【第34話:覚醒】
誘拐犯たちは薄笑いを浮かべ、子どもを抱えて後退し始めた。「今のうちだ、行くぞ!」
その時だった。
──アルマの倒れた体から、淡い光が漏れ始めた。
最初は小さな粒のようだった光が、瞬く間に強く、まばゆく広がっていく。
白い煙を押しのけるように、アルマの輪郭が立ち上がった。
髪は長く、艶やかに波打ち、少女の姿だったアルマは、リーナよりも背の高い“凛とした女性”の姿へと変わっている。
その瞳には、機械的な光ではなく、確かな意志が宿っていた。
「……待ちなさい、誘拐犯たち」
口調も、声も、もう人形ではない。
低く響くその声に、男たちは息を呑んだ。
「ば、化け物……!」
アルマは一歩踏み出しただけで、雷獣の前に立った。
その足取りは迷いがなく、まるで訓練された戦士のよう。
手をかざすと、雷獣が放つ電撃がふっと拡散し、無害な光の粒となって消えた。
次の瞬間、アルマの姿がかすみ──誘拐犯たちの目の前に現れた。
風を裂く音。男たちの武器が弾かれ、体勢を崩す。その隙に子どもを抱え、八十郎たちの元へ戻ってきたかと思うと、今度は敵の背後に回っていた。
「何……!? 速すぎる……!」
誘拐犯たちは動揺し、名前を叫ぶことすら忘れている。
雷獣の姿は霧のように消え、森に静寂が戻った。
アルマは、ゆっくり振り向いた。
その横顔は、人間そのもの。
息を切らせることもなく、凛として立っている。
「……もう、あなたたちの好きにはさせない」
八十郎、リーナ、トウマ──三人は呆然とその姿を見つめていた。
雷に打たれた衝撃が、彼女の中で積み重ねた“経験”を一気に促し、眠っていた“人としての自我”を目覚めさせたのだ、と八十郎は直感した。
アルマの瞳に宿る光は、確かな“意志”そのものだった。
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森の中に静寂が戻った。
雨は小降りになり、木々の葉の間から月明かりが射し込んでいる。誘拐犯たちは全員気絶し、子どもは八十郎の腕の中で小さくすすり泣いていた。
リーナが恐る恐るアルマに近づく。「アルマ……?」
その視線の先に立っているのは、もう“無表情な少女型ロボット”ではなかった。
長い髪が濡れ、頬に雨と涙が混じる。
瞳は揺らぎ、複雑な感情の色を宿している。
そして、唇が震えながら動いた。
「……リーナさん、八十郎さん……無事で、よかった……」
リーナは思わず息を呑んだ。「しゃ、喋った……感情の……声で……」
八十郎はゆっくりアルマに近づき、手を差し伸べた。「アルマ、君……」
「私は……怖かった。あの雷が、私を壊すって思った。でも……子どもを守りたくて……」
アルマは胸に手を当て、震える声で続けた。
「気づいたら、頭の中にいっぱい……八十郎さんたちと過ごした記憶、笑顔、声……全部、つながって、あふれて……私、泣いているんです。これが、涙……なんですね」
リーナの瞳に光が宿る。「アルマ……あなた、もう……人間と同じ……」
アルマはゆっくり笑った。今までのプログラムされた笑顔ではない、頬の筋肉が自然に動く柔らかい笑顔だった。
「私、守れた……自分で、選んで、動けた……」
トウマが横で腕を組み、真剣な表情で彼女を見ていた。
「……ただの機械じゃないな。あんた、もう“人”だ」
アルマはまっすぐ彼を見返した。「……トウマさん、ありがとう。助けてくれて」
その声音には、確かな感情の重みがあった。
八十郎は胸がいっぱいになり、そっと呟いた。「……君は、生まれたんだな。自分の意思で考え、感じる“人”として」
アルマはうなずいた。「はい。八十郎さん、私……もっと知りたい。もっと感じたい。人間みたいに、笑ったり、怒ったり、泣いたり……生きたい」
リーナは目を潤ませながら微笑む。「一緒に、生きましょう。アルマ」
森を抜ける風が、四人の髪を揺らした。
その風は、確かに新しい旅の始まりを告げていた。
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