【第40話:精霊の木の守護者】
森の奥、精霊の木の根元。
その幹は空に届くほど巨大で、表面には青白い紋様が脈打つように走っていた。葉の一枚一枚が淡く光を放ち、風に揺れるたび、澄んだ鈴のような音が響く。
八十郎、トウマ、リーナは息を呑み、その光景に見入っていた。
そのとき、木の根元から、ゆらりと光の粒が立ちのぼり、ひとつの形を結ぶ。
白銀の髪、淡い翡翠色の瞳──ひとりの精霊がそこに立っていた。
「……来たか、異邦の者たち」
その声は、木のざわめきと同じ響きを持ち、心の奥に直接届く。
「この木は我ら精霊にとって、生命の源泉。この枝を求めることは、我らの命を削ることと同義……」
精霊は三人を見渡し、静かに首を傾げた。
「それでも、欲するのか?」
トウマは拳を握りしめ、迷いなく答える。
「俺は……力のために来たんじゃない。仲間を守るために必要なんだ」
八十郎も一歩進み出た。
「あなたたちの命を奪うつもりはない。だが、どうしても必要なんだ」
精霊は目を細め、淡い光の唇を歪める。
「ならば、力づくで奪うがいい。生きて還れるなら、枝もまたおまえたちのものだ」
そう告げると、精霊の姿は霧のように消えた。
次の瞬間、地面が揺れ、木の根元から無数の骨が突き出す。
それは瞬く間に組み上がり、錆びた剣や槍を携えた骸骨兵となって立ち上がった。
空気が冷え、あたりの光が一気に薄暗くなる。
「くっ、来やがったか……!」
トウマが剣を構え、低く唸る。
リーナは一歩後ずさるが、すぐに八十郎の隣に立った。
(私は戦えない。でも……私にできることを!)
骸骨兵たちは、カタカタと顎を鳴らしながらじりじりと迫ってくる。
八十郎は懐から小型の金属球をいくつも取り出した。
「トウマ、前衛は頼む! 俺が合図をしたら地面にこれを投げろ!」
「わかった!」
トウマが前へ飛び出し、迫る骸骨兵を斬りつける。
剣が骨に当たり、鈍い音とともに砕けるが、すぐに別の骸骨兵が横から突き込んできた。
「ぐっ──!」
その瞬間、リーナが拾った石を投げ、骸骨兵の頭をかち割る。
「トウマさん、右です!」
「助かる!」
八十郎はしゃがみ込み、地面に小型器具を仕込む。
「──起動!」
合図と同時に、トウマが骸骨兵の足元に金属球を投げた。
次の瞬間、閃光と轟音が爆ぜ、骸骨兵たちが吹き飛ぶ。
「うおっ……こいつは派手だな!」
「骨だからこそ、衝撃には弱い。叩き割れ!」
トウマは跳び込み、骨の関節を狙って斬りかかる。リーナは背後から小石や木の枝を投げ、八十郎の合図に合わせて敵の進路を塞ぐ。
骸骨兵の数は圧倒的だったが、三人は互いを補い合いながら着実に数を減らしていった。
トウマの剣が骸骨兵の胸骨を砕き、八十郎の投げた爆縮弾が数体をまとめて吹き飛ばす。
リーナは息を荒げながら、割れた骨を蹴り飛ばし、トウマに武器を投げ渡す。
「トウマさん、これを!」
「助かる!」
剣を受け取ったトウマが、跳ね起きる骸骨兵の首を一閃で斬り落とす。
最後の一体が崩れ落ちると、森の空気がふっと和らぎ、冷たい霧が晴れていった。
骸骨兵たちは光の粒となって消え、静寂が戻る。
トウマは剣を下ろし、肩で息をしながら呟く。
「……終わった、か?」
八十郎は周囲を確認し、慎重に頷いた。
「どうやら、全滅したようだな」
リーナは両手を胸に当て、安堵のため息をつく。
(私……戦えなかったけど、少しは役に立てたかな……)
骸骨兵が最後の一体、ガシャンと崩れ落ちると、森は急に静寂を取り戻した。蒼い光が舞い、精霊が再び姿を現す。
「よくぞここまで辿り着いた……枝を折ってゆくがよい。この木はお前たちに許しを与えよう」
精霊の声は森の奥深くから響くようで、甘くも厳しい。
八十郎とリーナはすぐに気づいていた。——これは試されている。だが、試されているのは自分たちではなく、トウマだ。
トウマは静かに歩み出て、精霊の木の枝に手をかけた。
触れた瞬間、命の脈動が掌に伝わってくる。
折ることは簡単だ。だが、これは精霊たちの生命の源泉だと先ほど聞いたばかり。
「……自分たちがよければそれでいい、なんて、そんなことはしたくない」
トウマはそうつぶやくと、すっと手を離した。
「すまないな」
精霊は、驚いたように目を細める。
「持って行かなくていいのか?」
「命より大切なものはない。試練は達成できなかったけど……俺は俺の力で頑張るよ」
その背中に八十郎もリーナも頷いた。二人とも、当然のように賛成だった。
三人はその場を去ろうと歩き出す——。
だが、そこでリーナがふと足を止めた。
振り返り、精霊を真っ直ぐに見つめる。
「あの、ひとつだけ……聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「申してみよ」
精霊の瞳が淡く光り、風がそよぐ。
「私たちは今、どうしても力が必要なんです。……でも、私は薬の知識しかありません。足を引っ張っているだけです。そんな私でも、何か得られる力はあるでしょうか?」
その声は震えていたが、リーナの目は真剣だった。
彼女にとって、初めての“助けを求める勇気”だった。
精霊はしばし黙し、やがて森全体が深い息をするように揺れた——。
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