表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/57

【第40話:精霊の木の守護者】

 森の奥、精霊の木の根元。

 その幹は空に届くほど巨大で、表面には青白い紋様が脈打つように走っていた。葉の一枚一枚が淡く光を放ち、風に揺れるたび、澄んだ鈴のような音が響く。


 八十郎、トウマ、リーナは息を呑み、その光景に見入っていた。

 そのとき、木の根元から、ゆらりと光の粒が立ちのぼり、ひとつの形を結ぶ。

 白銀の髪、淡い翡翠色の瞳──ひとりの精霊がそこに立っていた。


「……来たか、異邦の者たち」

 その声は、木のざわめきと同じ響きを持ち、心の奥に直接届く。

「この木は我ら精霊にとって、生命の源泉。この枝を求めることは、我らの命を削ることと同義……」


 精霊は三人を見渡し、静かに首を傾げた。

「それでも、欲するのか?」


 トウマは拳を握りしめ、迷いなく答える。

「俺は……力のために来たんじゃない。仲間を守るために必要なんだ」


 八十郎も一歩進み出た。

「あなたたちの命を奪うつもりはない。だが、どうしても必要なんだ」


 精霊は目を細め、淡い光の唇を歪める。

「ならば、力づくで奪うがいい。生きて還れるなら、枝もまたおまえたちのものだ」


 そう告げると、精霊の姿は霧のように消えた。

 次の瞬間、地面が揺れ、木の根元から無数の骨が突き出す。

 それは瞬く間に組み上がり、錆びた剣や槍を携えた骸骨兵となって立ち上がった。

 空気が冷え、あたりの光が一気に薄暗くなる。


「くっ、来やがったか……!」

 トウマが剣を構え、低く唸る。

 リーナは一歩後ずさるが、すぐに八十郎の隣に立った。

(私は戦えない。でも……私にできることを!)


 骸骨兵たちは、カタカタと顎を鳴らしながらじりじりと迫ってくる。

 八十郎は懐から小型の金属球をいくつも取り出した。

「トウマ、前衛は頼む! 俺が合図をしたら地面にこれを投げろ!」


「わかった!」


 トウマが前へ飛び出し、迫る骸骨兵を斬りつける。

 剣が骨に当たり、鈍い音とともに砕けるが、すぐに別の骸骨兵が横から突き込んできた。

「ぐっ──!」


 その瞬間、リーナが拾った石を投げ、骸骨兵の頭をかち割る。

「トウマさん、右です!」


「助かる!」


 八十郎はしゃがみ込み、地面に小型器具を仕込む。

「──起動!」

 合図と同時に、トウマが骸骨兵の足元に金属球を投げた。

 次の瞬間、閃光と轟音が爆ぜ、骸骨兵たちが吹き飛ぶ。


「うおっ……こいつは派手だな!」

「骨だからこそ、衝撃には弱い。叩き割れ!」


 トウマは跳び込み、骨の関節を狙って斬りかかる。リーナは背後から小石や木の枝を投げ、八十郎の合図に合わせて敵の進路を塞ぐ。

 骸骨兵の数は圧倒的だったが、三人は互いを補い合いながら着実に数を減らしていった。


 トウマの剣が骸骨兵の胸骨を砕き、八十郎の投げた爆縮弾が数体をまとめて吹き飛ばす。

 リーナは息を荒げながら、割れた骨を蹴り飛ばし、トウマに武器を投げ渡す。

「トウマさん、これを!」


「助かる!」

 剣を受け取ったトウマが、跳ね起きる骸骨兵の首を一閃で斬り落とす。


 最後の一体が崩れ落ちると、森の空気がふっと和らぎ、冷たい霧が晴れていった。

 骸骨兵たちは光の粒となって消え、静寂が戻る。


 トウマは剣を下ろし、肩で息をしながら呟く。

「……終わった、か?」


 八十郎は周囲を確認し、慎重に頷いた。

「どうやら、全滅したようだな」


 リーナは両手を胸に当て、安堵のため息をつく。

(私……戦えなかったけど、少しは役に立てたかな……)


  骸骨兵が最後の一体、ガシャンと崩れ落ちると、森は急に静寂を取り戻した。蒼い光が舞い、精霊が再び姿を現す。


「よくぞここまで辿り着いた……枝を折ってゆくがよい。この木はお前たちに許しを与えよう」


 精霊の声は森の奥深くから響くようで、甘くも厳しい。

 八十郎とリーナはすぐに気づいていた。——これは試されている。だが、試されているのは自分たちではなく、トウマだ。


 トウマは静かに歩み出て、精霊の木の枝に手をかけた。

 触れた瞬間、命の脈動が掌に伝わってくる。

 折ることは簡単だ。だが、これは精霊たちの生命の源泉だと先ほど聞いたばかり。


「……自分たちがよければそれでいい、なんて、そんなことはしたくない」


 トウマはそうつぶやくと、すっと手を離した。


「すまないな」


 精霊は、驚いたように目を細める。


「持って行かなくていいのか?」


「命より大切なものはない。試練は達成できなかったけど……俺は俺の力で頑張るよ」


 その背中に八十郎もリーナも頷いた。二人とも、当然のように賛成だった。

 三人はその場を去ろうと歩き出す——。


 だが、そこでリーナがふと足を止めた。

 振り返り、精霊を真っ直ぐに見つめる。


「あの、ひとつだけ……聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「申してみよ」


 精霊の瞳が淡く光り、風がそよぐ。


「私たちは今、どうしても力が必要なんです。……でも、私は薬の知識しかありません。足を引っ張っているだけです。そんな私でも、何か得られる力はあるでしょうか?」


 その声は震えていたが、リーナの目は真剣だった。

 彼女にとって、初めての“助けを求める勇気”だった。

 精霊はしばし黙し、やがて森全体が深い息をするように揺れた——。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ