【第36話:暗殺集団の影】
荒れ地に、ただ風だけが吹いていた。
闇の向こうへと消えていった二人組の背中を、八十郎たちは茫然と見送るしかなかった。
アルマが――連れ去られた。
「くそっ……力が……足りなかった」
八十郎は拳を握りしめ、地面を叩いた。砂塵が舞い上がる。
リーナは震える手で胸を押さえ、トウマも拳を血がにじむまで握りしめている。
あの屈強な男の力は、まるで人間の域を超えていた。
トウマが呼び出した魔獣ですら一撃で消され、リーナはただ盾になることしかできない。
八十郎に至っては、何一つできなかった。
「……一度、町に戻ろう」
リーナの声は掠れていた。
八十郎は息を整え、黙って頷く。トウマも同じく、目を伏せたまま歩き出した。
◇◇◇
町に戻った八十郎たちは、宿に戻ることもなく、すぐに聞き込みを始めた。
商人、裏路地の情報屋、酒場の店主、見張りの衛兵――手当たり次第に話を聞いて回る。
「……暗殺集団? その名を聞くとはな」
裏通りの古びた酒場で、顔に傷を持つ店主が眉をひそめた。
八十郎が差し出した硬貨を指先で弄びながら、低い声で続ける。
「あいつらはこの辺り一帯で暗躍してるが、ただの盗賊団じゃない。
“人形”を作って暗殺に使うことで知られてる。
人間らしく動く人形を量産して、要人の暗殺や諜報に使うんだ。
お前らが探してる娘……そいつが目をつけられたんなら、相当やっかいだぞ」
「人形……?」
リーナが呟く。
店主は静かに頷いた。
「暗殺に必要な“合理的で人間らしい”人形を作るため、珍しい素材を集めているらしい。
魔獣でも、人間でも、変わり者でも……面白いと見れば平気で攫っていく。
町の外れに自分たちの“町”まで作って、そこを根城にしてるって話だ」
八十郎の胸の奥で、何かが燃え上がった。
アルマは“素材”なんかじゃない。
仲間であり、今や自分たちと同じ心を持つ少女だ。
「場所は分かりますか?」
トウマが低い声で問うと、店主は首を振った。
「簡単には近づけねえさ。
そこはもう一つの“町”って呼ばれるくらいだ。
表向きは普通の集落に見えるが、中身は完全に暗殺集団の拠点だ。
今のお前らじゃ……」
店主の言葉が途中で途切れる。
八十郎たちの目に宿った光に、何かを感じ取ったのだろう。
「……どうする? 今の俺たちの力じゃ、あいつらに歯が立たない」
宿の一室に戻った八十郎たちは、囲むように座った。
リーナが腕を組み、トウマが静かに目を閉じる。
「でも、このまま何もしないわけにはいかない」
リーナが口を開く。「アルマは私たちの仲間よ」
「力をつけるしかない」
トウマがゆっくりと言った。「奴らは町を一つ持つほどの規模だ。
真正面から行っても返り討ちにあう。
準備して、潜り込む方法を探すんだ」
「……潜入、か」
八十郎は目を伏せ、拳を握った。
かつて異世界に飛ばされた時、自分はただの“人間”だった。
剣もなく、魔法もなく、ただの体ひとつ。
だが今は――守るべき仲間がいる。
「やるさ」
八十郎は静かに言った。「絶対に取り返す」
その声に、リーナもトウマも頷く。
小さな宿の一室に、確かな決意が生まれていた。
アルマを取り戻すために――そして、自分たち自身が変わるために。
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