【第35話:二人の影】
八十郎たちの胸にひとときの安堵が訪れた。
だが、それも束の間だった。
「……ようやく見つけた」
背後から涼やかな声が響いた。
いつの間にか、二つの影が彼らの前に立っている。
一人は整った顔立ちに細身の体躯、腰には美しい細剣を佩いた男。
その横に、丸太のような腕を持つ屈強な巨漢が控えていた。
「隊長、早かったですね」
巨漢が低くつぶやく。
「まさかこんなに早く時が来るとはね」
細剣の男は唇の端だけで笑った。
その男が軽く指を動かすと、アルマの身体がふらりと揺れ、そのまま地に崩れ落ちた。
まるで糸の切れた人形のように眠り込むアルマ。
「……この人形は眠らせた。しばらく起きないだろう。我々がもらっていく」
男の声は冷たく、感情がない。
その言葉に八十郎の全身が沸騰する。
「ふざけるな! 渡すものか!」
八十郎が飛び出すと同時に、リーナは救出した子どもの盾となる。
トウマも魔獣を呼び出したが、その魔獣は屈強な男の拳で一撃に吹き飛ばされ、砂煙だけを残して消滅する。
「なんて力……!」
リーナが叫ぶ。
八十郎は拳を握り、何度も突きかかるが、巨漢は腕一本でそれをいなし、地面に叩きつけた。
呼吸が苦しい。まったく歯が立たない。
細剣の男は微笑を崩さぬまま、眠るアルマを抱き上げる。
「監視は常にしていた。ようやく目覚めたこの時を逃すわけにはいかない」
「やめろ! アルマを返せ!」
トウマが叫ぶが、返事はない。
屈強な男が一歩下がり、細剣の男の護衛をしながら静かに後退する。
八十郎たちが追おうとするが、目の前に叩きつけられた拳の衝撃波に吹き飛ばされ、足を止めるしかない。
そして、二人組は眠るアルマを連れたまま闇の向こうに姿を消した。
「くそっ……!」
八十郎は悔しさに地面を叩いた。
リーナが震える手で口元を押さえ、トウマも唇を噛みしめる。
ただ一人、そこに残されたのは、あの少女の残り香と、胸に広がる喪失感だけだった――。
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