【第45話:眠れる神の目覚め――アルマの真実】
夜の森を抜けた先に、暗殺集団の本拠が見えた。
黒鉄の塔。その壁には呪符が無数に貼られ、淡く赤い光を放っている。
まるで塔そのものが生きているように、脈動していた。
「……あそこに、アルマがいる」
リーナの言葉に、トウマが頷く。
彼の目は鋭く、迷いがない。
「やっとだな。あいつを取り戻す。絶対にな」
「潜入ルートは決まってる。塔の外壁は結界で覆われてるが、地中の魔力流路に“隙”がある」
八十郎が四次元球の欠片を取り出し、地図を空中に投影する。
魔力の流れを線で描いたような複雑な図形の中に、一点だけ淡い光の揺らぎが見えた。
「そこからなら侵入できる。でも、問題はその先だ。
塔の中枢部に〈黒衣の魔導師〉がいる。前に俺たちを捕まえた奴だ」
「またあの仮面野郎か」
トウマが拳を握る。
リーナは小さく息を吸い、植物の種をいくつも腰に装着した。
「今度は、負けない。……絶対に」
三人は視線を合わせ、頷いた。
月が雲間から覗き、静かにその決意を照らしていた。
***
地下水路を通って塔の底部へと進む。
苔の匂いと冷たい空気が満ち、足音だけが響く。
八十郎が手の中の小型光球を操作し、魔力探知を続けていた。
「魔力反応、二百メートル先。……間違いない、アルマだ」
その言葉と同時に、奥の闇から無数の気配が湧き出した。
黒いローブに身を包んだ刺客たちが、音もなく姿を現す。
剣の光が一斉に閃いた。
「来やがったか!」
トウマが前へ出て、剣を抜く。
ラグナスの紋章が腕に浮かび上がり、轟音とともに炎の翼が現れた。
「――出ろ、ラグナス!」
召喚陣が爆ぜ、紅蓮の魔獣が天井を突き破って出現した。
ラグナスは咆哮を上げ、狭い地下を灼熱の風が包み込む。
『久しいな、主よ。……この塔、穢れておるな』
「燃やしてくれ。俺たちの道を開け!」
『承知』
ラグナスの炎が地を這い、敵を飲み込む。
だが次の瞬間、壁に刻まれた黒い符が光り、炎が吸い込まれていった。
「……またあの封印か!」
八十郎が即座に分析する。
「炎を吸収してる……! 属性反転陣だ!」
懐から別の装置を取り出し、地面に叩きつける。
淡い光が広がり、魔法陣の構造を一時的に“ずらす”。
「いける! 今だ、トウマ!」
「おおおおおっ!!」
トウマが炎剣を振り抜き、道を切り開いた。
リーナも両手を突き出す。
彼女の足元から緑の光が溢れ、ツタが一斉に伸びて敵を絡め取る。
そのツタには小さな花が咲き、花弁から癒やしの霧が広がった。
「攻撃と治癒の両立……これが、今の私の力……!」
敵を倒し、三人はついに中央部の扉へとたどり着いた。
巨大な鉄の扉。その中央には、古代語でこう刻まれていた。
――“神の器、アルマ”――
「……神の器?」
八十郎が小さく呟く。
扉を開いた瞬間、眩い光が溢れた。
中央の祭壇には、鎖に繋がれた少女――アルマがいた。
だがその体は淡く発光し、まるで人ではないかのようだった。
「アルマ!」
リーナが駆け寄る。
しかし、触れた瞬間、彼女の手が弾かれた。
「だめ……! 魔力が……暴走してる!」
そのとき、背後からあの黒衣の魔導師が現れた。
仮面の奥から、低い声が響く。
「ようやく辿り着いたか、異界の来訪者たちよ。
だがもう遅い。アルマは“人”ではなく、“神”として目覚めつつある」
「何を言ってやがる!」
トウマが剣を構える。
魔導師は冷たく笑った。
「この世界は、神を失って久しい。ゆえに我らは、神を創ることにした。
それがアルマ――“神の核”を宿す少女だ」
「……そんなこと、させない!」
リーナが叫ぶと、アルマの体が一瞬光を放つ。
その瞳がゆっくりと開いた。
淡い金色の瞳――それは、もはや人間のものではなかった。
「……トウマ……リーナ……八十郎……」
微笑むように口が動き――次の瞬間、強烈な光が爆発した。
塔全体が揺れ、空が裂けるような轟音が響く。
リーナのツタが暴風に吹き飛び、トウマがアルマに手を伸ばす。
「アルマ!!」
だが、その声は届かなかった。
少女の周囲に黄金の翼が広がり、静かに空へと浮かび上がる。
魔導師の声が響く。
「見よ。これが、我らの創り出した“新しき神”の誕生だ」
光が世界を覆い、三人の姿はその中に飲み込まれていった――。
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