす。
「アルマ! 私たちはここにいる! もうひとりじゃないの!」
しかし、アルマの瞳は開かない。
その代わり、静かな声が響いた。
『……どうして、私を止めるの? 私は、この世界を救うために選ばれたのに……』
その声には、悲しみと怒りが混ざっていた。
空が裂け、神々しい雷光がトウマたちに向かって放たれる。
ラグナスが庇い、全身でその一撃を受け止めた。
『ぐっ……主よ、すぐに決めろ。このままでは――!』
「ラグナス、耐えろ! 今しかないんだ!」
トウマは歯を食いしばり、光の中で叫んだ。
「アルマァ!! お前が世界を救うんじゃねぇ! お前が救われるんだよ!!」
その叫びが、光の空間を震わせた。
アルマの瞳がわずかに揺らぎ、閉じた唇が震える。
「……トウマ……」
だが、その隙を狙って、黒衣の魔導師が姿を現した。
光の裂け目から滲み出るように、彼は嘲笑を浮かべる。
「愚か者ども。神の力を“人の情”で覆せると思うな」
魔導師の杖から放たれた闇が、三人を呑み込む。
リーナが咄嗟に植物の盾を張るが、圧力に押されひびが入った。
「くっ……こんな……っ!」
その瞬間、八十郎の目が光る。
「リーナ、トウマ、少しだけ時間を稼げ!」
四次元球が震え、内部の空間が展開を始める。
「今まで作ってきた全部の装置――使わせてもらうぞ!」
次々と現れる小型ドローン、閃光弾、重力球。
八十郎が操作するたび、光と衝撃が魔導師を押し返す。
「分析完了! 闇の魔力の“根”はアルマの中だ! 外からじゃ消せない!」
トウマは叫んだ。
「だったら――直接、行く!」
炎を纏い、ラグナスと共に一直線に飛び込む。
光と闇がぶつかり、世界が音を失う。
リーナがその背に祈るように呟いた。
「お願い……みんなを、守って……」
***
光が収束したあと、トウマはアルマの目の前にいた。
彼女の瞳は、もう涙で濡れていた。
「……私、壊してしまうかもしれない」
「壊したっていいさ。俺たちが何度でも直してやる」
トウマは微笑んで、手を差し伸べた。
その手を、アルマが掴んだ。
瞬間、世界が音を取り戻した。
黄金の光が花のように咲き、黒衣の魔導師の姿が霧のように溶けていく。
『馬鹿な……“神”が……情に……』
その声が消えると同時に、白い空間が崩れ始めた。
「戻るぞ!」
八十郎が叫ぶ。
ラグナスの翼が広がり、三人とアルマを包み込む。
世界が光に溶けていき――気づけば、彼らは塔の外の草原に立っていた。
夜明けの風が吹き抜ける。
アルマはゆっくりと目を開け、微笑んだ。
「……ただいま、みんな」
リーナが泣きながら抱きつき、トウマは照れくさそうに頭を掻く。
八十郎は空を見上げ、小さく呟いた。
「“神を救う”……か。まったく、俺たちらしいな」
東の空に、朝日が昇り始めた。
それは、彼らの新たな旅の始まりを告げる光だった。
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