【第42話:それぞれの修練】
町に戻ってきた翌朝、八十郎たちは宿の食堂に集まっていた。
昨夜の戦いの疲れもまだ抜けきらないが、皆の顔には新しい決意が刻まれている。
「私……やってみたいことがあるの」
静かに切り出したのはリーナだった。
彼女の手には、精霊の木から授かった雫が入った小瓶が光っている。
「薬草の知識なら少しあるわ。この雫を使えば、きっと今までにない薬や道具が作れる。
私にできること、やってみたいの」
「俺は体力をつける」トウマが短く言った。
「ラグナスを呼び出すだけで息が切れてるようじゃ、戦えねえ。まずは体を鍛え直す。
召喚したまま戦えるように、自分の体を変える」
八十郎は二人を見渡し、ふっと微笑んだ。
「俺も考えがある。道具を大量に作っても、持ち運べなければ意味がない。
なら、道具を無限に収納できる“空間”を作る。
タイムマシンの理論を応用できるかもしれない」
こうして三人は、それぞれの修練に入った。
***
リーナは町外れの工房を借り、薬草や鉱石を並べ、ひとり調合を始めた。
雫をほんの一滴加えると、薬草の香りが変わり、蒸気が淡い光を放つ。
小瓶の中で溶液が小さな蔓となって伸び、工房の机に絡みついた。
「……植物が、動いてる……!」
その瞬間、リーナは理解した。
これは薬ではない、植物そのものに魔力を宿らせる新しい力だと。
震える指先を見つめながら、リーナは自分の“役割”を初めて実感した。
***
一方のトウマは早朝から町外れの丘に立ち、荒い息を吐いていた。
「はぁっ、はぁっ……まだだ……まだ足りねえ……!」
石を背負って坂を駆け上がり、腕立て伏せを繰り返す。
呼吸法、体幹、剣の型。
全ては、ラグナスを召喚し続けながらも自分の体を動かすため。
「力とは、鍛えた体があってこそ意味を持つ」
汗まみれの顔に、真っ直ぐな決意が浮かんでいた。
***
そして八十郎は宿の一室にこもり、机いっぱいに図面を広げていた。
紙の上には魔法陣と数式が混ざり合った奇妙な記号が並ぶ。
タイムマシンを作っていたときに研究した「空間歪曲理論」を思い出し、
異世界の魔力エネルギーを組み込んだ小さな球体を試作する。
「この球体の内部を“別の層”に繋げば……無限収納が可能になるはず……」
汗ばんだ手で魔力回路に触れると、球体の表面がふっと歪み、小さな光の穴が開いた。
そこに工具を入れてみると、道具は消え、手元に空間の揺らぎだけが残る。
「……成功だ!」
八十郎は小さくガッツポーズを取った。
***
ある夕暮れ、三人は再び宿に集まった。
リーナの手には植物が絡む小さな瓶、トウマの腕には新しくできた筋肉の線が浮かび、
八十郎の机には光を帯びた球体が転がっている。
「まだまだこれからだけど……これで、戦えるかもしれない」リーナが笑う。
「俺も、だいぶ動けるようになった。ラグナスを呼び出しても、しばらくは持ちそうだ」トウマも拳を握った。
「道具の問題は解決した。あとはどう使うかだな」八十郎が目を細める。
こうして彼らは、暗殺集団との決戦に向けて、確かな一歩を踏み出したのだった。
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