【第44話:緑の囚獄――芽吹く力、リーナの覚醒】
冷たい石の床。
どこからともなく水の滴る音が響いていた。
八十郎が目を開けると、薄暗い牢の中だった。
手足には拘束具、壁には魔力を吸収する符が刻まれている。
隣ではトウマが背中を壁に預け、額から血を流していた。
そして、もう一人――リーナが鉄格子の向こう側、別室の牢に倒れているのが見えた。
「……リーナ!」
八十郎が叫ぶが、声は厚い壁に吸い込まれていった。
トウマがゆっくり目を開け、苦笑する。
「……また負けちまったな。八十郎、あの仮面の男……やばい。あれ、ただの人間じゃねぇ」
「感じた。炎を消した時点で、常識の外だった」
八十郎は呻きながら立ち上がり、壁を睨む。
手の中の四次元球がかすかに光を放つが、封印術式のせいでうまく反応しない。
「この場所、魔力の共鳴がズレてる。……四次元構造が歪んでる」
「歪んでる?」
「言い換えれば、ここは“世界と世界の隙間”みたいなもんだ。普通の空間理論が通じない」
「……お前、なんでそんな説明がサラッと出るんだよ」
「いや、俺も意味はよくわかってない」
八十郎が苦笑した瞬間、どこかから低い唸り声が聞こえた。
壁の向こうで、リーナがうなされている。
「……いや……こないで……!」
彼女の腕が震え、床の草がわずかに伸びる。
牢獄の石の隙間から生えた苔が、まるで生きているように蠢いた。
「リーナ!」
八十郎が格子越しに叫ぶ。
その声に反応したかのように、リーナの身体から光が溢れた。
緑の輝き――それは優しいが、圧倒的な生命の力だった。
壁の苔が一気に繁茂し、鉄格子を押し広げる。
ツタが絡み、封印の符を飲み込むように覆っていく。
「な、なんだこの力は……!」
八十郎が息を呑むと同時に、トウマが笑った。
「すげぇ……! お前、リーナが本気出したぞ!」
リーナの目が開く。
その瞳は、深い緑――まるで森そのものの色だった。
「守らなきゃ……もう誰も、失わせない!」
ツタが爆発するように伸び、鉄格子を粉砕する。
石壁が裂け、魔封陣が光の粒となって消えていく。
牢獄全体が軋み、崩れ始めた。
「八十郎、今だ!」
「了解!」
八十郎が四次元球を掲げると、ようやく封印が解け、内部の装置が反応を始めた。
床に小型の転移装置を展開し、急速に座標を計算する。
「ここから外へ――次元を“ずらす”!」
床下の文様が光を放ち、空間がねじれた。
リーナがツタで二人を包み込み、そのまま光の渦へ飛び込む。
***
瞬間、視界が白に染まり、次の瞬間には森の中だった。
夜風が肌を撫で、木々のざわめきが聞こえる。
「っはあ……成功、か……」
八十郎が膝をつく。
転移装置は完全に壊れ、球体もひび割れていた。
リーナは息を荒げながらも、立っていた。
彼女の腕に絡むツタがまだ生きており、光の粒を放っている。
「……ごめん、無茶した。けど、みんな無事でよかった……」
トウマが笑ってリーナの頭を撫でた。
「よくやった。まさか牢ごと破壊して脱出するとはな」
八十郎も頷く。
「まさに“芽吹き”だ。あの力……リーナ、お前の魔術はもう次の段階に入ってる」
リーナは少し寂しそうに微笑む。
「でも……アルマは、まだ向こうにいる」
その言葉に、三人の表情が引き締まる。
風が吹き抜け、遠くで雷鳴が響いた。
「――行こう。奪還作戦は、まだ終わっていない」
トウマが剣を抜き、夜空を見上げる。
八十郎が四次元球の残骸を拾い上げ、リーナがツタをほどく。
三人の影が、森の闇の中に溶けていった。
その先には、再び“影の塔”が待っている。
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